12 / 21
学校生活
クイーンビー登場
しおりを挟む
翌日の朝、私とブリジットちゃんは学校へ向かっていた。
そのとき、後ろからザワつきが聞こえ、振り返ると、みんなが端に寄り1つの道をつくっていく。道の先には、昨日話していたホーネットさんと特徴が同じロシア系かなと思う美少女がいた。
そしてホーネットさんはライコネンさんとその他大勢の取り巻きを連れ歩いていた。まるで1つの群れみたいだった。
よく見ると、ホーネットさんの前にフラフラと歩いているミレイユさんがいた。なんだか昨日の覇気がないような気がした。
「リンカちゃん、端に寄ろう」
ブリジットちゃんに小声で囁かれ、頷いて端に寄って頭を下げる。早く行ってくれないかな。
ミレイユさんが通ったあと、ホーネットさんの群れが私たちの前にやってくる。このままさっさと行けと思っていると、私の前でホーネットさんの群れが止まる。そして可愛らしいけど、トゲがある声で話しかけられた。
「あなた、誰に許可を取ってスカートを短くしているの?」
私以外に用事があってくれと思っていたけど、ダメだった。いやワンチャン、別の人じゃ……いや、私に話しかけてるに決まってるよね。
顔を上げ、ホーネットさんの顔を見つめる。うわ、めっちゃ美少女だ。いや気持ちで負けるな、リンカ。頑張れ、リンカ!
「私のファッションにあなたの許可はいらない……と思うんですけど……」
最初は自信満々に言えていたんだけど、ホーネットさんとその取り巻きに睨まれて、段々自信を失っていった。完璧に負けてしまった……
ホーネットさんの顔が怖いものに変わっていく。美少女が怖い顔をしたら、こんなに怖くなるのかってぐらい怖かった。
「この世界では、いるのよ。そもそも、あなたはソルでしょう? 身分をわきまえなさいって言われなかったの?」
身分、身分、身分! そもそも、身分をわきまえるって、どういう意味!?
「言われましたけど、私が私を変える理由ってありますか? 私はしたいことはするし、自分を変えませんから!」
ホーネットさんの眉間にシワが寄っていく。はっ、身分って言われて怒ってしまったけど、私、今ピンチなんだった。
「さすが良いこと言うっすね、ペチコートさん」
この語尾は、先に学校に向かったはずのミレイユさんだ! 思わぬ助け舟に、私は目を輝かせる。でも、その呼び名は嫌だ。
「1番さん、ファッションは誰かにやめろと言われてやめるもんじゃないっすよ。それにペチコートさんに文句を言うんなら、あたしにも言ったらどうっすか」
その言葉につられ、ミレイユさんのスカートを見ると、ミレイユさんの制服はスカートが短くなっていた。そしてスカートは、昨日助言をもらった私がペチコートの上に履いているスカートより、可愛らしく膨らんでいた。そしてミレイユさんはジャケットを腰に巻いていて、長いはずの袖(そで)は半袖になっていて、私の制服より断然かわいくなっていた。
ミレイユさんの着こなしはすごい! それはファッション番長の着こなしだった。
それにホーネットさんが、悪巧みをしているような笑顔で反論した。
「あなたはエトワールでしょう、ダナーさん。でも制服の改造は校則違反なのかしら?」
柔らかい言い方だけど、トゲトゲな本音は隠せてなかった。昨日、ブリジットちゃんが心配してた理由がほんの少し分かった気がした。
「校則違反が怖くて、服飾の歴史を変えられるわけないっす。こんなつまらないことしてる暇があったら、1番さんは因子の練習をしてたらどうっすか? なんでも平均にできるって逆につまんないっすよね」
