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10. 手紙
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案の定、ジャンヌからの嫌がらせはそれだけでは終わらなかった。ある日、Aという人間から私宛に手紙が届いた。ロッカーの中に入っていたその手紙を白い封筒から出して読んでみたところ、それにはこう書いてあった。
『今日の放課後、3階のトイレに来い』
それをオーシャンに見せると、彼女は自分が返事を書いてやると言った。彼女はA4ノートを開いて最後のページをビリッと一枚破り、マジックでこう書いた。
『Aさんへ
行きたくありません。
エイヴェリー』
オーシャンは3階に向かい、ロッカー付近の壁にその手紙を張り出したらしかった。
昼休み、オーシャンとクレアの3人で食堂に行くと、一人の女生徒がやってきた。メガネをかけた気の弱そうな少女だった。
「あなたがエイヴェリーね。少し話せるかしら?」
女生徒は私を食堂の外に連れ出した。クレアとオーシャンも少し遅れて外に出てきて、近くの自販機で飲み物を選ぶふりをしながら聞き耳を立てている。
女生徒は挙動不審気味に辺りに視線を走らせた後で、私にこう言った。
「お願いだから、放課後トイレに行って」
「何故ですか? 行きたくないと返事をしたはずですが」
「あの手紙を出したのは私なの。あなたがトイレに行かないと、ジャンヌに怒られるのよ」
どうやらこの女生徒は、ジャンヌの腰巾着グループの一人で、中でももっとも舐められて使いパシリにされているメンバーらしかった。彼女は私に何でもするから、トイレに行ってほしいと懇願した。そうでないと、ジャンヌから吊し上げを喰らうのだという。
最初は行く気など起きなかったが、段々と泣き出しそうな顔で話す目の前の先輩がかわいそうになってきた。首を縦に振りかけたところで、オーシャンとクレアがやってきた。
「あんた、ジャンヌの手下か? 悪いけど、エイヴェリーを彼女に近づかせるわけにはいかない。どうせ、トイレで彼女に何かおかしなことをするつもりなんだろ?」
「彼女を呼び出した目的は何?」
オーシャンとクレアが詰め寄ると、気の弱そうな三年生はおどおどとした様子でこう答えた。
ジャンヌの母親は理事長と親戚で、学校にも多額の寄付をしており、PTAの会長も勤めている。そのためジャンヌがどんな悪政を働いても、教師たちは彼女を厳しく叱ることができないのだと。ジャンヌはミアほどではないが、幼い頃から地元の市民劇団に所属して、テレビや舞台にも出ている有名人だ。その知名度もあって余計に天狗になり、やりたい放題になっているのだという。
エイヴェリーをトイレに呼び出した理由は、彼女に拷問のようなことをし、力で屈服させて無理やり自分の手下にして、ロマンに手出しができないようにし、尚且つロマンと自分が恋人になれるように協力させるためだという。
「なら尚更彼女を行かせるわけにはいかないわ」
クレアはいつになく険しい面持ちをしている。
「ジャンヌは前からロマンのことが好きで……。この頃猛アタックを仕掛けているんだけど、今一歩恋人までは届かないみたいで……苛々してるみたいなの。エイヴェリーが彼女の近くにいることも気に食わないみたい。最悪、彼女に屈服しなくてもいい。頼むからトイレに行って。じゃないと、私が彼女に何をされるか……。絶対に来て。あと、来る時は一人でね」
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。臆病な先輩はお願いね、ともう一度念押しをして去って行った。
「無理に行かなくていいんじゃねーの」
午後の授業に向かう廊下の途中でオーシャンはそう言ってくれたけれど、私は先ほどの先輩が気掛かりでならなかった。行かないこともできる。だが、それによって彼女はジャンヌから酷い仕打ちを受けることになるのだ。それに、今回呼び出しをすっぽかしたところで、ジャンヌのような陰湿な人間は今後も執拗に嫌がらせを繰り返すに違いない。
「行くわ、別に怖くないもの」
ジャンヌに対する恐怖心は全くといっていいほどなかった。あんな人間にーー自分の目的のために他人をいたぶることで、自らの価値を知らしめようとする類の人間に会ったのは初めてではない。彼らの目的は大概の場合、学校生活や家庭生活におけるストレス解消だ。その餌食になる人間は誰だっていい。それがたまたま私になったというだけの話だ。
「エイヴェリー、行ったら何をされるかわからないわ。口に出すのもおぞましいようなことをされるかも……」
1ヶ月ほど前、パリでは14歳の少女が年上の少女たちに河原で暴行を受け、ナイフで喉を切り付けられて殺される事件が発生したばかりだった。その事件がすぐ隣の街で起きたということで、生徒達の間には見えない緊張と不安が広がっていた。クレアがこんな風に心配するのも無理はない。
「何をされたって、ロマンへの気持ちは変わらない。例え殺されてもね」
ジャンヌが私をどんなに痛めつけようと辱めようと、姉への気持ちが変わることは絶対にない。私は誰よりもーージャンヌやロマンに想いを寄せるクラスメイトなんかよりも、彼女を深く愛しているという自信がある。この愛が報われるものでないことも知っている。例え彼女と私が結ばれなかったもしても、私はロマンを生涯思い続けるだろう。
「お前を尊敬するよ、エイヴェリー。こんなに想われるお前の姉さんが羨ましいぜ」
「エイヴェリー、何かあったら逃げてくるのよ」
