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学校生活
今宵、落とし穴で
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ハルトさん、ハルトさん、ハルトさん!
それだけ考えて走っていると、踏み込んだ地面が落ちた。
「うぎゃっ!」
筒のように開けられた穴に落ちて、柔らかい土に尻餅をつく。
「いたた……」
お尻は痛いけど、なんとか他の場所は怪我をしていないようだ。ゆっくりとお尻をかばいながら、立ち上がる。
上に戻ろうと見上げた。筒の始まり、つまり地表への距離は私の身長である150cmより高かった。
「どうしよう、これ……」
地面の先、空には綺麗な真っ黄色の満月が浮かんでいた。
「ハルトさん……こういうとき、電話があったら一瞬なのにな」
私の口から勝手に切ない声が漏れる。ハルトさんが私を待っていたら、どうしよう。
『呼んだか?』
急にハルトさんの声が聞こえて、私は思わず飛び跳ねてしまった。
「ハルトさん!」
『そんなに大声出さなくても良い。これは因子会話だから、念じるだけで相手に伝わる』
念じるだけ? とりあえず、ハルトさんに言われたように念じてみる。
『ハルトさん、ハルトさん。こちらリンカ。通じてますか? どうぞ』
なんか秘密の会話っぽくて、少し面白くなる。
『こちらハルト。通じてます。どーぞ』
ハルトさんがノってくれたことに笑みがこぼれる。月明かりしかなくて土に囲まれて闇の中にいるみたいだけど、ハルトさんがそばにいてくれるような気がして、怖さが少し和らいだ。
『私の背より高い? あれ、深いって言うのかな? えっと落とし穴に落ちました。何か秘策をください。どうぞ』
『は? 落とし穴?』
ハルトさんの声が低くなった。だから事情を説明することにした。
『ハルトさんが私に学校で待ってるって手紙をくれたじゃないですか。だから会いに行こうと思って……』
『おれはそんな手紙書いてないぞ。ちょっと待ってろ、すぐに行く』
少しの沈黙が降りる。ハルトさんはすぐに来てくれると言ったけど、声が聞こえなくなっただけで、体が震えるぐらい怖かった。
「おい、リンカ! 怪我はしてないか!?」
暗闇を見ていたくなくて、目を閉じて、恐怖に耐えていたとき、闇を切り裂くような声が聞こえた。
目を開け、上を見上げるとハルトさんが見下ろしていた。逆光で見えないけど、きっと心配そうな顔をしてくれていると感覚でわかった。
「ハルトさん! 私はここです!」
見つけてもらえた嬉しさとほっこりと暖かい安堵の気持ちで、ピョンピョンと跳ねる。
「あんまり動くな、アドレナリンで痛みを感じてないだけかも知れねえから。今、助けてやるからな」
ほっという呼吸と、柔らかな声のあと、体がふんわりと浮き始める。ハルトさんの暖かな力に包まれて、私の体から力が抜けていった。あんなに深かった底が、段々と遠くになっていき、ハルトさんに近づいていく。
ようやく落とし穴から抜けると、ハルトさんに壊れ物みたいに優しく抱きしめられた。ハルトさんはお高そうなスーツを着ているというのに、地面に座っていて、たぶん土だらけの私を抱きしめてくれた。
「怪我してないか、とりあえず検査させてもらうな」
暖かで柔らかな光が、私を包む。
「……うん、大丈夫だ。無事でよかった……」
そして私はハルトさんに強く抱きしめられた。かすれ声で言われた無事でよかったに、ハルトさんが私を少しでも想ってくれているのだと、勘違いしそうになった。
「は、ハルトさん……!」
だけど、こんな嬉しいことを見過ごせるわけがないから、私からもハルトさんに抱きついた。少しの照れと恥ずかしさが心に交じるけど、この瞬間が少しでも長く続いてほしいと思った。
ハルトさんに抱きついたまま、目を閉じる。暖かくて意外にがっしりとした胸に、頭を預けた。ハルトさんの鼓動は感じて、少し心が温かくなった。私の胸のドキドキがハルトさんに伝わりませんように、と願った。
「……リンカ」
耳元で囁かれたハルトさんのかすれた声に、肩がビクッとなった。何、今の! すごいときめくんですけど!