ミレイユさんの言葉に、ホーネットさんが一瞬だけ顔色を変えた。その一瞬に見せた怒りに染まった顔は、何をしでかすか分からない恐怖があった。
「私もあなたの得意な電気の魔法を練習したの。体験者になってくれる人がいるなんて、嬉しいわ、ダナーさん」
周りの人が一斉に距離を取り出す。私と言い合いをする2人を中心に、円を描かれた。
「いいっすよ、あたしも他人の因子を制御する因子の使い方を勉強中なんで、練習台になってほしいっす」
そんな不穏な雰囲気の中、ミレイユさんが不敵に笑った。自信満々だけど、本当にミレイユさんは大丈夫なのだろうか。
「それって格下相手にしか使えない魔法ではなくて? ふふ、ダナーさんは面白いことを言うのね」
ホーネットさんのトゲトゲしい言葉に焦って、ミレイユさんの方を見た。でもミレイユさんは顔色一つ変えずに、言い返した。
「本当の因子の使い方を知らない人は、これだからダメっすね。魔法の仕組みを全くわかってないじゃないっすか」
ミレイユさんの溜息まじりの言葉で、ホーネットさんの心に火が付いたようだった。私はホーネットさんの動き出した手を、思わず掴む。
「やめてくださいよ、ホーネットさん。ほら、言葉で解決しましょ? ねっ?」
ミレイユさんとホーネットさんの魔法勝負なんて、私は見たくなかった。平和的解決ができるなら、そっちの方がいいじゃん。
「離しなさい!」
ホーネットさんが手を振り払う。その反動で思わず、地面に転がってしまったけど、ホーネットさんの意識がこっちに向いたから、作戦としては上出来だった。
「ソルのくせに私に触らないで。あなた、何度言えばわかるの? あなたはソル、私たちに触れる権利もない虫けらよ!」
ホーネットさんの大きな灰色の瞳に、怒りの炎が燃え上がる。そしてホーネットさんは、私に向かって手を振り下ろそうとした。私は顔の前に両腕をもっていき、防御の体勢をとる。そのとき、私の手のひらの太陽が光った。
「きゃ、この光は何!?」
ホーネットさんがそう言うけど、私にも分からない。困っていると、ミレイユさんから小さな声が漏れた。
「それって……」
そして嫌味なぐらい、ううん、私のピンチにいつも聞こえる、とてもかっこいい声が聞こえた。でも、その声は氷みたいに冷たくて、怪我をしそうなほど鋭かった。
「……そこのエトワール、いったい、お前は何様のつもりなんだ?」
声が聞こえた方、ミレイユさんの後ろに目をやる。そこには今日もかっこいいハルトさんがいた。ハルトさんのスーツは珍しく、紺色のストライプだった。
「ハルトさん!」
あ、今すごい嬉しそうな声が出た。自分の声が自分にもわかるぐらい感情に溢れていた。
「リンカ、大丈夫か?」
すぐにハルトさんの声は柔らかいものになった。そんな声をかけてもらえた、自分が少し特別に思えた。
心配そうな顔で手を差し伸べてくれるハルトさんに、私は笑顔を返す。ハルトさんが心配してくれたおかげで、ちょっとパワーが出ました。
「大丈夫です。ありがとうございます、ハルトさん」
ハルトさんの手を借りて、立ち上がる。私が立ち上がったあと、ハルトさんはポケットからハンカチを取り出し、スマートに私に渡してくれた。でも、このハンカチで何すればいいんだろう。涙は出てないつもりなんだけど……
「それで土を払え」
私がハンカチを見つめて考えていたせいか、ハルトさんが教えてくれた。
「え、こんな高価そうで綺麗なハンカチで土を払うんですか? 手で大丈夫ですよ」
ハルトさんはムッとしたあと、私のお尻を力いっぱい叩いた。痛い!