クレアが私の両肩に手を置いた。その声は張り詰めていて、2つの手のひらにはいつもよりも力が込められているように感じられた。2人に余計な心配をかけないために、私は深く頷いてみせた。
「ありがとう、二人とも。私は大丈夫よ」
『今日の放課後、3階のトイレに来い』
それをオーシャンに見せると、彼女は自分が返事を書いてやると言った。彼女はA4ノートを開いて最後のページをビリッと一枚破り、マジックでこう書いた。
『Aさんへ
行きたくありません。
エイヴェリー』
オーシャンは3階に向かい、ロッカー付近の壁にその手紙を張り出したらしかった。
昼休み、オーシャンとクレアの3人で食堂に行くと、一人の女生徒がやってきた。メガネをかけた気の弱そうな少女だった。
「あなたがエイヴェリーね。少し話せるかしら?」
女生徒は私を食堂の外に連れ出した。クレアとオーシャンも少し遅れて外に出てきて、近くの自販機で飲み物を選ぶふりをしながら聞き耳を立てている。
女生徒は挙動不審気味に辺りに視線を走らせた後で、私にこう言った。
「お願いだから、放課後トイレに行って」
「何故ですか? 行きたくないと返事をしたはずですが」
「あの手紙を出したのは私なの。あなたがトイレに行かないと、ジャンヌに怒られるのよ」
どうやらこの女生徒は、ジャンヌの腰巾着グループの一人で、中でももっとも舐められて使いパシリにされているメンバーらしかった。彼女は私に何でもするから、トイレに行ってほしいと懇願した。そうでないと、ジャンヌから吊し上げを喰らうのだという。
最初は行く気など起きなかったが、段々と泣き出しそうな顔で話す目の前の先輩がかわいそうになってきた。首を縦に振りかけたところで、オーシャンとクレアがやってきた。
「あんた、ジャンヌの手下か? 悪いけど、エイヴェリーを彼女に近づかせるわけにはいかない。どうせ、トイレで彼女に何かおかしなことをするつもりなんだろ?」
「彼女を呼び出した目的は何?」
オーシャンとクレアが詰め寄ると、気の弱そうな三年生はおどおどとした様子でこう答えた。
ジャンヌの母親は理事長と親戚で、学校にも多額の寄付をしており、PTAの会長も勤めている。そのためジャンヌがどんな悪政を働いても、教師たちは彼女を厳しく叱ることができないのだと。ジャンヌはミアほどではないが、幼い頃から地元の市民劇団に所属して、テレビや舞台にも出ている有名人だ。その知名度もあって余計に天狗になり、やりたい放題になっているのだという。
エイヴェリーをトイレに呼び出した理由は、彼女に拷問のようなことをし、力で屈服させて無理やり自分の手下にして、ロマンに手出しができないようにし、尚且つロマンと自分が恋人になれるように協力させるためだという。
「なら尚更彼女を行かせるわけにはいかないわ」
クレアはいつになく険しい面持ちをしている。
「ジャンヌは前からロマンのことが好きで……。この頃猛アタックを仕掛けているんだけど、今一歩恋人までは届かないみたいで……苛々してるみたいなの。エイヴェリーが彼女の近くにいることも気に食わないみたい。最悪、彼女に屈服しなくてもいい。頼むからトイレに行って。じゃないと、私が彼女に何をされるか……。絶対に来て。あと、来る時は一人でね」
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。臆病な先輩はお願いね、ともう一度念押しをして去って行った。
「無理に行かなくていいんじゃねーの」
午後の授業に向かう廊下の途中でオーシャンはそう言ってくれたけれど、私は先ほどの先輩が気掛かりでならなかった。行かないこともできる。だが、それによって彼女はジャンヌから酷い仕打ちを受けることになるのだ。それに、今回呼び出しをすっぽかしたところで、ジャンヌのような陰湿な人間は今後も執拗に嫌がらせを繰り返すに違いない。
「行くわ、別に怖くないもの」
ジャンヌに対する恐怖心は全くといっていいほどなかった。あんな人間にーー自分の目的のために他人をいたぶることで、自らの価値を知らしめようとする類の人間に会ったのは初めてではない。彼らの目的は大概の場合、学校生活や家庭生活におけるストレス解消だ。その餌食になる人間は誰だっていい。それがたまたま私になったというだけの話だ。
「エイヴェリー、行ったら何をされるかわからないわ。口に出すのもおぞましいようなことをされるかも……」
1ヶ月ほど前、パリでは14歳の少女が年上の少女たちに河原で暴行を受け、ナイフで喉を切り付けられて殺される事件が発生したばかりだった。その事件がすぐ隣の街で起きたということで、生徒達の間には見えない緊張と不安が広がっていた。クレアがこんな風に心配するのも無理はない。
「何をされたって、ロマンへの気持ちは変わらない。例え殺されてもね」
ジャンヌが私をどんなに痛めつけようと辱めようと、姉への気持ちが変わることは絶対にない。私は誰よりもーージャンヌやロマンに想いを寄せるクラスメイトなんかよりも、彼女を深く愛しているという自信がある。この愛が報われるものでないことも知っている。例え彼女と私が結ばれなかったもしても、私はロマンを生涯思い続けるだろう。
「お前を尊敬するよ、エイヴェリー。こんなに想われるお前の姉さんが羨ましいぜ」
「エイヴェリー、何かあったら逃げてくるのよ」
クレアが私の両肩に手を置いた。その声は張り詰めていて、2つの手のひらにはいつもよりも力が込められているように感じられた。2人に余計な心配をかけないために、私は深く頷いてみせた。
「ありがとう、二人とも。私は大丈夫よ」
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