「はいっ!」
「お前……心臓の音がうるせぇ」
少し笑いが混じった、いたずらな言葉に、私はハルトさんから体を離した。
「す、すいません! でも、あの下心はありません!」
月明かりしかないから、ハルトさんの顔はよく見えないけど、楽しそうな声から笑ったことがわかった。
「下心って。それは男のおれのセリフだろ」
私がドギマギとしていると、ハルトさんに頭を優しく撫でられた。
「もう夜だし、男のおれと一緒のところを見られるとまずいことになるな……」
私はハルトさんと勘違いされるなら、オッケーです! とも言えず黙っていると、ハルトさんがふんわりと笑った。うわ、至近距離で見るとよりかっこいい。
「まあ、お前とならおれはいいけど」
だけど、すぐにしかめっ面になってしまった。
「それでも、女性の名誉ってもんがあるしな。うーん、どうするか……」
「女性の名誉? そんなに夜に男性と会ってたら、ダメなんですか?」
身分とか服装とか厳しい世界だけど、そんなところも厳しいんだ……
「あっちじゃ夜に女性が出歩いても大丈夫だけど、こっちじゃダメなんだよ。おれはお前の名誉を汚したくない」
「ハルトさん……」
ハルトさんの真摯な言葉にじんわりと感動していると、後ろから足音が聞こえた。
「みぃちゃった」
その軟派な声は、と後ろを振り向く。そこには肩にサブなんとかちゃんを乗せたアンリさんがいた。
「夜の逢引は禁止だよー、君たち。アンリ先生の鉄拳制裁がご入り用かな?」
鉄拳制裁って……さすが体育教師(仮)。もしかしたら校則には厳しいのかも知れない。
「逢引じゃないですよ、アンリさん。リンカがこの落とし穴に落ちたって言ってたんで、助けにきたんです」
「でも、抱き合ってイチャついてるよね?」
アンリさんの言うとおり、これはやっぱりイチャつきなのでは? 私はハルトさんが何を言うか見守った。
「い、イチャつきじゃないですよ! これは安全確認と言うか、なんと言うか……イチャつきじゃあない……と思います」
あ、否定が弱い。これはもしかしてチャンスがあるのかも?
「ハルトくんにも春が来たかぁ……でも、臨時教師でも教師は教師。校則違反は見逃さないよ。サブリナウスリッチーちゃん、リンカちゃんを寮まで送ってあげて」
いや、その子、私に向かってめっちゃ怒ってるよ? 今にも牙を剥いて、私の元へ飛んできそうだよ?
「……そのサブなんとかって名前、変というか長すぎじゃないですか? それに怒ってるし……」
「は? 可愛い名前だろうが」
ハルトさんがしかめっ面で私に抗議し、アンリさんは笑顔で頷いた。
「ハルトくん、リンカちゃんもこう言ってることだし、名前変えた方がいいんじゃない?」
「いや、可愛いし変える必要ないでしょう。アンリさんだって何度もサブリナウスリッチーって呼んでますし、今さら名前を変えたらサブリナウスリッチーが混乱しますよ」
ハルトさんが自信満々に言う。ハルトさんが名前をつけたなら、私も変える必要はない気がしてきた……
「いや、あからさまに変って気づかせたかったんだけど、逆効果だったかぁ。うん、ハルトくんはサブリナウスリッチーちゃんのことを考えてるんだね」
「そうですよ、アンリさん。おれは良い名前だと思いますよ。なあ、リンカ?」
急に話を振られ、私は頷いた。
「ハルトさんが言うなら、なんだか良い名前な気がしてきました。ねえ、サブリミナルミッチーちゃん」
「ええー、リンカちゃんは僕の味方だと思ってたのに。それに名前、間違えてるし」
「サブリナウスリッチーな」
アンリさんの残念がる声に、ハルトさんのきっぱりとした声が続く。サブリナウスリッチーって、もしかしたら言いにくいのかも?
