Owl The Time

たらこ飴

文字の大きさ
11 / 16

11. ヒメナ

しおりを挟む
 ガートルードはホール奥の大きな部屋に僕を案内した。そこはベッドや机、テーブルのある奥に無限の書棚のある不思議な部屋だった。書棚は天井にも床にも壁にも幾重にもなって続いていて、中には無数の本が並べられている。その中の一冊を手に取り開いてみたが、先ほどの結界の周りに描かれていたようなカラフルな謎の文字や写真が3D眼鏡で見たときのように浮かび上がってきて、読むことができなかった。

「何て書いてあるか分からないだろう? ここにある本は俺たち時使いが千年近くもの間辿ってきた歴史や物語が記してある。君と僕の物語もいずれここに綴られるかもしれないな」

 彼が話をしているとき、黒い猫が壁の空っぽの書棚の奥から現れた。

「お父さん、やっぱり帰ってたの?」

 黒猫はたちまち僕と同じくらいの歳の女の子の姿に変わった。黒いパーカーに破れたジーンズというラフな出立ちで、巻き毛で赤毛のショートヘアのさっぱりとした出立ちだった。目は美しい緑色で、パーカーのポケットに手を突っ込んだ彼女はまじまじと僕の顔を見た。

「あんた誰?」

「僕はアンソニー。ガートルードの……その……友達なんだ」

 なぜか緊張してしまってしどろもどろで話す僕を穴が開くくらいじっと見たあと、彼女は右手を差し出した。

「私はヒメナ。ガートルードの娘よ、血は繋がってないけどね」

 握手をしながら「そうなの?」と訊くとええと相手は頷いた。

「色々あってここに住んでるわ、今は時使いの修行中なんだけどね」

「君は動物になれるの?」

「そうよ。歳をとったり若返ったりは苦手だけれど、動物になるのは得意なの。特に猫が好きだから黒猫に化けてるけど……。来て、私の部屋を見せてあげるわ」

 そう彼女は言って、僕の手を引いて本棚の中に消えた。僕も彼女の後を追った。

 彼女の部屋は全面ガラス張りでコックピットの内部のようなデザインで、外に宇宙の景色が広がっていた。

「凄い部屋だな!」

 僕が興奮して言うと得意げに彼女は微笑んだ。

「でしょう? パパに頼んでやってもらったのよ、パパはこんなことが得意なの」

「君のパパは多才なんだね」

「まあね。それにしても、あなたどうやってパパと出会ったの?」

 公園での出会いの顛末や僕の弟のことを聞いた彼女は、神妙な顔をした。

「そうだったの……。大変ね、弟さん」

「そうだね……。何で弟だったのかって思うんだ、病気になったのが彼じゃなかったらよかったのにって」

 ヒメナは僕の目を真っ直ぐに見て話を聞いていた。初対面の女の子にこんな話をすることなんて絶対になかったのに、このときの僕は誰かにこのことを打ち明けたくて仕方なかった。

「エヴァンは兄貴思いな奴で、僕や両親に心配をかけないようにってあんまり弱音も吐かない。一番辛いのは彼だって分かってるし僕が泣いていられないって思う。だけど怖いんだ、彼が僕の前から消えてしまうことが。死んだらこれまでみたいに会えなくなる、一緒にゲームをしたり馬鹿話を
することも……」

 僕は泣き出していた。エヴァンにいつか素敵なガールフレンドができたとき恋愛相談に乗ってやったりしたい。彼の病気が治り苦しい闘病から解放されたとき、僕が一番側にいてやりたい。だけど、その願いが叶う可能性は何%なんだろう。未来のことについて考えるのが怖かったから、僕はガートルードに公園であんなお願いをしてしまった。今日が続くようにだなんて、独りよがりで愚かなお願いを。そのせいでこんなふうにガートルードと自分の身を危険に晒している。そのことが情けなくて悔しかった。

 ヒメナそっと僕を抱きしめた。僕が口に出さなかったことまで理解しているみたいに優しく。女の子に抱きしめられるのなんて初めてで、少しドキドキしたけど彼女の体温はあたたかかった。

「大丈夫よ、アンソニー。時間が解決するとよく言うけど、そんな無責任なこと言えない。中には解決しないこともあるものね。だけど信じることは大事よ、エヴァン君はそんなに弱い子じゃないはずだから」

 確かにそうだ。エヴァンは僕が思っているより、彼自身が感じているよりもずっと強いのかもしれない。僕なら到底耐えられないような辛い現実にも逃げずに向き合っている。自分の治療で精一杯だろうに、家族のことも思いやりながらだ。

「私は時間泥棒の子どもなのよ。私の父さんと母さんは愛し合っていたがために、少しでも二人でいる時間が欲しくて、悪いことをしてガートルードの父親に殺されてしまったの。5歳の私だけが取り残されて、一人で泣きながら彷徨っていたところをガートルードに拾われた。私は両親を殺した時使いが憎かった。いつかこの手で仇を打ってやろうと思っていたけれど、彼は優しかったわ。自分の敵の子どもである私を本当の子どものように育ててくれた、子どもに罪はないからって」

 ヒメナは微笑んで、「血がつながらない人間同士でも家族になれる。家族の力って大きいわ、あなたが側にいるからエヴァンは闘えるのよ、それを忘れないで」と言った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜

日々埋没。
ファンタジー
​「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」  ​かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。  その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。  ​レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。 ​ 地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。 ​「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」  ​新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。  一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。  ​やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。  レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

明治かんなぎ少女の冥契 五百年の時を超えて、あなたに愛を

花籠しずく
キャラ文芸
 ――ですが、わたくしは生まれました。あなたに会うために。  月のものが来るようになってから、琥珀は不思議な夢を見る。誰かに探されている夢。きっと大切な人だったことは分かるのに、目が覚めると朧気で何も思い出せない。婚約者である志貴の言いなりの人形になる生活をし、生家とは会うと脅され、心が疲弊していたある日、家からひとり抜け出すと、妖魔のようなものに出会う。呪術師である志貴に、一時祓ってもらいはしたが、不思議と心が痛む。夢に美しい男が現れ、声に導かれるようにして、ある山のふもとの、廃れた神社の中に入ると、そこには苦しそうに蹲るあの妖魔がいた。琥珀はそれが夢に現れた、蘿月という男だと直感する。全身が黒い靄で包まれた彼の、靄を払う方法を、どうしてか琥珀は知っていた。口づけをし、息を吹き込むように、生きて、と願った。  帰ってすぐに志貴に殴られ、月のものがはじまっていたことが志貴にばれる。琥珀を穢そうとする志貴の様子に恐ろしさを覚えて、助けてと叫んだその瞬間、闇を裂くようにして、蘿月が現れた。 「琥珀は、俺が五百年待ち望んだ花嫁だ」  これは、時を超えて紡がれる愛の物語。そして虐げられた少女が、愛を知り、愛のために生きる自由を選ぶ物語。 ※R-15っぽいゆるい性描写があります。

処理中です...