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Side ハルト
Side ハルト
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写真を見たとき、すごい可愛い子だと思った。
陸上部に所属していたからだろう、日焼けによって色の抜けた黒髪はほぼ茶髪に近く、2つに結んだ髪は肩につくかつかないかという長さで、顔の横に垂らした髪はふんわりとしていて、小さな顔をより小顔に見せていた。日本人らしく証明写真は真顔だが、そのせいで大きな茶色の目が際立っていた。
小さな鼻も、固く結んだ真っ赤な唇も愛らしく思えた。彼女は本当に生物として存在しているのか、思わずその存在を疑ってしまうぐらい、少年の頃に夢見た理想の女性のようだった。いや、こいつは15歳。おれが手を出すには、若すぎる。
「幼児期の因子検査で引っかからなかった子が、2人もいるって珍しいよねぇ」
アンリさんが書類をヒラヒラと揺らしながら、椅子に体を預けた。
「あっちの常識を持った子は、こっちじゃ生きにくいだろうから可哀想だねぇ……でもミレイユちゃんから聞いた話だと、この間の子はもう適応したらしいよ」
ミレイユ? ああ、女の格好をしているときのミシェルの名前か。
ミシェル……ではなくミレイユとは、アンリさんの従兄弟で、おれの教え子のような子だ。17歳だが、第3階級のヴァンから第1階級のエトワールまで上がった能力を政府に買われ、地球にいた子を大人が入れない学校で見守るという特殊任務を担っている子でもあった。本当は飛び級で大学卒業までの単位をとっているが、高校に通ってもらっている。
「ミレイユちゃんは前の子と相性が悪いらしいけど、今回の子はどうかなぁ。上手くいくといいんだけど……ってハルトくん、僕の話、聞いてる?」
おれは写真から顔を上げ、アンリさんを見た。
「すいません、聞いてませんでした」
「はぁ、ハルトくんはひどいなぁ。僕は悲しいよ」
「すみませんでした。ミレイユの話でしたよね?」
アンリさんはクリームを舐める猫のような笑顔で笑った。嫌な予感がする。
「聞いててくれたんだね。でも僕を悲しませた代わりに、ミレイユちゃんに新しい因子の使い方を教えてあげてよ」
ああ、とおれは合点した。
「そういえば頼まれてましたね。相手の因子の動きを止めて魔法の発動を止める因子の使い方を教えてくれって……でもこれ結構、難しいですよ」
アンリさんは笑顔のまま、ヒラヒラと手を振った。
「ミレイユちゃんなら、なんとかなるでしょ。僕は空間魔法で手一杯だけど、あの子は器用だから」
アンリさんは手一杯と言ったが、空間魔法でアンリさんに並ぶ者はいないことをおれは知っている。おれもそれなりに扱えるが、アンリさんのように極めてはいない。
そして変化と言う器用さを求められる魔法が、ミレイユは得意なことからわかるように、彼女の器用さはおれも目を見張るほどだった。
「わかりました。じゃあ、今度の休みにでもそうしますよ」
そして、その日は春園 凛花の情報を手に入れるだけで、おれたちは別の現場に向かった。
「ひいぃ! ヤバイやつだ、これ!」
春園 凛花は、写真から想像していたより可愛かったが、おれの姿を見るなり、そう言って逃げ出した。正直、おれは傷ついた。
春園家の階段を駆け下りて、玄関に出る。庭で待機していたはずのアンリさんは、春園 凛花を既に逃がしていて、楽しそうに笑っていた。
「あの子、僕に頭突きしようとしたよ、ハルトくん。ずっと昔のハルトくんみたいだった」
おれが6歳のときに、アンリさんが迎えに来たことを思い出す。そのときおれは、春園 凛花のように精一杯、抵抗してアンリさんを困らせたのだった。
「昔の話はいいですよ、アンリさん。春園 凛花を追いかけましょう」
アンリさんはおれに目配せしてきた。わかっているだろう、という顔だ。
「子猫ちゃんの後ろ姿、必死に逃げる小動物みたいで可哀想だったなぁ。この気持ちをわかることができる人は、僕が知ってる中じゃ、1人しかいないなぁ」