「じゃあ、ミューちゃんで!」
あだ名を提案したら、ミューちゃんがキョトンという顔になった。そういう顔してると、滅茶苦茶に可愛い。
「そのミューってどこから来たんだ? ……まあ、いいんじゃないか?」
「ハルトくんの偉業を伝えるために、僕はサブリナウスリッチーちゃんって呼ばせてもらうけど、素敵だと思うよ」
アンリさんが、ペシペシと優しくミューちゃんに尻尾で叩かれる。あ、気に入ってくれたんだ。
「それじゃあ、サブリナウスリッチーちゃん。リンカちゃんをよろしくね。ハルトくんは、残ってる仕事をバリバリこなしてもらうかね」
そうして私はアンリさんに急かされるまま、ミューちゃんと一緒に寮に向かった。
ミューちゃんは大人しく私の頭にいる。そしてときどき聞こえるみゃあという鳴き声に、歩き方をすごく気をつけた。
それだけ考えて走っていると、踏み込んだ地面が落ちた。
「うぎゃっ!」
筒のように開けられた穴に落ちて、柔らかい土に尻餅をつく。
「いたた……」
お尻は痛いけど、なんとか他の場所は怪我をしていないようだ。ゆっくりとお尻をかばいながら、立ち上がる。
上に戻ろうと見上げた。筒の始まり、つまり地表への距離は私の身長である150cmより高かった。
「どうしよう、これ……」
地面の先、空には綺麗な真っ黄色の満月が浮かんでいた。
「ハルトさん……こういうとき、電話があったら一瞬なのにな」
私の口から勝手に切ない声が漏れる。ハルトさんが私を待っていたら、どうしよう。
『呼んだか?』
急にハルトさんの声が聞こえて、私は思わず飛び跳ねてしまった。
「ハルトさん!」
『そんなに大声出さなくても良い。これは因子会話だから、念じるだけで相手に伝わる』
念じるだけ? とりあえず、ハルトさんに言われたように念じてみる。
『ハルトさん、ハルトさん。こちらリンカ。通じてますか? どうぞ』
なんか秘密の会話っぽくて、少し面白くなる。
『こちらハルト。通じてます。どーぞ』
ハルトさんがノってくれたことに笑みがこぼれる。月明かりしかなくて土に囲まれて闇の中にいるみたいだけど、ハルトさんがそばにいてくれるような気がして、怖さが少し和らいだ。
『私の背より高い? あれ、深いって言うのかな? えっと落とし穴に落ちました。何か秘策をください。どうぞ』
『は? 落とし穴?』
ハルトさんの声が低くなった。だから事情を説明することにした。
『ハルトさんが私に学校で待ってるって手紙をくれたじゃないですか。だから会いに行こうと思って……』
『おれはそんな手紙書いてないぞ。ちょっと待ってろ、すぐに行く』
少しの沈黙が降りる。ハルトさんはすぐに来てくれると言ったけど、声が聞こえなくなっただけで、体が震えるぐらい怖かった。
「おい、リンカ! 怪我はしてないか!?」
暗闇を見ていたくなくて、目を閉じて、恐怖に耐えていたとき、闇を切り裂くような声が聞こえた。
目を開け、上を見上げるとハルトさんが見下ろしていた。逆光で見えないけど、きっと心配そうな顔をしてくれていると感覚でわかった。
「ハルトさん! 私はここです!」
見つけてもらえた嬉しさとほっこりと暖かい安堵の気持ちで、ピョンピョンと跳ねる。
「あんまり動くな、アドレナリンで痛みを感じてないだけかも知れねえから。今、助けてやるからな」
ほっという呼吸と、柔らかな声のあと、体がふんわりと浮き始める。ハルトさんの暖かな力に包まれて、私の体から力が抜けていった。あんなに深かった底が、段々と遠くになっていき、ハルトさんに近づいていく。
ようやく落とし穴から抜けると、ハルトさんに壊れ物みたいに優しく抱きしめられた。ハルトさんはお高そうなスーツを着ているというのに、地面に座っていて、たぶん土だらけの私を抱きしめてくれた。
「怪我してないか、とりあえず検査させてもらうな」
暖かで柔らかな光が、私を包む。
「……うん、大丈夫だ。無事でよかった……」
そして私はハルトさんに強く抱きしめられた。かすれ声で言われた無事でよかったに、ハルトさんが私を少しでも想ってくれているのだと、勘違いしそうになった。
「は、ハルトさん……!」
だけど、こんな嬉しいことを見過ごせるわけがないから、私からもハルトさんに抱きついた。少しの照れと恥ずかしさが心に交じるけど、この瞬間が少しでも長く続いてほしいと思った。
ハルトさんに抱きついたまま、目を閉じる。暖かくて意外にがっしりとした胸に、頭を預けた。ハルトさんの鼓動は感じて、少し心が温かくなった。私の胸のドキドキがハルトさんに伝わりませんように、と願った。
「……リンカ」
耳元で囁かれたハルトさんのかすれた声に、肩がビクッとなった。何、今の! すごいときめくんですけど!
