無理やり連れて行かれた異世界で私はカースト最下位でした。でも好きな人がいるから頑張れます!

太もやし

文字の大きさ
16 / 21
学校生活

今宵、落とし穴で

しおりを挟む
 ハルトさん、ハルトさん、ハルトさん!

 それだけ考えて走っていると、踏み込んだ地面が落ちた。

「うぎゃっ!」

 筒のように開けられた穴に落ちて、柔らかい土に尻餅をつく。

「いたた……」

 お尻は痛いけど、なんとか他の場所は怪我をしていないようだ。ゆっくりとお尻をかばいながら、立ち上がる。

 上に戻ろうと見上げた。筒の始まり、つまり地表への距離は私の身長である150cmより高かった。

「どうしよう、これ……」

 地面の先、空には綺麗な真っ黄色の満月が浮かんでいた。

「ハルトさん……こういうとき、電話があったら一瞬なのにな」

 私の口から勝手に切ない声が漏れる。ハルトさんが私を待っていたら、どうしよう。

『呼んだか?』

 急にハルトさんの声が聞こえて、私は思わず飛び跳ねてしまった。

「ハルトさん!」

『そんなに大声出さなくても良い。これは因子会話だから、念じるだけで相手に伝わる』

 念じるだけ? とりあえず、ハルトさんに言われたように念じてみる。

『ハルトさん、ハルトさん。こちらリンカ。通じてますか? どうぞ』

 なんか秘密の会話っぽくて、少し面白くなる。

『こちらハルト。通じてます。どーぞ』

 ハルトさんがノってくれたことに笑みがこぼれる。月明かりしかなくて土に囲まれて闇の中にいるみたいだけど、ハルトさんがそばにいてくれるような気がして、怖さが少し和らいだ。

『私の背より高い? あれ、深いって言うのかな? えっと落とし穴に落ちました。何か秘策をください。どうぞ』

『は? 落とし穴?』

 ハルトさんの声が低くなった。だから事情を説明することにした。

『ハルトさんが私に学校で待ってるって手紙をくれたじゃないですか。だから会いに行こうと思って……』

『おれはそんな手紙書いてないぞ。ちょっと待ってろ、すぐに行く』

 少しの沈黙が降りる。ハルトさんはすぐに来てくれると言ったけど、声が聞こえなくなっただけで、体が震えるぐらい怖かった。

「おい、リンカ! 怪我はしてないか!?」

 暗闇を見ていたくなくて、目を閉じて、恐怖に耐えていたとき、闇を切り裂くような声が聞こえた。
目を開け、上を見上げるとハルトさんが見下ろしていた。逆光で見えないけど、きっと心配そうな顔をしてくれていると感覚でわかった。

「ハルトさん! 私はここです!」

 見つけてもらえた嬉しさとほっこりと暖かい安堵の気持ちで、ピョンピョンと跳ねる。

「あんまり動くな、アドレナリンで痛みを感じてないだけかも知れねえから。今、助けてやるからな」

 ほっという呼吸と、柔らかな声のあと、体がふんわりと浮き始める。ハルトさんの暖かな力に包まれて、私の体から力が抜けていった。あんなに深かった底が、段々と遠くになっていき、ハルトさんに近づいていく。

 ようやく落とし穴から抜けると、ハルトさんに壊れ物みたいに優しく抱きしめられた。ハルトさんはお高そうなスーツを着ているというのに、地面に座っていて、たぶん土だらけの私を抱きしめてくれた。

「怪我してないか、とりあえず検査させてもらうな」

 暖かで柔らかな光が、私を包む。

「……うん、大丈夫だ。無事でよかった……」

 そして私はハルトさんに強く抱きしめられた。かすれ声で言われた無事でよかったに、ハルトさんが私を少しでも想ってくれているのだと、勘違いしそうになった。

「は、ハルトさん……!」

 だけど、こんな嬉しいことを見過ごせるわけがないから、私からもハルトさんに抱きついた。少しの照れと恥ずかしさが心に交じるけど、この瞬間が少しでも長く続いてほしいと思った。

 ハルトさんに抱きついたまま、目を閉じる。暖かくて意外にがっしりとした胸に、頭を預けた。ハルトさんの鼓動は感じて、少し心が温かくなった。私の胸のドキドキがハルトさんに伝わりませんように、と願った。

「……リンカ」

 耳元で囁かれたハルトさんのかすれた声に、肩がビクッとなった。何、今の! すごいときめくんですけど!

