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第二章 辺境での冒険者生活~農民よりも戦士が多い開拓村で一花咲かせます~
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「大空、おかえり。その子たちは?」
「ただいま! 鬼のおっさんのツレらしい。徹、あの火を消してくれ」
なるほど、仲間がオークに捕まってたってことか。いやいや、何か気付いてたなら言ってから行ってよ。
「ったく、知らねえぞ? 今は落ち着いたが、ちょっと前まではブチキレてたからな」
そう言いながらも、徹はオーガに向かって突き出していた手を下ろした。火精霊さんがふわふわとどこかへ去っていき、火の壁は徐々に小さくなっていく。
その向こう側では、オーガが僕たちの意図を測りかねているような、なんとも言えない表情でこちらを見ていた。見つめ合っているとなんとなく分かる。安堵と疑心が入り混じった感じ。
「早く離しなさいよっ! この変態!」
そんなことを考えていたら、大空に抱えられていた女の子が、手足をバタバタと振り回して騒ぎ始めた。彼岸花のような赤い髪が揺れ、勝気そうな声が響く。
「シェバ、この人たち良い人そうだよ?」
もう一人の長い銀髪をツインテールにした女の子からほんわりした声が聞こえた。
「お姉ちゃんは騙されやすいんだから黙ってて!」
「ほらよっ」
あ、赤い子を大空が放り投げた。
「ちょっと! なんで私だけ放り投げるのよ!」
「だって、お前うるせえもん」
「はあ!?」
尻もちをついたおしりを払いながら、シェバって子が大空に詰め寄る。勝気そうな顔、釣り目の金色の瞳に……深紅の角?
獣人族でもなさそうだし、何族なんだろ?
「いいからさっさと行け。あのオーガの友達なんだろ?」
「そうだ! グルズに言ってあんたなんかペチャンコにしてやるんだから!」
シェバさんはべーっと舌を出してから、オーガの元へと走っていった。なのに、銀髪の子は付いていかずに、大空をじっと見つめている。可愛らしい顔、垂れ目の金の瞳……紫色の角。
う~ん、共通してるのは角があるってことくらいで、姉妹には見えないような?
「私、ティアナっていうの。お兄ちゃんは?」
「ヒロって呼ばれてるよ」
あ、大空、嬉しそう。日本では下の妹ちゃんたちの面倒をよく見てたもんね。
「ヒロ……ヒロ……。うん、覚えた。ヒロお兄ちゃんたちも気を付けて、敵はオークだけじゃないよ。変な人がいたの」
ティアナさんは表情を引き締めてそう言った。
まだ別の何かがいるんだ……特別な気配なんて感じないけど、どこにいるんだろ?
「変なのって?」
「分からない。人のように見えるけど、人じゃないなにか……だと思う」
「そっか、忠告ありがとな」
「また会える?」
「縁があればな。ほら、迎えが来たぞ」
ティアナさんの後ろでは、右肩にシェバさんを載せたオーガのグルズさんが片膝を地面に突き、右手を差し出していた。
「ティアナ、イク」
ティアナさんは一瞬名残惜しそうにしたが、すぐにグルズさんの掌に乗った。グルズさんは立ち上がりながら左肩にティアナさんを降ろし、僕たちに向かって軽く会釈する。
「鬼のおっさんも達者でな。今度会ったら一対一で本気の勝負をしようぜ」
「カンシャスル」
大空の言葉に、グルズさんは目を数回瞬きさせてから深く頷いた。グルズさんは丸太を拾って踵を返し、オークをなぎ倒しながら森の奥へと走っていく。ティアナさんはウルズさんにしがみつきながらずっと手を振っていて、シェバさんは姿が見えなくなる瞬間にこちらに向かってぺこりと深く頭を下げるのが見えた。
素直じゃないなあ。さ、僕たちも切り替えないと。徹とクリスさんがオークを近付けないように頑張ってくれてるしね。
「よし、じゃあ次は高ランクのオークを──あ、教官」
森から村の方へと視線を移すと、大剣を肩に担いだブライアン教官がすぐ目の前にいた。
「随分派手にやりおったな。それで、オーガが去っていったが、なにがどうなってるんだ?」