「じゃあ、おれが払ってやるよ。そのハンカチはやるから、なんかに使え」
「叩いてやるの間違いじゃないですかっ! ハンカチはありがたくもらいますけど! もうちょっと優しく、優しくお願いします!」
「仕方ねえな、ほら、優しくしてやるから静かにしろ」
そう言って、ハルトさんの叩く手が少し優しくなる。ポンポンと優しいそれに、さっきの攻撃はもしかして照れ隠しだったのかも、と思った。
「へへ、ありがとうございます、ハルトさん」
嬉しくてお礼を言うと、ハルトさんは少し照れたようで、顔が少し赤かった。
「……何も言うな」
そんなハルトさんがかわいくて、私はニンマリと笑顔になった。そしてハルトさんは、そんな私の笑顔を見て、また照れたのか、髪の毛がグチャグチャになるまで撫でられる。
きゃあ、きゃあと声を上げてはしゃいでいると、隣から声が上がった。
「あの、ハルトさま……」
ホーネットさんがハルトさんに話しかける。さっきまでのトゲはどこに行ったのか、儚げなウィスパーボイスだった。私調べによると、男性はウィスパーボイスの女子に弱い。ハルトさんも、そうなのだろうか。
ハルトさんの顔を見上げると、苦々しい顔をして辺りを見回していた。
「あー、お前ら、まだ教室に行ってなかったのか。もうすぐ始業時間だから、さっさと教室に行くように」
しっしとハルトさんが手を振る。すると、蜘蛛の子を散らしたように、みんな走って校舎へ向かっていった。ブリジットちゃんは残ろうとしていたけど、他の子に腕を引っ張られていた。私に向かって謝るブリジットちゃんに、気にしないでと身振りで伝えた。
ホーネットさんは笑顔で、ハルトさんに手を差し伸べた。
「私、アナスタシア・ホーネットです。あなたが迎えに来てくれたとき、私は本当に嬉しかったんですよ」
「おう、そうか。元気にやってるか?」
ハルトさんに聞かれ、ホーネットさんは嬉しそうに答えた。
「はい、元気にやっています。あの私、ずっとハルトさんにまた会いたいと思っていて……」
ハルトさんは少し沈黙したあと、首を横に振った。
「悪いけど、そういうのはちょっと困る。それに君は、えっと……」
ホーネットさんの顔が笑顔で固まる。そしてハルトさんは何か考えながら、私の頭に手を置いた。ちょっと、私の頭は手を置くところじゃないですけど! 私のイラつきを、ハルトさんは感じたのか、それとも無意識なのか、頭を優しく撫で始めた。うう、そんなに優しく撫でられたら、何も言えない。
「思い出した、検査器具を壊した子か。そのせいで、リンカは詳細な検査が先延ばしになってるんだよな。直すのに、あと1週間はかかるらしいぞ」
私の方を見て、ハルトさんは言った。嬉しいけど、ホーネットさんの方から刺さってると勘違いするほど痛い視線を感じる。
「なんすか、ハルトくん。別人みたいっす、何かあったんすか……」
ミレイユさんが呆然としていた。私が知ってるハルトさんは、いつもこんな感じだけど……
「はいはーい、君たちもそろそろ登校再開しようねー」
軟派な声がした方を向くと、ハルトさんと同じで、いつもと違う格好をしたアンリさんがいた。全身あずき色のジャージは、芋みたいだけど、アンリさんが着るとオシャレに感じた。深く開いたジャージの襟(えり)からは、渋柿色のVネックのTシャツが覗いていて、アンリさんのセンスとはいったい、と思った。
「お久しぶりっす、アンリくん。なんで学校にいるんすか?」
私も聞きたいと思っていたことを、ミレイユさんが聞く。アンリさんは、とっても良い笑顔で答える。
「先生のお仕事を手伝う、ってことが新しい仕事でね。いわゆる臨時教師ってやつだよー。ミレイユちゃんもアンリ先生って呼んでくれるかな?」
私はハルトさんの方を見た。ハルトさんは私の視線を感じると、おれもだ、と頷いた。っていうことは……
「ハルトさんじゃなくて、ハルト先生なんですか!? これからずっと!?」
一緒に学校生活を送れるかも知れない。青春をハルトさんと過ごせると思うと、嬉しかった。