「はいっ!」

「お前……心臓の音がうるせぇ」

 少し笑いが混じった、いたずらな言葉に、私はハルトさんから体を離した。

「す、すいません! でも、あの下心はありません!」

 月明かりしかないから、ハルトさんの顔はよく見えないけど、楽しそうな声から笑ったことがわかった。

「下心って。それは男のおれのセリフだろ」

 私がドギマギとしていると、ハルトさんに頭を優しく撫でられた。

「もう夜だし、男のおれと一緒のところを見られるとまずいことになるな……」

 私はハルトさんと勘違いされるなら、オッケーです! とも言えず黙っていると、ハルトさんがふんわりと笑った。うわ、至近距離で見るとよりかっこいい。

「まあ、お前とならおれはいいけど」

 だけど、すぐにしかめっ面になってしまった。

「それでも、女性の名誉ってもんがあるしな。うーん、どうするか……」

「女性の名誉? そんなに夜に男性と会ってたら、ダメなんですか?」

 身分とか服装とか厳しい世界だけど、そんなところも厳しいんだ……

「あっちじゃ夜に女性が出歩いても大丈夫だけど、こっちじゃダメなんだよ。おれはお前の名誉を汚したくない」

「ハルトさん……」

 ハルトさんの真摯な言葉にじんわりと感動していると、後ろから足音が聞こえた。

「みぃちゃった」

 その軟派な声は、と後ろを振り向く。そこには肩にサブなんとかちゃんを乗せたアンリさんがいた。

「夜の逢引は禁止だよー、君たち。アンリ先生の鉄拳制裁がご入り用かな?」

 鉄拳制裁って……さすが体育教師(仮)。もしかしたら校則には厳しいのかも知れない。

「逢引じゃないですよ、アンリさん。リンカがこの落とし穴に落ちたって言ってたんで、助けにきたんです」

「でも、抱き合ってイチャついてるよね?」

 アンリさんの言うとおり、これはやっぱりイチャつきなのでは? 私はハルトさんが何を言うか見守った。

「い、イチャつきじゃないですよ! これは安全確認と言うか、なんと言うか……イチャつきじゃあない……と思います」

 あ、否定が弱い。これはもしかしてチャンスがあるのかも?

「ハルトくんにも春が来たかぁ……でも、臨時教師でも教師は教師。校則違反は見逃さないよ。サブリナウスリッチーちゃん、リンカちゃんを寮まで送ってあげて」

 いや、その子、私に向かってめっちゃ怒ってるよ? 今にも牙を剥いて、私の元へ飛んできそうだよ?

「……そのサブなんとかって名前、変というか長すぎじゃないですか? それに怒ってるし……」

「は? 可愛い名前だろうが」

 ハルトさんがしかめっ面で私に抗議し、アンリさんは笑顔で頷いた。

「ハルトくん、リンカちゃんもこう言ってることだし、名前変えた方がいいんじゃない?」

「いや、可愛いし変える必要ないでしょう。アンリさんだって何度もサブリナウスリッチーって呼んでますし、今さら名前を変えたらサブリナウスリッチーが混乱しますよ」

 ハルトさんが自信満々に言う。ハルトさんが名前をつけたなら、私も変える必要はない気がしてきた……

「いや、あからさまに変って気づかせたかったんだけど、逆効果だったかぁ。うん、ハルトくんはサブリナウスリッチーちゃんのことを考えてるんだね」

「そうですよ、アンリさん。おれは良い名前だと思いますよ。なあ、リンカ?」

 急に話を振られ、私は頷いた。

「ハルトさんが言うなら、なんだか良い名前な気がしてきました。ねえ、サブリミナルミッチーちゃん」

「ええー、リンカちゃんは僕の味方だと思ってたのに。それに名前、間違えてるし」

「サブリナウスリッチーな」

 アンリさんの残念がる声に、ハルトさんのきっぱりとした声が続く。サブリナウスリッチーって、もしかしたら言いにくいのかも?

「じゃあ、ミューちゃんで!」

 あだ名を提案したら、ミューちゃんがキョトンという顔になった。そういう顔してると、滅茶苦茶に可愛い。

「そのミューってどこから来たんだ? ……まあ、いいんじゃないか?」

「ハルトくんの偉業を伝えるために、僕はサブリナウスリッチーちゃんって呼ばせてもらうけど、素敵だと思うよ」

 アンリさんが、ペシペシと優しくミューちゃんに尻尾で叩かれる。あ、気に入ってくれたんだ。

「それじゃあ、サブリナウスリッチーちゃん。リンカちゃんをよろしくね。ハルトくんは、残ってる仕事をバリバリこなしてもらうかね」

 そうして私はアンリさんに急かされるまま、ミューちゃんと一緒に寮に向かった。

 ミューちゃんは大人しく私の頭にいる。そしてときどき聞こえるみゃあという鳴き声に、歩き方をすごく気をつけた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?

はくら(仮名)
恋愛
 ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。 ※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

半竜皇女〜父は竜人族の皇帝でした!?〜

侑子
恋愛
 小さな村のはずれにあるボロ小屋で、母と二人、貧しく暮らすキアラ。  父がいなくても以前はそこそこ幸せに暮らしていたのだが、横暴な領主から愛人になれと迫られた美しい母がそれを拒否したため、仕事をクビになり、家も追い出されてしまったのだ。  まだ九歳だけれど、人一倍力持ちで頑丈なキアラは、体の弱い母を支えるために森で狩りや採集に励む中、不思議で可愛い魔獣に出会う。  クロと名付けてともに暮らしを良くするために奮闘するが、まるで言葉がわかるかのような行動を見せるクロには、なんだか秘密があるようだ。  その上キアラ自身にも、なにやら出生に秘密があったようで……? ※二章からは、十四歳になった皇女キアラのお話です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...