侯爵と約束の魔女 ひと目惚れから始まる恋

太もやし

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魔法の戦い

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「お前のご主人様は、お前を放って遊んでるみたいだな」

 馬小屋の一角で縛られ、寝転されているジョンは殴られたり刺されたりしたせいで、痛みを訴える体を無視して、大胆不敵に笑った。
 ゲイブリエルはジョンの笑みが気に入らず、頭を蹴飛ばす。ジョンは笑っていたため、歯を食いしばっていなかった。自分の歯で、口の中が切れた。ジョンは血をぷっと吐き出した。

「当たりだったみたいだな」

 ゲイブリエルはジョンに恐怖していた。何度も痛めつけたのに、なぜこいつは諦めない? なぜやつの瞳は不敵に輝く?

 答えは簡単なことだった。ジョンはエヴァたちを信じている。どれだけ痛めつけられようと、助けがくることを知っているのだ。
 扉が大きな音を立てて開いた。

「撃たれたくなければ動くな!」

 グレイが拳銃を構え、先陣を切る。しかしゲイブリエルは既に詠唱に入っていた。

「唸れ、雷鳴。駆けろ、稲妻――我が敵に喰らいつき、その首を天に掲げろ! 光よ、切り裂け(ティア・レイ)」

 雷の攻撃呪文が、グレイを襲おうとする。稲妻がグレイを飲み込もうとした。しかし間一髪のところで、セシルが自分たちをジョンの近くに移動させる。標的を失った稲妻は、勢いを失い消えていく。

「セシル!」

 エヴァは小屋に入りジョンの姿を見たときから、彼女も攻撃呪文を唱えていた。傷だらけだが、安心したように微笑んだジョンの姿は、エヴァに怒りでなく力を与える。

 エヴァのそれだけの言葉で、セシルがジョンと彼を介抱するグレイの二人を、キングレイ邸に飛ばした。エヴァとセシルの絶対的なコンビネーションは、言葉にせずとも伝わる気持ちから成り立っていた。

「全てを喰らい尽くし、灰に変えるもの。神より与えられた原初の裁き――汝の名は炎 浄化の炎(フレイム オブ ピュリファイ)」

 炎が生まれ、ゲイブリエルの周りで燃え上がる。エヴァは更に魔法を重ねる。

「さあさあ、舞い上がれ、舞い上げろ――風よ、踊れ。炎と共に! 爆風の円舞曲(ワルツ オブ ブラスト)」

 エヴァの後ろから生まれた爆風が、炎を援助する。ゲイブリエルはあまりにもある魔法の力量差に、がっくりと膝をついた。

「ミュルディスともあろう者が、キングレイを傷つけるなんて……あなたはミュルディスじゃないわ! 私たちが誓う永遠の忠誠と信頼、それを裏切ったあなたには、ミュルディス長老会議から、とても厳しい罰が下るでしょう。覚悟しなさい!」

 エヴァはジョンの姿を見たときから、心が凪に入ったようになっていた。風が止まり、海上に取り残され、どこにも行けない感覚。彼女の心が再び漕ぎ出すためには、ジョンという風が不可欠だった。

 ゲイブリエルは黙ったまま、エヴァの話を聞いていたが、ついに感情を爆発させた。

「うるせぇ! 何がミュルディスだ、何が長老会議だ! おれはエリザベスのために生きて、エリザベスのために死ぬんだ! もう一度、力を貸してくれ! 光よ、切り裂け(ティア・レイ)!」

 セシルが再び異能を使おうとしたが、エヴァが彼女を静止した。

「一度見せた技を使うなんて、鍛錬が全く足りない証拠よ。全てを反射する鏡よ、私を守れ」

 その短い呪文で、勝敗は決まった。

 稲妻は眼前に現れた鏡にぶつかり、自分を呼び出した主人の元へ向かった。唸りを上げる龍のような稲妻は、風で勢いを増している炎にぶつかり大爆発を起こし、3つの魔法は姿を消した。

「なんで勝てない!? おれはあんなに努力したのに……!」

 エヴァはこともなさげに言う。

「ごめんなさい、私のほうが努力してるみたい」

 ゲイブリエルは涙を流しながら、地面に突っ伏した。
 そしてグレイは容赦なく、泣いている男に手錠をかけたあと、エヴァの方を見た。彼は知っている。先ほどのエヴァの言葉は嫌味でなく、彼女の本心であることを。

 エヴァは軍に入ったことで、一族の中で技を磨くことができない。その代わり、彼女は血のにじむ努力を重ね、オリジナルの魔法をたくさん作り上げた。その彼女の努力が、彼女の愛する人を救った。
 エヴァはコンプレックスに感じていたことが、雨空のあとの雲のように散っていく瞬間に、体を震わせた。
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