「ああ、まあ……そうかもな」
あからさまに嘘をついています、という顔をしたハルトさんの、曖昧な返事に思わず情けない声が出る。
「いったい、どっちなんですかぁ! うぐっ!」
ハルトさんに顎を掴まれた。誤魔化し方がわからないからって、これはズルい。
「どっちでもいいだろ。ほら、教室に送ってやるから行くぞ」
「えっ!」
ホーネットさんが不満げな声を上げる。だけど、送ってもらう特権は私のものだ。
私はハルトさんの腕に、自分の腕を絡めた。おっきくて、長い腕に擦り寄る。ハルトさんは何も言わず、ゆっくりと歩き始めた。ふふ、なんだか幸せだな。
「じゃあ、エトワールの子たちは僕が送ろうかな。はい、みんなー、歩き出してー」
そうして私たちの後ろを、アンリさんたちは歩き出した。
ハルトさんと一緒に登校することを絶対にできないと思っていたから、私はとても嬉しかった。私の歩幅に合わせてくれるハルトさんに、優しさを感じながら、教室を目指した。
そのとき、後ろからザワつきが聞こえ、振り返ると、みんなが端に寄り1つの道をつくっていく。道の先には、昨日話していたホーネットさんと特徴が同じロシア系かなと思う美少女がいた。
そしてホーネットさんはライコネンさんとその他大勢の取り巻きを連れ歩いていた。まるで1つの群れみたいだった。
よく見ると、ホーネットさんの前にフラフラと歩いているミレイユさんがいた。なんだか昨日の覇気がないような気がした。
「リンカちゃん、端に寄ろう」
ブリジットちゃんに小声で囁かれ、頷いて端に寄って頭を下げる。早く行ってくれないかな。
ミレイユさんが通ったあと、ホーネットさんの群れが私たちの前にやってくる。このままさっさと行けと思っていると、私の前でホーネットさんの群れが止まる。そして可愛らしいけど、トゲがある声で話しかけられた。
「あなた、誰に許可を取ってスカートを短くしているの?」
私以外に用事があってくれと思っていたけど、ダメだった。いやワンチャン、別の人じゃ……いや、私に話しかけてるに決まってるよね。
顔を上げ、ホーネットさんの顔を見つめる。うわ、めっちゃ美少女だ。いや気持ちで負けるな、リンカ。頑張れ、リンカ!
「私のファッションにあなたの許可はいらない……と思うんですけど……」
最初は自信満々に言えていたんだけど、ホーネットさんとその取り巻きに睨まれて、段々自信を失っていった。完璧に負けてしまった……
ホーネットさんの顔が怖いものに変わっていく。美少女が怖い顔をしたら、こんなに怖くなるのかってぐらい怖かった。
「この世界では、いるのよ。そもそも、あなたはソルでしょう? 身分をわきまえなさいって言われなかったの?」
身分、身分、身分! そもそも、身分をわきまえるって、どういう意味!?
「言われましたけど、私が私を変える理由ってありますか? 私はしたいことはするし、自分を変えませんから!」
ホーネットさんの眉間にシワが寄っていく。はっ、身分って言われて怒ってしまったけど、私、今ピンチなんだった。
「さすが良いこと言うっすね、ペチコートさん」
この語尾は、先に学校に向かったはずのミレイユさんだ! 思わぬ助け舟に、私は目を輝かせる。でも、その呼び名は嫌だ。
「1番さん、ファッションは誰かにやめろと言われてやめるもんじゃないっすよ。それにペチコートさんに文句を言うんなら、あたしにも言ったらどうっすか」
その言葉につられ、ミレイユさんのスカートを見ると、ミレイユさんの制服はスカートが短くなっていた。そしてスカートは、昨日助言をもらった私がペチコートの上に履いているスカートより、可愛らしく膨らんでいた。そしてミレイユさんはジャケットを腰に巻いていて、長いはずの袖(そで)は半袖になっていて、私の制服より断然かわいくなっていた。
ミレイユさんの着こなしはすごい! それはファッション番長の着こなしだった。
それにホーネットさんが、悪巧みをしているような笑顔で反論した。