周りから急に手を離されて、1人で生きるしかないと思い込んだ子供時代。1人で生きるために、ソルからソレイユまで這い上がった。
這い上がった先で、アンリさんに再び出会い、家族の暖かさを思い出すまで、おれは一生孤独でいるのだと思っていた。
今の春園 凛花には、いや、あいつはもう地球の人間じゃなくてイルドの人間だから、リンカ・ハルゾノだ。リンカには、おれがほしかった人間が必要なのだ。
「追いかけます。リンカの因子の光は弱いですけど、一度見て覚えましたから」
そしておれは道に残る光の残滓(ざんし)を追って、走り出した。1人で走るのは、辛いことを知っている。だから、すぐにそばに行って、泣きそうな顔をしていたリンカを慰めてやりたかった。
気絶したリンカのそばで、おれは昔のことを思い出していた。思い出すと、嫌な気持ちになってしまうが、これからのリンカを思えば、おれの経験が役に立つかも知れないと思ったからだ。
リンカの大声で、現実に帰ったおれは床に尻を打ち付けた。それを見て笑うリンカは可愛かったが、おれは何とも言えない気持ちになってしまった。
だから、また会える気がしたおれは、意地悪をしてしまった。7歳も下の相手に何を考えているんだって話だが、みっともないところを見られて、今日のおれは自分のことがとにかく情けなかった。
「これからお前をイルドに連れて帰る。長くて詳しい話は担当が違うから話さないが、お前を連れ帰るまでが、おれの仕事だからな」
そう言うと、リンカは大人しくおれの隣に並んで立ったのだった。
おれの隣に並ぶやつなんて、とにかく珍しかった。アンリさんは先輩だからねと言っていつだっておれより先にいるし、いろうとしてくれる。他に仲の良いやつと言えば、ミレイユちゃんぐらいだが、師匠であるハルトくんの隣は恐れ多いっすと言って、一歩後ろに立つ。他のやつはおれがソレイユということを考えてか、そばにも近寄らない。
そんな中、隣に立ってくれるリンカが、何も知らないでもリンカが隣に並んでくれることが嬉しかった。
でも驚きのあまり、おれは不抜けた顔をしてしまったのだろう。リンカはほんのりと笑った。
その姿が可愛くて、思わず声が出た。
「……そう大人しくしていると、可愛いと思う。大人しくしていると、だからな」
そう言ってしまったあと、リンカにニヤニヤと笑われて、思わず手が出た。うわ、顔ちっちゃいな。
女への接し方なんて知らないから、こんな風になってしまったが、もしかしたら嫌われたかも知れない。とりあえず扉の方を向かせ、カッコつけた声を出す。
「あの扉を超えたら、イルドだ。新しい世界が、お前を待っている。色んなやつがいるけど、ビビるなよ」
情けない顔を見せたくなくて、優しく背中を押す。
「行きたくないけど、行かなきゃいけないんですよね」
肩をがっくり落としたリンカに、おれはやっぱりそう思うよなと思った。おれはもっと抵抗して、アンリさんを傷だらけにしたな、とも。
「まだ言ってんのか」
「そんなに切り替え早くないんですもん。でも、ビビらないって約束します」
その言葉におれは驚いたと同時に、かっこいいな、と思った。リンカが眩しく見えた。
「ハルトさんに次会うときは、私は一流の魔法使いになっていますからね。なんでも頑張る、がモットーなんで!」
一流の魔法使い……子供の頃、おれが泣きながら星に向かって誓ったことと同じだった。そしてリンカが約束する相手がいることが、それが自分だということが嬉しかった。
おれが何も言えずにいると、リンカは歩き出した。
リンカは支えがなくても歩き出せる。だけど、なぜかおれはリンカの支えになりたかった。
同じ境遇の存在だからではない。彼女がとても眩しかったから、その眩しさを失わないように、もっと輝けるように、おれはリンカのそばにいたかった。
『ハルト、リンカの様子がおかしい!』
アンリさんとこれからの計画を立てているとき、サブリナウスリッチーの焦った声が聞こえた。
『お前、今どこにいる?』
『女子寮の懲罰室じゃ』
は? そうならないように、お前に頼んだんだろうが。という言葉はグッと飲み込み、すぐにリンカの因子を探した。
しかしこの世界のどこにも、リンカの因子が見当たらなかった。おれはそのことがとてつもなく恐ろしかった。