「えっと、あのオーガは仲間が捕まってただけで、悪いオーガじゃなかったので逃がしました」
「……退けたということにしとくわい。では、オークを狩りつくしに参ろ……む、なんだ?」
教官が何かに反応し、視線を村の方へと向けた。教官がしているのと同じように、僕も耳を澄ます。オークのうめき声や鳴き声などの中に、西からの風に乗ってかすかな鐘の音が聞こえた。
「この鐘の音は、北西から敵襲です!」
教官の部隊にいた、軽装の斥候らしき人が慌てた様子で走ってきてそう叫んだ。
「オーク共が河を渡ったというのか!? 退却するぞ!」
教官は即断した。北西は村の真逆。少数とはいえ、この場に残って後背を突いた方が戦術としては正しいと思う。でも、焦っている教官と同じように、僕も嫌な胸騒ぎを感じていた。
◆
「おっさん、先に行っていいか?」
大空の言葉で、周囲の冒険者さんたちがざわつく。確かにそこまで速くはないし、多分大空は何も考えてないけど、それ煽ってるから……。
「よい、行け! 兵士を分け、先遣がすでに向かっておるはずだが嫌な予感がする」
ブライアン教官は殺気立った冒険者さんたちを手で制しながら言った。大空は左肩に徹を担ぎ上げ、僕の方を向く。
「優太は行けるな?」
僕は、頷く間もなく走り出した大空の背中を追って走り出す。精鋭じゃない普通のオークでは、大空の豪剣を止めることも、クリスさんの剣速を見切ることもできない。僕はただ二人から離されないように走るだけ。
「走りながら聞け。さっきのティアナって女が言ってたのは多分魔刹ってやつだ」
前だけを見てしばらく走っていると、担がれたままの徹がこっちを向いて話し始めた。
「魔刹って?」
「アレックス師匠から少し聞いただけだが、魔に堕ちた人型の種族が変異したものだってよ。50年前くらいに師匠たちを勧誘にきたやつがいて、断ったら襲い掛かってきたらしい。師匠のレベルが上がるくらい、強かったってさ」
「強さの判断理由があれだけど、確かに強そうだね」
「楽しみだな! 口閉じてろよ、跳ぶぞ!」
次の瞬間、大空に凄い力で引っ張られた僕は、再び空を飛んでいた。通り過ぎていく視界の中に、丸太の壁がちらりと映る。
えっと、もしかして投げられた?
「ただいま! 鬼のおっさんのツレらしい。徹、あの火を消してくれ」
なるほど、仲間がオークに捕まってたってことか。いやいや、何か気付いてたなら言ってから行ってよ。
「ったく、知らねえぞ? 今は落ち着いたが、ちょっと前まではブチキレてたからな」
そう言いながらも、徹はオーガに向かって突き出していた手を下ろした。火精霊さんがふわふわとどこかへ去っていき、火の壁は徐々に小さくなっていく。
その向こう側では、オーガが僕たちの意図を測りかねているような、なんとも言えない表情でこちらを見ていた。見つめ合っているとなんとなく分かる。安堵と疑心が入り混じった感じ。
「早く離しなさいよっ! この変態!」
そんなことを考えていたら、大空に抱えられていた女の子が、手足をバタバタと振り回して騒ぎ始めた。彼岸花のような赤い髪が揺れ、勝気そうな声が響く。
「シェバ、この人たち良い人そうだよ?」
もう一人の長い銀髪をツインテールにした女の子からほんわりした声が聞こえた。
「お姉ちゃんは騙されやすいんだから黙ってて!」
「ほらよっ」
あ、赤い子を大空が放り投げた。
「ちょっと! なんで私だけ放り投げるのよ!」
「だって、お前うるせえもん」
「はあ!?」
尻もちをついたおしりを払いながら、シェバって子が大空に詰め寄る。勝気そうな顔、釣り目の金色の瞳に……深紅の角?
獣人族でもなさそうだし、何族なんだろ?
「いいからさっさと行け。あのオーガの友達なんだろ?」
「そうだ! グルズに言ってあんたなんかペチャンコにしてやるんだから!」
シェバさんはべーっと舌を出してから、オーガの元へと走っていった。なのに、銀髪の子は付いていかずに、大空をじっと見つめている。可愛らしい顔、垂れ目の金の瞳……紫色の角。
う~ん、共通してるのは角があるってことくらいで、姉妹には見えないような?