「あなたはエトワールでしょう、ダナーさん。でも制服の改造は校則違反なのかしら?」
柔らかい言い方だけど、トゲトゲな本音は隠せてなかった。昨日、ブリジットちゃんが心配してた理由がほんの少し分かった気がした。
「校則違反が怖くて、服飾の歴史を変えられるわけないっす。こんなつまらないことしてる暇があったら、1番さんは因子の練習をしてたらどうっすか? なんでも平均にできるって逆につまんないっすよね」
ミレイユさんの言葉に、ホーネットさんが一瞬だけ顔色を変えた。その一瞬に見せた怒りに染まった顔は、何をしでかすか分からない恐怖があった。
「私もあなたの得意な電気の魔法を練習したの。体験者になってくれる人がいるなんて、嬉しいわ、ダナーさん」
周りの人が一斉に距離を取り出す。私と言い合いをする2人を中心に、円を描かれた。
「いいっすよ、あたしも他人の因子を制御する因子の使い方を勉強中なんで、練習台になってほしいっす」
そんな不穏な雰囲気の中、ミレイユさんが不敵に笑った。自信満々だけど、本当にミレイユさんは大丈夫なのだろうか。
「それって格下相手にしか使えない魔法ではなくて? ふふ、ダナーさんは面白いことを言うのね」
ホーネットさんのトゲトゲしい言葉に焦って、ミレイユさんの方を見た。でもミレイユさんは顔色一つ変えずに、言い返した。
「本当の因子の使い方を知らない人は、これだからダメっすね。魔法の仕組みを全くわかってないじゃないっすか」
ミレイユさんの溜息まじりの言葉で、ホーネットさんの心に火が付いたようだった。私はホーネットさんの動き出した手を、思わず掴む。
「やめてくださいよ、ホーネットさん。ほら、言葉で解決しましょ? ねっ?」
ミレイユさんとホーネットさんの魔法勝負なんて、私は見たくなかった。平和的解決ができるなら、そっちの方がいいじゃん。
「離しなさい!」
ホーネットさんが手を振り払う。その反動で思わず、地面に転がってしまったけど、ホーネットさんの意識がこっちに向いたから、作戦としては上出来だった。
「ソルのくせに私に触らないで。あなた、何度言えばわかるの? あなたはソル、私たちに触れる権利もない虫けらよ!」
ホーネットさんの大きな灰色の瞳に、怒りの炎が燃え上がる。そしてホーネットさんは、私に向かって手を振り下ろそうとした。私は顔の前に両腕をもっていき、防御の体勢をとる。そのとき、私の手のひらの太陽が光った。
「きゃ、この光は何!?」
ホーネットさんがそう言うけど、私にも分からない。困っていると、ミレイユさんから小さな声が漏れた。
「それって……」
そして嫌味なぐらい、ううん、私のピンチにいつも聞こえる、とてもかっこいい声が聞こえた。でも、その声は氷みたいに冷たくて、怪我をしそうなほど鋭かった。
「……そこのエトワール、いったい、お前は何様のつもりなんだ?」
声が聞こえた方、ミレイユさんの後ろに目をやる。そこには今日もかっこいいハルトさんがいた。ハルトさんのスーツは珍しく、紺色のストライプだった。
「ハルトさん!」
あ、今すごい嬉しそうな声が出た。自分の声が自分にもわかるぐらい感情に溢れていた。
「リンカ、大丈夫か?」
すぐにハルトさんの声は柔らかいものになった。そんな声をかけてもらえた、自分が少し特別に思えた。
心配そうな顔で手を差し伸べてくれるハルトさんに、私は笑顔を返す。ハルトさんが心配してくれたおかげで、ちょっとパワーが出ました。
「大丈夫です。ありがとうございます、ハルトさん」
ハルトさんの手を借りて、立ち上がる。私が立ち上がったあと、ハルトさんはポケットからハンカチを取り出し、スマートに私に渡してくれた。でも、このハンカチで何すればいいんだろう。涙は出てないつもりなんだけど……
「それで土を払え」
私がハンカチを見つめて考えていたせいか、ハルトさんが教えてくれた。
「え、こんな高価そうで綺麗なハンカチで土を払うんですか? 手で大丈夫ですよ」
ハルトさんはムッとしたあと、私のお尻を力いっぱい叩いた。痛い!