「はいっ!」
「お前……心臓の音がうるせぇ」
少し笑いが混じった、いたずらな言葉に、私はハルトさんから体を離した。
「す、すいません! でも、あの下心はありません!」
月明かりしかないから、ハルトさんの顔はよく見えないけど、楽しそうな声から笑ったことがわかった。
「下心って。それは男のおれのセリフだろ」
私がドギマギとしていると、ハルトさんに頭を優しく撫でられた。
「もう夜だし、男のおれと一緒のところを見られるとまずいことになるな……」
私はハルトさんと勘違いされるなら、オッケーです! とも言えず黙っていると、ハルトさんがふんわりと笑った。うわ、至近距離で見るとよりかっこいい。
「まあ、お前とならおれはいいけど」
だけど、すぐにしかめっ面になってしまった。
「それでも、女性の名誉ってもんがあるしな。うーん、どうするか……」
「女性の名誉? そんなに夜に男性と会ってたら、ダメなんですか?」
身分とか服装とか厳しい世界だけど、そんなところも厳しいんだ……
「あっちじゃ夜に女性が出歩いても大丈夫だけど、こっちじゃダメなんだよ。おれはお前の名誉を汚したくない」
「ハルトさん……」
ハルトさんの真摯な言葉にじんわりと感動していると、後ろから足音が聞こえた。
「みぃちゃった」
その軟派な声は、と後ろを振り向く。そこには肩にサブなんとかちゃんを乗せたアンリさんがいた。
「夜の逢引は禁止だよー、君たち。アンリ先生の鉄拳制裁がご入り用かな?」
鉄拳制裁って……さすが体育教師(仮)。もしかしたら校則には厳しいのかも知れない。
「逢引じゃないですよ、アンリさん。リンカがこの落とし穴に落ちたって言ってたんで、助けにきたんです」
「でも、抱き合ってイチャついてるよね?」
アンリさんの言うとおり、これはやっぱりイチャつきなのでは? 私はハルトさんが何を言うか見守った。
「い、イチャつきじゃないですよ! これは安全確認と言うか、なんと言うか……イチャつきじゃあない……と思います」
あ、否定が弱い。これはもしかしてチャンスがあるのかも?
「ハルトくんにも春が来たかぁ……でも、臨時教師でも教師は教師。校則違反は見逃さないよ。サブリナウスリッチーちゃん、リンカちゃんを寮まで送ってあげて」
いや、その子、私に向かってめっちゃ怒ってるよ? 今にも牙を剥いて、私の元へ飛んできそうだよ?
「……そのサブなんとかって名前、変というか長すぎじゃないですか? それに怒ってるし……」
「は? 可愛い名前だろうが」
ハルトさんがしかめっ面で私に抗議し、アンリさんは笑顔で頷いた。
「ハルトくん、リンカちゃんもこう言ってることだし、名前変えた方がいいんじゃない?」
「いや、可愛いし変える必要ないでしょう。アンリさんだって何度もサブリナウスリッチーって呼んでますし、今さら名前を変えたらサブリナウスリッチーが混乱しますよ」
ハルトさんが自信満々に言う。ハルトさんが名前をつけたなら、私も変える必要はない気がしてきた……
「いや、あからさまに変って気づかせたかったんだけど、逆効果だったかぁ。うん、ハルトくんはサブリナウスリッチーちゃんのことを考えてるんだね」
「そうですよ、アンリさん。おれは良い名前だと思いますよ。なあ、リンカ?」
急に話を振られ、私は頷いた。
「ハルトさんが言うなら、なんだか良い名前な気がしてきました。ねえ、サブリミナルミッチーちゃん」
「ええー、リンカちゃんは僕の味方だと思ってたのに。それに名前、間違えてるし」
「サブリナウスリッチーな」
アンリさんの残念がる声に、ハルトさんのきっぱりとした声が続く。サブリナウスリッチーって、もしかしたら言いにくいのかも?
「じゃあ、ミューちゃんで!」
あだ名を提案したら、ミューちゃんがキョトンという顔になった。そういう顔してると、滅茶苦茶に可愛い。
「そのミューってどこから来たんだ? ……まあ、いいんじゃないか?」
「ハルトくんの偉業を伝えるために、僕はサブリナウスリッチーちゃんって呼ばせてもらうけど、素敵だと思うよ」
アンリさんが、ペシペシと優しくミューちゃんに尻尾で叩かれる。あ、気に入ってくれたんだ。
「それじゃあ、サブリナウスリッチーちゃん。リンカちゃんをよろしくね。ハルトくんは、残ってる仕事をバリバリこなしてもらうかね」
そうして私はアンリさんに急かされるまま、ミューちゃんと一緒に寮に向かった。
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