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悪意の魔法
悪夢に囚われて
しおりを挟む―――あなたのもう1つの未来、本当はこうだったかも知れない夢の欠片。
わざと低い声を出しているような女性の声が聞こえた気がした。
そんな声に誘われるように目を開けると、私は見慣れた家のリビングに座っていた。
「誤診でしたね、春園さん。誠に申し訳ございませんでした」
役所から来た人が、机につきそうなほど頭を下げる。
「よかったな、凛花。お父さんの言ったとおりだったろ?」
「今日はお祝いね」
お父さんとお母さんは嬉しそうに笑っている。
「よかったじゃん、凛花! あんたは化物じゃないと思ってたよ」
「おめでとー、これで一緒の学校に行けるね」
検査で引っかかってしまったときから連絡がとれなくなっていた友達から、たくさんのお祝いの連絡が届く。
「ありがとう、お父さん、お母さん。私を信じてくれてたんだね」
私の口が勝手に動く。誰が誰を信じていたって?
「友達からもいっぱい連絡がきてるから返さなきゃ。ありがとう、っと」
私が魔法使いだったから、友達をやめた子たちにお礼を言うの?
「どうした、凛花? 今日は凛花の好きなお店に行って、お祝いしよう」
笑顔のお父さんが、私の頭を撫でる。お母さんも嬉しそうに私の肩を抱いた。
「うん、私、あのお店がいいなー」
もうそのお店にはいけないって、泣いた夜のことを忘れてしまったの?
自分の体なのに、上から自分を見ているような感覚だった。
お店に行くと、店長さんが私たち家族を迎えてくれた。
「おめでとうございます、春園さん! 街に魔法使いが住んでいたとわかったときは、大騒ぎでしたが、誤診でよかったですね。今日は特別にお祝いメニューを作らせてもらっていますよ」
「やったー、ありがとうございます!」
結果が出た日から、周りの人に避けられ始めたことを忘れたの?
私の味方は、真剣になって私を追いかけてきてくれた人は……
ご飯を食べ終わって、家に帰る。そして家族団らんを楽しんでいるとき、ポケットに入れていたスマホが振動した。
「あ、友達から連絡来た。今日はオールでパーティーしようって」
スマホを見ると、そんな連絡がたくさん来ていた。嬉しくなって、笑顔になる。
嬉しい? 笑顔? そんなの偽物じゃないの?
「ああ、行ってらっしゃい、凛花。お前には良い友達がたくさんいるな」
良い友達? 本当の友達って言うのは、自分の立場が悪くなってもそばにいてくれてようとしたり、困難には一緒に立ち向かってくれたり、楽しいときに一緒に笑ってくれたりする、たくさんのものを分かち合える存在じゃないの?
そのとき、右手で操作していたスマホが落ちた。
「もう、なんで落ちるかな……あれ、私にこんなアザあったけ? 太陽……?」
右手で熱く燃えている、ハルトさんの太陽が、私の目に焼き付く。
―――手のひらにこんな太陽があったら、おれを忘れられないよな。
困ったときは絶対に私を助けてくれる、私のヒーローの声が聞こえた気がした。
体を縛っていた力が、雪みたいに溶けていく。いつだって私を助けてくれるのは、ハルトさんだった。
「ゆ、夢だ……私はハルトさんと一緒にイルドに行って、魔法使いに、一流の魔法使いになるって決めたんだ! だからこれは夢だ!」
「どうしたの、凛花? 落ち着きなさい」
お母さんが私の肩に手を置き、イスに座るよう促してくる。でも私は座らなかった。
「違う違う違う! これは私のもう1つの未来なんかじゃない!」
私は精一杯、叫んだ。
友達たちが私の家に迎えにきた。みんな、嬉しそうな顔でプレゼントを持ってきたりして、私におめでとうと言う。リビングが人で溢れていく。
そんな中、人をかき分けて自分の部屋に走って行き、あの日と同じように扉を閉める。
「いつだって新しい世界に行くときは、不安に満ちてる。でもビビるなって、ハルトさんが言ってくれたから! 一流の魔法使いになってやるって決めたんだ!」
扉を叩く音がいくつも聞こえる。外から両親や友達が私を呼んでいる。
それでも私はバリケードを作ることをやめなかった。ただ、ハルトさんとの思い出を思い出していた。
「頑張った先に、夢の先に待ってる人がいるんだ! 最初はみんなだけだったかも知れないけど、今はただ1人! 私の夢の先には、ハルトさんがいるんだ!」
ドンドン、鈍い音が増える。あの日みたいに扉が壊れるかも知れないから、私は窓に向かって走った。
「ハルトさんと会って、話をして、一緒に笑い合いたいんだ! 私の本当の夢の邪魔をしないでよ!」
窓を開けようとするけど、固く締まっていて開けられなかった。だから体を丸めて、勢いよく走って、体を窓にぶつけた。
だけど窓は壊れず、私は床に転がってしまった。
「ハルトさん、私はここにいます!」
もう一度立ち上がり、窓に向かって突進する。あの日みたいにここから逃げて、あの路地裏に行ったら、ハルトさんがそこで待っている気がした。
『リンカ!』
ハルトさんの声が聞こえた。やっぱりハルトさんは私のヒーローだ!
「ハルトさん!」
握り締めた手の内側にある太陽が眩しい輝きを放つ。その輝きは窓に向かって伸びていた。
『おれはここにいる! 俺の元に、帰ってこい!』
光に向かって、精一杯、手を伸ばす。
ハルトさんの隣にいる自分をイメージする。そこにいる私は笑ってて、隣にいるハルトさんも笑っていて、私はとっても幸せなんだ。
窓の中央に歪みが現れる。その歪みに、指先を突っ込み無理矢理こじ開ける!
「私は帰るんだ、ハルトさんのところに!」
私の因子が体中に力をくれる。歪みの向こう側に、あの暖かな因子、ハルトさんの因子を感じる。
だけど気持ち悪い因子、ピーテット夫人の因子が私の因子の邪魔をする。
「うわああああ!」
声の限り、叫ぶ。身体にまとわりついた嫌な因子を、少しでも落としたかった。
パリ、パリ、という何かがひび割れる音が聞こえた。きっと、あとちょっとなんだ!
「ハルトさん、私はハルトさんのことが、だいっ、好き、ですっ!」
パリン、と甲高い音を立てて、私にまとわりついていた、ピーテット夫人の因子とこの世界を構成している因子が壊れる。
歪みの先に、日に焼けた手が現れた。
『やっと、見つけた!』
その手を取った瞬間、意識が遠のいていった。でも握った手は絶対に離すつもりはない。だって、この手は私のヒーローの手なんだから。
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