「私、ティアナっていうの。お兄ちゃんは?」
「ヒロって呼ばれてるよ」
あ、大空、嬉しそう。日本では下の妹ちゃんたちの面倒をよく見てたもんね。
「ヒロ……ヒロ……。うん、覚えた。ヒロお兄ちゃんたちも気を付けて、敵はオークだけじゃないよ。変な人がいたの」
ティアナさんは表情を引き締めてそう言った。
まだ別の何かがいるんだ……特別な気配なんて感じないけど、どこにいるんだろ?
「変なのって?」
「分からない。人のように見えるけど、人じゃないなにか……だと思う」
「そっか、忠告ありがとな」
「また会える?」
「縁があればな。ほら、迎えが来たぞ」
ティアナさんの後ろでは、右肩にシェバさんを載せたオーガのグルズさんが片膝を地面に突き、右手を差し出していた。
「ティアナ、イク」
ティアナさんは一瞬名残惜しそうにしたが、すぐにグルズさんの掌に乗った。グルズさんは立ち上がりながら左肩にティアナさんを降ろし、僕たちに向かって軽く会釈する。
「鬼のおっさんも達者でな。今度会ったら一対一で本気の勝負をしようぜ」
「カンシャスル」
大空の言葉に、グルズさんは目を数回瞬きさせてから深く頷いた。グルズさんは丸太を拾って踵を返し、オークをなぎ倒しながら森の奥へと走っていく。ティアナさんはウルズさんにしがみつきながらずっと手を振っていて、シェバさんは姿が見えなくなる瞬間にこちらに向かってぺこりと深く頭を下げるのが見えた。
素直じゃないなあ。さ、僕たちも切り替えないと。徹とクリスさんがオークを近付けないように頑張ってくれてるしね。
「よし、じゃあ次は高ランクのオークを──あ、教官」
森から村の方へと視線を移すと、大剣を肩に担いだブライアン教官がすぐ目の前にいた。
「随分派手にやりおったな。それで、オーガが去っていったが、なにがどうなってるんだ?」
「えっと、あのオーガは仲間が捕まってただけで、悪いオーガじゃなかったので逃がしました」
「……退けたということにしとくわい。では、オークを狩りつくしに参ろ……む、なんだ?」
教官が何かに反応し、視線を村の方へと向けた。教官がしているのと同じように、僕も耳を澄ます。オークのうめき声や鳴き声などの中に、西からの風に乗ってかすかな鐘の音が聞こえた。
「この鐘の音は、北西から敵襲です!」
教官の部隊にいた、軽装の斥候らしき人が慌てた様子で走ってきてそう叫んだ。
「オーク共が河を渡ったというのか!? 退却するぞ!」
教官は即断した。北西は村の真逆。少数とはいえ、この場に残って後背を突いた方が戦術としては正しいと思う。でも、焦っている教官と同じように、僕も嫌な胸騒ぎを感じていた。
◆
「おっさん、先に行っていいか?」
大空の言葉で、周囲の冒険者さんたちがざわつく。確かにそこまで速くはないし、多分大空は何も考えてないけど、それ煽ってるから……。
「よい、行け! 兵士を分け、先遣がすでに向かっておるはずだが嫌な予感がする」
ブライアン教官は殺気立った冒険者さんたちを手で制しながら言った。大空は左肩に徹を担ぎ上げ、僕の方を向く。
「優太は行けるな?」
僕は、頷く間もなく走り出した大空の背中を追って走り出す。精鋭じゃない普通のオークでは、大空の豪剣を止めることも、クリスさんの剣速を見切ることもできない。僕はただ二人から離されないように走るだけ。
「走りながら聞け。さっきのティアナって女が言ってたのは多分魔刹ってやつだ」
前だけを見てしばらく走っていると、担がれたままの徹がこっちを向いて話し始めた。
「魔刹って?」
「アレックス師匠から少し聞いただけだが、魔に堕ちた人型の種族が変異したものだってよ。50年前くらいに師匠たちを勧誘にきたやつがいて、断ったら襲い掛かってきたらしい。師匠のレベルが上がるくらい、強かったってさ」
「強さの判断理由があれだけど、確かに強そうだね」
「楽しみだな! 口閉じてろよ、跳ぶぞ!」
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