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第二章 辺境での冒険者生活~農民よりも戦士が多い開拓村で一花咲かせます~

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「大空のあほおおおおお!!」

 ぎょっとした顔で見上げる戦奴さんたちの上を通過し、その次には野菜などが植わった農地が迫りくる。

「うわあああああ!?」

 空中でどうにか体勢を整えた僕は、両足から地面に着地……もとい墜落し、前方に体を投げ出しながらごろごろと何回転も転がる。ようやく止まって目を開けると、真夜中の空では雲の隙間から紫色の月が輝いていた。

 ……良かった。僕、生きてた。

「おーい、優太。何で寝転がってんだ? 早く行こうぜ」

 いつの間にか近くまで来ていた大空が、不思議そうな顔で僕を上から覗き込んでそう言い放った。

「誰のせいなのさ!? 僕は大空みたいに飛んだり跳ねたりできないの!」

「何言ってんの? 優太も本気出したら3mくらいは軽く跳べるだろ?」

「できる訳ないじゃん!」

「じゃあ、跳んでみろよ」

「まったく大空はヤンキーみたいなことを……よいしょって、あれ!?」

 僕は土まみれになったマントを手で払いながら、腰をかがめて思いっきり垂直跳びをした。目に映ったのは、いつもより遥かに高い場所からの視界。

 高っ!? 確かに走るのはめちゃくちゃ速くなってたけど、僕でもこんなに跳べるの!?

「ほらな。普段から飛び跳ねて遊んでれば簡単に着地できたんだよ」

「えええ……じゃあなんで投げたのさ」

「ギリギリだと壕に落ちたり、さっきみたいに槍に突っ込むかもしれないじゃん」

「ぐう」

 大空の言葉にぐうの音しか出なかった。大空はアホだけど学習能力がないわけでもない。興味があることに関してはだけど。

「おい、いつまで遊んでるんだ。さっさと行こうぜ」

「徹の方こそ青い顔してるけど大丈夫?」

「時間がないかもしれねえからな。大空、悪いが運んでくれ」

「あいよ」

 大空は徹を抱えなおし、僕たちは全速で農地を走った。東の門から中心街に入ろうとすると、中は避難している人たちがいるからと兵士さんから言われ、許可をもらって石壁に上る。この町の兵隊さんたちが守備に就いているが、幅員の増えた石壁は十分に走りやすく、僕たちは北回りに全力で駆け抜ける。
 
     ◆

「うわ、すごい数……」

 北西側の石壁の上で立ち止まった僕たちが見たのは、中心街へと避難してくる人々、そして遠くから押し寄せてきているオークの軍勢だった。月に照らされた部分しか見えないけど、スケルトン軍団で規模を測る練習をしたのを思い出しながらなんとなく見当をつける。

「2万くらいかな?」

「体の大きさが違うスケルトンとそのまま比べるなよ。1万もいねえだろ」

「あ、それもそうだね」

「どっちにしろ多いけどな。北西に集まってるこっちの戦力はどうみても千ぐらいしかいねえし、半分以上は戦奴。士気が落ちてねえのが不思議なくらいだ。まあ、それは良いんだが……やつら様子が変だな。何を企んでるんだ?」

 深刻な様子の声色に、僕は視線を徹に向ける。徹は、視線を北西を睨みつけながら右拳を顎に当てて何やら考え込んでいた。

「変って何が?」

「東に引き付けてからの奇襲のはずなのに、止まりやがった」

 ……確かに変。事前の偵察といい、今といい、魔刹は何を考えてるんだろう?

「……どうしよっか?」

「腹減った!」

 考えても答えが出なかった僕の言葉に、大空が右手を上げて答えた。
 
「こんなときに?」

「いや、食えるうちに食った方がいい。この後はいつ食えるかわからん。優太、俺には甘いのを頼む」

 徹の言葉に頷き、僕はテントを召喚する。この2ケ月くらいの間に、結局村の人たちにはバレたから【住】については開き直って使っていた。僕は作り置きのおにぎりやチョコレートなどを取り出し、二人に手渡す。

「サンキュ。こっちは複合魔術による先制攻撃か。ま、そうするわな」

 徹は食事を受け取りながらも、じっとオークの軍勢を見つめてぶつぶつと呟く。深く思考するときの徹の癖だ。僕もおにぎりをかじりながら戦いの様子を観察した。北西の門の向こう側では魔術師らしい人が横に並び、その周囲には火精霊と風精霊が集まっている。

