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頑固ジジイとマダム②

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酒井さんは真剣に二人の話に耳を傾けていた。

「このままだと多頭飼育崩壊ってヤツになると思います。てか、もうなってますね。今までそんな現場何回も見てきてますが、どこにでも凄いキレてて、人の話聞かないうざい人いるんすよね。鬼瓦さんだけが悪いわけじゃないけど、近所の人が困ってるのは事実だと思うんで。とりま、家の子たちと外猫たちを一斉捕獲して、避妊去勢手術するしかないっすね」

「そんなのどうやってやるんだ?! 虫取り網か何かでか? 外猫なんてわんさかいて、すばしっこいから捕まえられんわい!! だいたい費用はどのくらいかかる?!」

 鬼瓦氏がほとんど喧嘩腰と誤解されかねない調子で訊ねたが、酒井さんは動じない。怒っているのではなくもともと口調の荒い人なのかもしれない。

「市に申請すれば、手術費用は免除になる可能性が高いです。にしても許可出るまで少し時間かかるんで、一時的に鬼瓦さんに手術費用を負担してもらう感じになると思います。キツそうなら私が負担しますんで。でもまあ、仙台にいる保護猫専門の獣医に頼むんで、高くて2万円くらいですけどね。本当は20匹以上だと50万はくだらないんすけど、そのお医者さんは格安でやってくれるんで」

 言葉遣いは軽い印象だが、酒井さんの説明は真摯で分かりやすかった。

「手術するのは雌だけじゃダメなのかしら? 雄は子を作らないから……」

 松園さんの言葉に酒井さんは「雄雌皆手術っすね」とキッパリ答えた。

「子供を作る雌だけが悪いと思われがちっすけど、そんなことはなくて……雄だって子どもを作れる雌がいなくなればまた別のところで子どもを作っちゃいますし、結局同じことなんすよね。手術しないとどこまでも猫が増えて、糞尿や鳴き声なんかで近隣に迷惑かかりますし、中には病気とか、烏に襲われたり車にひかれたりで死んじゃう仔猫もいるので。室内飼いの方が病気や怪我の心配ないから長生きする可能性高いし、寒さや暑さも凌げますし、愛情を受けられるうえ、ご飯にも困らないからトータルで見たら幸せなんすよ」

 そこに副店長の壮亮さんが来た。

「散々近所からも言われてるだろうし、うちらも鬼瓦さんを責めるつもりはないんだけどね。外猫に餌をやるんなら、その子を家に入れる覚悟でやらないといけないんだよね」

 鬼瓦さんはうなだれた。

「そうだな……わしが悪かった。後先考えずに餌やりをしたからな、この責任は取らんといけん」

「それで……どうにかこの仔猫たちだけでも保護してはいただけないでしょうか? 元々は私の責任もあるから猫の世話を手伝ってきましたけど、家にも犬がいるし、猫の数が数だし……。それに、家に世話しなきゃいけない年寄りもいて時間的に厳しくて……」

 松園さんの訴えに夫妻は悲しげに首を振った。

「うちでももう猫が50匹以上いて、2人で世話するのはこれが手一杯なんだよね。他にも相談の案件が溜まってて、多頭飼育崩壊の現場にも行かなくちゃいけないし……。今現在保護は受け付けないんだ」

 壮亮さんが説明したが鬼瓦氏は必死に頼み込んだ。

「そんなことを言わんで何とかしてくれ! こっちはもう仔猫やら大人の猫やらでてんやわんやなんだ! わしもこの通りジジイだし、世話がままならん! 何匹かだけでも置く場所はないのか?! 仔猫なら貰い手はあるだろう?!」

「う~ん……うちにも沢山仔猫がいますが、この通り里親が見つかっていないので……。さっきも言いましたが、職員も限界を越えてる状況で……」
 
 副店長は困ったように鼻をかいた。
 
「うぬぬ……じゃあどうしたらいいんだ!! 2月からワカメ仕事が本格的に始まるし、そうなるとあんまり家にいる余裕がなくなる!! 家と外で全部で21匹猫がいるんだ、手が回らん、お手上げだ!!」

 鬼瓦氏が両手を上げ降参ポーズをすると、酒井さんがとりなすように言った。

「里親探しには協力することはできます。チラシ作ったり配布したりはそちらでやってもらいますけど、うちのカフェはSNSのフォロワーもたくさんいるんで、情報を拡散したりとか色々お手伝いはできるんで」

「そうか……」

 鬼瓦氏はがっくりと肩を落とした。何だかこの見ず知らずの老人のことが気の毒になってきた。松園さんもこの騒動に巻き込まれて大変そうだし、何より猫たちの命を守りたい。そのために何か私にできることはないだろうか。

「とりあえず、保健所の長妻さんにこちらから電話して相談のうえで、一斉捕獲の日程を決めさせてもらいます。その猫屋敷の猫も、鬼瓦さんがお世話している猫も一緒に捕獲して手術します。もう1月で発情期に入るので、これ以上猫が増える前に一刻も早くやってしまわないといけません。仙台の動物病院の方にも連絡しておきます。捕獲のあとは私が猫たちを病院に連れて行きます」

「手術は大体何日かかるの?」

 道子さんが訊くと、「1日で終わりますよ」と酒井さんはあっさり答えた。

「「ええ?!」」

 鬼瓦さんと松園さんは同時に声を上げた。21匹もの猫を手術するのにそんな短時間で終わるなんて、仙台のお医者様は神がかっている。

「1日でって……猫のふぐりってそんなにすぐに取れるものなの? 雌の手術だって難しいのに……」

 松園さんが訊ねた。私の脳内にはヴィバルディの『春』の調べとともに、麻酔をかけられ診察台に仰向けに寝せられた10匹の雄猫たちに麻酔をかけ、女医が彼らのふぐりをまるで苺を収穫するみたいに一つずつ手で取っていく映像が浮かんでいた。女医がカメラ目線で『子作りは計画的に』という台詞を吐いたところで現実に引き戻された。

「すごく腕の良い女医さんなんです。捕獲の日程が決まり次第詳しいことを連絡させてもらいますね~。大変だと思いますけど、一緒に頑張りましょう。大切な命ですから」

 酒井さんの言葉に二人は頷いた。

 四人の話を聞きながら私は考えていた。私には誰のことも責められないし、責任のなすりつけ合いをしていてもどうにもならない。さっきの話だけでも、鬼瓦さんがこの猫騒動で村八分になりかなり精神的にやられているのが見てとれた。

 一つ言えることは、猫たちは何も悪くないということだ。ただ本能のままに生きているだけなのに、虐げられ邪魔者にされる猫たちと、彼らを助けようとする鬼瓦さんと松園さんのために何か私にできることはないだろうか。この通りぼーっとしていて何の取り柄もない私だけれど、猫が好きということでは誰にも負けない自信があった。鬼瓦さんたちはこの通りすごく困っているようだし、一番心配なのはこの行き場を失いかけている仔猫たちと、外で迫害されている罪なき猫たちだ。
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