「じゃあ、おれが払ってやるよ。そのハンカチはやるから、なんかに使え」
「叩いてやるの間違いじゃないですかっ! ハンカチはありがたくもらいますけど! もうちょっと優しく、優しくお願いします!」
「仕方ねえな、ほら、優しくしてやるから静かにしろ」
そう言って、ハルトさんの叩く手が少し優しくなる。ポンポンと優しいそれに、さっきの攻撃はもしかして照れ隠しだったのかも、と思った。
「へへ、ありがとうございます、ハルトさん」
嬉しくてお礼を言うと、ハルトさんは少し照れたようで、顔が少し赤かった。
「……何も言うな」
そんなハルトさんがかわいくて、私はニンマリと笑顔になった。そしてハルトさんは、そんな私の笑顔を見て、また照れたのか、髪の毛がグチャグチャになるまで撫でられる。
きゃあ、きゃあと声を上げてはしゃいでいると、隣から声が上がった。
「あの、ハルトさま……」
ホーネットさんがハルトさんに話しかける。さっきまでのトゲはどこに行ったのか、儚げなウィスパーボイスだった。私調べによると、男性はウィスパーボイスの女子に弱い。ハルトさんも、そうなのだろうか。
ハルトさんの顔を見上げると、苦々しい顔をして辺りを見回していた。
「あー、お前ら、まだ教室に行ってなかったのか。もうすぐ始業時間だから、さっさと教室に行くように」
しっしとハルトさんが手を振る。すると、蜘蛛の子を散らしたように、みんな走って校舎へ向かっていった。ブリジットちゃんは残ろうとしていたけど、他の子に腕を引っ張られていた。私に向かって謝るブリジットちゃんに、気にしないでと身振りで伝えた。
ホーネットさんは笑顔で、ハルトさんに手を差し伸べた。
「私、アナスタシア・ホーネットです。あなたが迎えに来てくれたとき、私は本当に嬉しかったんですよ」
「おう、そうか。元気にやってるか?」
ハルトさんに聞かれ、ホーネットさんは嬉しそうに答えた。
「はい、元気にやっています。あの私、ずっとハルトさんにまた会いたいと思っていて……」
ハルトさんは少し沈黙したあと、首を横に振った。
「悪いけど、そういうのはちょっと困る。それに君は、えっと……」
ホーネットさんの顔が笑顔で固まる。そしてハルトさんは何か考えながら、私の頭に手を置いた。ちょっと、私の頭は手を置くところじゃないですけど! 私のイラつきを、ハルトさんは感じたのか、それとも無意識なのか、頭を優しく撫で始めた。うう、そんなに優しく撫でられたら、何も言えない。
「思い出した、検査器具を壊した子か。そのせいで、リンカは詳細な検査が先延ばしになってるんだよな。直すのに、あと1週間はかかるらしいぞ」
私の方を見て、ハルトさんは言った。嬉しいけど、ホーネットさんの方から刺さってると勘違いするほど痛い視線を感じる。
「なんすか、ハルトくん。別人みたいっす、何かあったんすか……」
ミレイユさんが呆然としていた。私が知ってるハルトさんは、いつもこんな感じだけど……
「はいはーい、君たちもそろそろ登校再開しようねー」
軟派な声がした方を向くと、ハルトさんと同じで、いつもと違う格好をしたアンリさんがいた。全身あずき色のジャージは、芋みたいだけど、アンリさんが着るとオシャレに感じた。深く開いたジャージの襟(えり)からは、渋柿色のVネックのTシャツが覗いていて、アンリさんのセンスとはいったい、と思った。
「お久しぶりっす、アンリくん。なんで学校にいるんすか?」