「アンリさん、ちょっと用事ができたんで、失礼します」
そう言って、おれは部屋を飛び出した。
陸上部に所属していたからだろう、日焼けによって色の抜けた黒髪はほぼ茶髪に近く、2つに結んだ髪は肩につくかつかないかという長さで、顔の横に垂らした髪はふんわりとしていて、小さな顔をより小顔に見せていた。日本人らしく証明写真は真顔だが、そのせいで大きな茶色の目が際立っていた。
小さな鼻も、固く結んだ真っ赤な唇も愛らしく思えた。彼女は本当に生物として存在しているのか、思わずその存在を疑ってしまうぐらい、少年の頃に夢見た理想の女性のようだった。いや、こいつは15歳。おれが手を出すには、若すぎる。
「幼児期の因子検査で引っかからなかった子が、2人もいるって珍しいよねぇ」
アンリさんが書類をヒラヒラと揺らしながら、椅子に体を預けた。
「あっちの常識を持った子は、こっちじゃ生きにくいだろうから可哀想だねぇ……でもミレイユちゃんから聞いた話だと、この間の子はもう適応したらしいよ」
ミレイユ? ああ、女の格好をしているときのミシェルの名前か。
ミシェル……ではなくミレイユとは、アンリさんの従兄弟で、おれの教え子のような子だ。17歳だが、第3階級のヴァンから第1階級のエトワールまで上がった能力を政府に買われ、地球にいた子を大人が入れない学校で見守るという特殊任務を担っている子でもあった。本当は飛び級で大学卒業までの単位をとっているが、高校に通ってもらっている。
「ミレイユちゃんは前の子と相性が悪いらしいけど、今回の子はどうかなぁ。上手くいくといいんだけど……ってハルトくん、僕の話、聞いてる?」
おれは写真から顔を上げ、アンリさんを見た。
「すいません、聞いてませんでした」
「はぁ、ハルトくんはひどいなぁ。僕は悲しいよ」
「すみませんでした。ミレイユの話でしたよね?」
アンリさんはクリームを舐める猫のような笑顔で笑った。嫌な予感がする。
「聞いててくれたんだね。でも僕を悲しませた代わりに、ミレイユちゃんに新しい因子の使い方を教えてあげてよ」
ああ、とおれは合点した。
「そういえば頼まれてましたね。相手の因子の動きを止めて魔法の発動を止める因子の使い方を教えてくれって……でもこれ結構、難しいですよ」
アンリさんは笑顔のまま、ヒラヒラと手を振った。
「ミレイユちゃんなら、なんとかなるでしょ。僕は空間魔法で手一杯だけど、あの子は器用だから」
アンリさんは手一杯と言ったが、空間魔法でアンリさんに並ぶ者はいないことをおれは知っている。おれもそれなりに扱えるが、アンリさんのように極めてはいない。
そして変化と言う器用さを求められる魔法が、ミレイユは得意なことからわかるように、彼女の器用さはおれも目を見張るほどだった。
「わかりました。じゃあ、今度の休みにでもそうしますよ」
そして、その日は春園 凛花の情報を手に入れるだけで、おれたちは別の現場に向かった。
「ひいぃ! ヤバイやつだ、これ!」
春園 凛花は、写真から想像していたより可愛かったが、おれの姿を見るなり、そう言って逃げ出した。正直、おれは傷ついた。
春園家の階段を駆け下りて、玄関に出る。庭で待機していたはずのアンリさんは、春園 凛花を既に逃がしていて、楽しそうに笑っていた。
「あの子、僕に頭突きしようとしたよ、ハルトくん。ずっと昔のハルトくんみたいだった」
おれが6歳のときに、アンリさんが迎えに来たことを思い出す。そのときおれは、春園 凛花のように精一杯、抵抗してアンリさんを困らせたのだった。
「昔の話はいいですよ、アンリさん。春園 凛花を追いかけましょう」
アンリさんはおれに目配せしてきた。わかっているだろう、という顔だ。
「子猫ちゃんの後ろ姿、必死に逃げる小動物みたいで可哀想だったなぁ。この気持ちをわかることができる人は、僕が知ってる中じゃ、1人しかいないなぁ」
周りから急に手を離されて、1人で生きるしかないと思い込んだ子供時代。1人で生きるために、ソルからソレイユまで這い上がった。
這い上がった先で、アンリさんに再び出会い、家族の暖かさを思い出すまで、おれは一生孤独でいるのだと思っていた。