「お茶くれ」

「はい。大空、大丈夫? 食べ過ぎてない?」

「ん、腹4分目くらい。レベルが上がるにつれて明らかに食べる量が増えてるんだよな」

 4つのおにぎりをぺろりと平らげた大空は、お茶を一気に飲み干してお腹をぽんと叩いた。確かに、この世界に来てからよく食べるようになったんだよね。毎日の修練とか狩りでよく動くからかとも思ってたけど、そんな話じゃ済まないくらいたくさんお腹に入ってく。

「そだね。僕たちだけじゃなくて、他の冒険者さんたちもよく食べるしね」

「ったくお前らは……そろそろ発動しそうだぞ。って、ちょっと待て! あれは、理術結界!?」

 呆れた感じの声の徹が突然声を上げて叫んだ。慌てて戦場に目を向けると、オーク軍団の前には虹色にうっすら光る結界が創り出されていた。その数秒後、村側からたくさんの炎の竜巻がオークに向かって放たれた。

 竜巻は結界に当たって僅かに勢いを弱めたように見えたが、そのまま群れの中へと進み、オークを焼き尽くしていく。オークの悲痛な叫びが聞こえ、風にのってきた動物が焼かれる異臭が僅かに鼻を突いた。

 あれ? 普通にやられてるけど、なんだったんだろ?

「……やばいな。スケルトンたちとは比べるまでもねえくらい稚拙だが、一応は発動できてやがった」

 徹は僕の考えとは全く違う意見を持っていた。かなり深刻そうな表情で睨みつけ、急いで食事を口に詰め込んでいる。

「え? 結構な打撃を与えたと思うけど何がやばいの?」

「んぐ……人の優位性が崩れる。元々オークの力は人よりも強いから、接近戦は分が悪い。だから、まず遠距離での魔術で消耗させるんだよ。だが、それだけじゃない。魔物との戦いは世界中で起きてるんだ」

 口の中のものを無理やり呑み込んでから徹は答えた。世界中? 話が大きくなりすぎて徹が言いたいことがわからない。

「えっと?」

「オークだからあの程度だったが、より賢く魔力が高い魔物が学んだらどうなると思う?」

「あ……確かにまずいね」

 徹が言いたいことがようやく理解できた。もちろん、人が優位を保っているのは魔術や理術の他にもある。戦略や戦術、金属製の武具やそれを使った武術だってそうだ。でも、相手の理術を真似されると、今みたいな『魔術による一方的な攻撃』っていう一番の強みがなくなるんだ。

「だろ。だから、ガキどもが言ってた魔刹ってやつをここで止めねえとな」

「だな!」

「うん! 行こう!」

 食事を終えた僕たちは、北西に向けて再び走り始めた。

     ◆

 僕たちが北西の門に着いたとき、近くに張られた天幕から、マルクスさんがちょうど出てくるところだった。僕たちに気付いたマルクスさんは、片手を上げて迎えてくれる。

「お前らもこっちに来てくれたのか!」

「マルクスさん! 戦況はどうですか?」

「何故か停止しているから今のところは問題ない。この後の流れだが、魔術師たちは魔力を使い果たした後、中心街に撤退。鎮守府軍は打って出て時間を稼ぎ、順次撤退。その後はできるだけ壁を守り、無理なら橋を上げて籠城だ。逃げ遅れるなよ」

「援軍は?」

 隣で説明を聞いていた徹が、間髪なくマルクスさんに尋ねた。マルクスさんは徹の方を向いてはっきりと答える。

「オークの群れが東に現れた時点で要請してる。その前にもオークの様子がおかしいことは報告していたから6日ほどで来るはずだ」

「耐えれるか?」

「ああ。防壁も厚くして、塔も立てた。収穫後で食料も十分にある」

「そうか。なあ、タイミングが良すぎるとは思わないか?」

「……どういうことだ?」

「助け出したやつの言葉では、魔刹がいたそうだ」

「なんだと?! それは確かなのか!?」

 魔刹という言葉に、マルクスさんは焦ったように声を上げて徹に詰め寄った。一方の徹は、淡々とした口調で話を続ける。

「南の偵察から始まり、軍を分けての挟撃、仕舞いには理術結界だ。どれもオークらしくない。俺は確度が高いと判断する」

「……なんてこった。トール、そいつはいったい何を企んでいるだ!?」

「推測でしかないが、これは実験だ」

「実験?」

「情報収集、戦術、理術。単純なオークで、どこまできるのかの実験だ」

「……実験の目的は?」

「言わなくても分かってるだろ?」

 そのとき、門の向こう側からカンカンカンと敵の襲来を告げる金属を打ち付ける高い音が聞こえ、オークの進軍と思われる地響きが鳴り始めた。徹は一瞬北西に向けた視線をマルクスさんに戻し、再び口を開く。

「人と魔物との戦争だ」
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