私も聞きたいと思っていたことを、ミレイユさんが聞く。アンリさんは、とっても良い笑顔で答える。
「先生のお仕事を手伝う、ってことが新しい仕事でね。いわゆる臨時教師ってやつだよー。ミレイユちゃんもアンリ先生って呼んでくれるかな?」
私はハルトさんの方を見た。ハルトさんは私の視線を感じると、おれもだ、と頷いた。っていうことは……
「ハルトさんじゃなくて、ハルト先生なんですか!? これからずっと!?」
一緒に学校生活を送れるかも知れない。青春をハルトさんと過ごせると思うと、嬉しかった。
「ああ、まあ……そうかもな」
あからさまに嘘をついています、という顔をしたハルトさんの、曖昧な返事に思わず情けない声が出る。
「いったい、どっちなんですかぁ! うぐっ!」
ハルトさんに顎を掴まれた。誤魔化し方がわからないからって、これはズルい。
「どっちでもいいだろ。ほら、教室に送ってやるから行くぞ」
「えっ!」
ホーネットさんが不満げな声を上げる。だけど、送ってもらう特権は私のものだ。
私はハルトさんの腕に、自分の腕を絡めた。おっきくて、長い腕に擦り寄る。ハルトさんは何も言わず、ゆっくりと歩き始めた。ふふ、なんだか幸せだな。
「じゃあ、エトワールの子たちは僕が送ろうかな。はい、みんなー、歩き出してー」
そうして私たちの後ろを、アンリさんたちは歩き出した。
ハルトさんと一緒に登校することを絶対にできないと思っていたから、私はとても嬉しかった。私の歩幅に合わせてくれるハルトさんに、優しさを感じながら、教室を目指した。
0
あなたにおすすめの小説
リトライさせていただきます!〜死に戻り令嬢はイケメン神様とタッグを組んで人生をやり直す事にした。今度こそ幸せになります!!〜
ゆずき
恋愛
公爵家の御令嬢クレハは、18歳の誕生日に何者かに殺害されてしまう。そんなクレハを救ったのは、神を自称する青年(長身イケメン)だった。
イケメン神様の力で10年前の世界に戻されてしまったクレハ。そこから運命の軌道修正を図る。犯人を返り討ちにできるくらい、強くなればいいじゃないか!! そう思ったクレハは、神様からは魔法を、クレハに一目惚れした王太子からは武術の手ほどきを受ける。クレハの強化トレーニングが始まった。
8歳の子供の姿に戻ってしまった少女と、お人好しな神様。そんな2人が主人公の異世界恋愛ファンタジー小説です。
※メインではありませんが、ストーリーにBL的要素が含まれます。少しでもそのような描写が苦手な方はご注意下さい。
商人の男と貴族の女~婚約破棄から始まる成り上がり~
葉月奈津・男
恋愛
「あなたとの婚約、破棄させていただきます!」
王立学院の舞踏会。
全校生徒が見守る中、商家の三男カロスタークは、貴族令嬢セザールから一方的に婚約破棄を突きつけられる。
努力も誠意も、すべて「退屈だった」の一言で切り捨てられ、彼女は王子様気取りの子爵家の三男と新たな婚約を宣言する。
だが、カロスタークは折れなかった。
「商人の子せがれにだって、意地はあるんだ!」
怒りと屈辱を胸に、彼は商人としての才覚を武器に、静かなる反撃を開始する。
舞踏会の翌日、元婚約者の実家に突如として訪れる債権者たち。
差し押さえ、債権買収、そして“後ろ盾”の意味を思い知らせる逆襲劇が幕を開ける!
これは、貴族社会の常識を覆す、ひとりの青年の成り上がりの物語。
誇りを踏みにじられた男が、金と知恵で世界を変える――!
