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頑固ジジイとマダム③

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「あの……良かったら何かお手伝いしましょうか?」

 私は恐る恐る声をかけた。

 鬼瓦さんと松園さんは目を丸くして私を見た。この驚き具合からして、私の存在に気づいていなかった可能性大だ。私には気配を消せるという特技がある。というか元々存在感がないだけだが。

「実家で猫を飼ってて、猫が好きなんです。仕事の合間や休日だけで良ければ、猫ちゃんたちのお世話を手伝いますよ。チラシ配りとか捕獲もお力になれるか分かりませんが、私でよければ協力させてもらえませんか?」

 鬼瓦氏と松園さんは顔を見合わせた。鬼瓦氏は少し考えたあと首を振った。

「いや、何も関係のない娘さんをわしらの問題に巻き込むわけには……それにこれはわしの責任で……」

 もごもご言っている鬼瓦さんの頭を松園さんがビタッと叩いた。

「あんたはいっつもそうやって人の助けを拒んで、自分一人でやろうとするんだから! それで結局こんなことになったでしょうが! 少しは人に頼りなさいよ!」

 松園さんは私に向き直り微笑んだ。

「ところであなた、お名前は?」

「藤原凪砂です」

「いい名前ね。私は松園道子で、このジジイは鬼瓦善二よ。よろしくね。ここで話してても何だからとりあえず、ジジイの家に行きましょうか」

 私は二人の車のあとについて鬼瓦さんの家に向かった。鬼瓦氏は車を降りるなり無言でズイズイ家に入って行ってしまった。

 鬼瓦氏宅は車で30分ほどのところにある国道の真下、海の上の高台にあった。海を見渡す家の前には広い庭があり、木で囲いをされた場所にはクリスマスローズやシクラメンなど冬の花が咲き誇り、隣の家と隔てられた生垣のそばの木には白い梅の花が色づいていた。これを全部善二さんが世話をしているのだろうか。こう言っては失礼だが、あの怖い顔にこの庭は不釣り合いな気がする。

「綺麗な庭ですね」と言うと松園さんは「あいつの死んだ奥さんの田鶴子たづこ私の親友でね、花が大好きでいつも手入れをしてたの。それをあの男が受け継いだのよ」と微笑んだ。

 家の庭には発泡スチロールでつくられた猫の寝床があり、中から黒い双子の猫と、垂れ目のキジトラとサバトラの猫が出てきた。推定生後半年くらいと思われる黒い双子の兄はようかん、妹はあずき、1歳くらいのキジトラの方はごはんでサバトラはごましおという名前らしい。他にもたくさん猫がご飯をもらいにくるというが、主に住み着いているのはこの4匹だという。

 間もなく鬼瓦さんが缶詰を乗せた皿を二枚持ってやってきた。お腹を空かせた猫たちが大声で鳴きながら湯気の上がる缶詰に群がり、ご馳走を夢中で食べ始めた。

「寒いから、缶詰を温めて食べさせてるのよ」

 道子さんが猫たちを眺めながら目を細め、そのあと花園の向こうにある空き地を指差した。

「あそこは近所の人に畑にしたいから売ってくれって頼まれたんだけど、田鶴子が頑として売りたがらなかったのよ。元々野良猫を入れるための家を作るのが夢だったんだけど、その前に死んじゃって手付かずのまんまでね……。もうすぐ善二の息子が来て家も届くから、リフォームしてもらう予定」

 家が届くという言い回しががすごく気になったが、それより何より鬼瓦氏の奥さんがとても素敵な人だったんだろうなと思った。

 松園さんについて家に入ると居間に通され、まもなく善二さんが温かい緑茶と『ハゲの月』とパッケージに書かれた銘菓を出してくれた。2階の部屋に放出された子猫たちのものか、ドタバタと走り回る音が天井から聞こえてくる。

 しばしの沈黙のあと鬼瓦さんは口を開いた。

「君は今どこに住んどるんだ?」

「車です」

「「は?」」

 二人は同時に声を上げた。

「車に住んでます、アパート追い出されて」

 善二さんと道子さんは顔を見合わせた。

「家がないってこと?」と松園さんに訊かれ、頷いた。

「お恥ずかしながらホームレスなんです。あ、でも仕事はしてます。ずっと休職してたんですが、二週間後に復帰予定で……でも週三回の時短勤務なんですが……」

 二人はしばらく小声で何か相談をしていた。若いホームレスの女に驚いているんだろうかと思いきや、善二さんは私に向き直り訊ねた。

「住み込みでどうだ?」

「え?」

 今度は私が驚く番だった。

「月五万二食付き風呂付き、部屋は最近でした仮設の猫部屋を貸す。わしのいないとき代わりに家猫と外猫たちの世話を頼みたい。お前さんがいないときはワシかこのババアが世話をしよう。部屋は二階の猫部屋を貸す。猫の家ができたら外猫たちをそっちに移すから、泊まり込みで猫たちを見てほしい」

 まさかこんな話になるなんて予想外だった。二人の提案は凄く魅力的だけれど、猫たちの命を預かる仕事だし、こんな大事な仕事を任されるのが私なんかでいいんだろうか。手伝いを買って出ながら、あまりの待遇の良さに申し訳ない気持ちになった。

「いえいえ、そんな申し訳ないです。お金はいただけませんし、泊めてもらうなんてそんなそんな……」

「いや、その方がこっちも助かるんだ。冬が終わって三月になるとワカメ仕事が本格的に始まって、飯のとき以外家にいられなくなる。外にもまだ保護しとらん猫がわんさかいるから、そいつらにも日に三回餌やりをせにゃならん。見捨てることはできんからな。でもわし一人ではとても無理だ」

「それと猫の通院や、餌や砂なんかの買い出しもしてもらいたいの。私もできたら手伝いたいんだけど家のことで忙しくて、たまにしか来られなくてね。あなたがいてくれたら、すごく助かるわ」

 道子さんが付け加えた。願っても見ない条件だった。図書館の仕事は短時間だから充分お世話する時間はあるし、図書館からも往復で10分とかなり近いからお昼には帰って来れる。

「分かりました。てゆうか私なんかでいいんですか?」

「むしろこんな条件に合うのはお前さんしかおらん」

「じゃあ、こんな私ですがよろしくお願いします」

 こうして私の猫部屋生活は幕を開けた。
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