今の春園 凛花には、いや、あいつはもう地球の人間じゃなくてイルドの人間だから、リンカ・ハルゾノだ。リンカには、おれがほしかった人間が必要なのだ。
「追いかけます。リンカの因子の光は弱いですけど、一度見て覚えましたから」
そしておれは道に残る光の残滓(ざんし)を追って、走り出した。1人で走るのは、辛いことを知っている。だから、すぐにそばに行って、泣きそうな顔をしていたリンカを慰めてやりたかった。
気絶したリンカのそばで、おれは昔のことを思い出していた。思い出すと、嫌な気持ちになってしまうが、これからのリンカを思えば、おれの経験が役に立つかも知れないと思ったからだ。
リンカの大声で、現実に帰ったおれは床に尻を打ち付けた。それを見て笑うリンカは可愛かったが、おれは何とも言えない気持ちになってしまった。
だから、また会える気がしたおれは、意地悪をしてしまった。7歳も下の相手に何を考えているんだって話だが、みっともないところを見られて、今日のおれは自分のことがとにかく情けなかった。
「これからお前をイルドに連れて帰る。長くて詳しい話は担当が違うから話さないが、お前を連れ帰るまでが、おれの仕事だからな」
そう言うと、リンカは大人しくおれの隣に並んで立ったのだった。
おれの隣に並ぶやつなんて、とにかく珍しかった。アンリさんは先輩だからねと言っていつだっておれより先にいるし、いろうとしてくれる。他に仲の良いやつと言えば、ミレイユちゃんぐらいだが、師匠であるハルトくんの隣は恐れ多いっすと言って、一歩後ろに立つ。他のやつはおれがソレイユということを考えてか、そばにも近寄らない。
そんな中、隣に立ってくれるリンカが、何も知らないでもリンカが隣に並んでくれることが嬉しかった。
でも驚きのあまり、おれは不抜けた顔をしてしまったのだろう。リンカはほんのりと笑った。
その姿が可愛くて、思わず声が出た。
「……そう大人しくしていると、可愛いと思う。大人しくしていると、だからな」
そう言ってしまったあと、リンカにニヤニヤと笑われて、思わず手が出た。うわ、顔ちっちゃいな。
女への接し方なんて知らないから、こんな風になってしまったが、もしかしたら嫌われたかも知れない。とりあえず扉の方を向かせ、カッコつけた声を出す。
「あの扉を超えたら、イルドだ。新しい世界が、お前を待っている。色んなやつがいるけど、ビビるなよ」
情けない顔を見せたくなくて、優しく背中を押す。
「行きたくないけど、行かなきゃいけないんですよね」
肩をがっくり落としたリンカに、おれはやっぱりそう思うよなと思った。おれはもっと抵抗して、アンリさんを傷だらけにしたな、とも。
「まだ言ってんのか」
「そんなに切り替え早くないんですもん。でも、ビビらないって約束します」
その言葉におれは驚いたと同時に、かっこいいな、と思った。リンカが眩しく見えた。
「ハルトさんに次会うときは、私は一流の魔法使いになっていますからね。なんでも頑張る、がモットーなんで!」
一流の魔法使い……子供の頃、おれが泣きながら星に向かって誓ったことと同じだった。そしてリンカが約束する相手がいることが、それが自分だということが嬉しかった。
おれが何も言えずにいると、リンカは歩き出した。
リンカは支えがなくても歩き出せる。だけど、なぜかおれはリンカの支えになりたかった。
同じ境遇の存在だからではない。彼女がとても眩しかったから、その眩しさを失わないように、もっと輝けるように、おれはリンカのそばにいたかった。
『ハルト、リンカの様子がおかしい!』
アンリさんとこれからの計画を立てているとき、サブリナウスリッチーの焦った声が聞こえた。
『お前、今どこにいる?』
『女子寮の懲罰室じゃ』
は? そうならないように、お前に頼んだんだろうが。という言葉はグッと飲み込み、すぐにリンカの因子を探した。
しかしこの世界のどこにも、リンカの因子が見当たらなかった。おれはそのことがとてつもなく恐ろしかった。
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