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
転生皇女セラフィナ
秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。
目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。
赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。
皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。
前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。
しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。
一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。
「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」
そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。
言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。
それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。
転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。
※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。
貧乏貴族の俺が貴族学園随一の麗しき公爵令嬢と偽装婚約したら、なぜか溺愛してくるようになった。
ななよ廻る
恋愛
貴族のみに門戸を開かれた王国きっての学園は、貧乏貴族の俺にとって居心地のいい場所ではなかった。
令息令嬢の社交場。
顔と身分のいい結婚相手を見つけるための場所というのが暗黙の了解とされており、勉強をしに来た俺は肩身が狭い。
それでも通い続けているのは、端的に言えば金のためだ。
王国一の学園卒業という箔を付けて、よりよい仕事に就く。
家族を支えるため、強いては妹に望まない結婚をさせないため、俺には嫌でも学園に通う理由があった。
ただ、どれだけ強い決意があっても、時には1人になりたくなる。
静かな場所を求めて広大な学園の敷地を歩いていたら、薔薇の庭園に辿り着く。
そこで銀髪碧眼の美しい令嬢と出会い、予想もしなかった提案をされる。
「それなら、私と“偽装婚約”をしないかい?」
互いの利益のため偽装婚約を受け入れたが、彼女が学園唯一の公爵令嬢であるユーリアナ・アルローズと知ったのは後になってからだ。
しかも、ユーリアナは偽装婚約という関係を思いの外楽しみ始めて――
「ふふ、君は私の旦那様なのだから、もっと甘えてもいいんだよ?」
偽装婚約、だよな……?
※この作品は『カクヨム』『小説家になろう』『アルファポリス』に掲載しております※
※ななよ廻る文庫(個人電子書籍出版)にて第1巻発売中!※
「不吉な黒」と捨てられた令嬢、漆黒の竜を「痛いの飛んでいけー!」で完治させてしまう
ムラサメ
恋愛
漆黒の髪と瞳。ただそれだけの理由で「不吉なゴミ」と虐げられてきた公爵令嬢ミア。
死の森に捨てられた彼女が出会ったのは、呪いに侵され、最期を待つ最強の黒竜と、その相棒である隣国の竜騎士ゼノだった。
しかし、ミアが無邪気に放った「おまじない」は、伝説の浄化魔法となって世界を塗り替える。
向こう見ずな天才騎士に拾われたミアは、隣国で「女神」として崇められ、徹底的に甘やかされることに。
一方、浄化の源を失った王国は、みるみるうちに泥沼へと沈んでいき……?
「無能」と捨てられた少女は、神の愛し子だった――。 凍てつく北の地で始まる、聖獣たちと冷徹公爵による「世界一過保護な」逆転生活。
秦江湖
恋愛
魔法適性「鑑定」がすべてを決める、黄金の国ルミナリス。 名門ベルグラード公爵家の末娘アデリーンは、十五歳の鑑定式で、前代未聞の『鑑定不能(黒の沈黙)』を叩き出してしまう。
「我が家の恥さらしめ。二度とその顔を見せるな」
第一王子からは婚約破棄を突きつけられ、最愛の三人の兄たちからも冷酷な言葉とともに、極寒の地「ノースガル公国」へ追放を言い渡されたアデリーン。
着の身着のままで雪原に放り出された彼女が出会ったのは、一匹の衰弱した仔狼――それは、人間には決して懐かないはずの『伝説の聖獣』だった。
「鑑定不能」の正体は、魔力ゼロなどではなく、聖獣と心を通わせる唯一の力『調律師』の証。
行き倒れたアデリーンを救ったのは、誰もが恐れる氷の公爵ゼノスで……。
「こんなに尊い存在を捨てるとは、黄金の国の連中は正気か?」
「聖獣も、私も……お前を離すつもりはない」
氷の公爵に拾われ、聖獣たちに囲まれ、これまでの不遇が嘘のような「極上溺愛」を享受するアデリーン。
一方で、彼女を捨てた黄金の国は、聖獣の加護を失い崩壊の危機に直面していた。
慌ててアデリーンを連れ戻そうとする身勝手な王族たち。
しかし、彼らの前には「復讐」の準備を終えたアデリーンの兄たちが立ちはだかる。
「遅いよ。僕らのかわいい妹を泣かせた罪、一生かけて償ってもらうからね」
これは、すべてを失った少女が、真の居場所と愛を見つけるまでの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる