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4. 頑固ジジイとマダム
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老人は鬼瓦という珍しい苗字で、隣町に住んでいるらしい。角ばった顔の上に描かれるV字の眉と眉間に刻まれた皺、への字に結ばれた口と釣り上がった目が頑固な性格を物語っている。説明の最中鬼瓦氏がヒートアップしそうになると、隣の松園さんという貴婦人が肩を叩いたり言葉を付け足したりとフォローしていた。苗字が違うため2人が夫婦ではないことが分かった。松園さんはキリッとした顔をして、洗練された空気感の漂うお洒落な人で、往年の知り合いなのか鬼瓦氏に対して物言いがはっきりしていて厳しい。よく見ると2人とも顔色が悪く憔悴しきって見えた。
2人がここに来た理由はこうだった。私は猫じゃらしで仔猫を遊ばせながら、耳をダンボにしてそばだてていた。
ある日の夜近所に住む松園さんが鬼瓦氏の家に来て、家のそばの川から仔猫の声がすると言った。
鬼瓦氏が外に出て川の中をライトで照らしてのぞいてみると、川底の茂みに黒い仔猫の姿が見えた。小さく頼りなげな仔猫は何度も川壁を登ろうとしては落ち、また登っては落ちるのを繰り返していた。この日は小雨が降っていて、万が一増水でもしたらあの仔猫は流されてしまう。
鬼瓦氏は大急ぎで家の裏に置いていた木のおんぼろ梯子を引っ張り出し、川に降りて仔猫を救助した。
それを機に仔猫が家の庭へ遊びに来るようになり、一匹だけならとご飯をあげはじめた。あとからその仔猫の母猫と、仔猫の双子の妹らしきもう1匹の黒いメスの仔猫も現れ、可愛さゆえに3匹にご飯を食べさせるようになった。最初は警戒していたが、やがて3匹とも鬼瓦氏に慣れ可愛さゆえに餌やりを続けた。冬になると、寒い思いをしている猫たちに発泡スチロールハウスを作ってやった。やがて猫達は発泡の中で団子になり眠るようになった。
ここまでは平和だった。
少し離れた場所に猫屋敷と呼ばれる家があり、猫ババアと子供たちから呼ばれるお婆さんが大量に猫を放し飼いにし餌を与えていた。そこの猫たちも1匹、2匹と流れて餌を食べにくるようになってしまい、いつの間にか20匹以上に増えた。猫屋敷から流れてきたうちの4匹がこの仔猫たちだという。
仔猫たちが近所の庭や花壇に駆け込んで糞尿をするため、近所の三件の家から風当たりが強くなった。隣の家の旦那はある朝怒鳴り込んできて、
「もう我慢できねぇ! お前ん地の猫が、俺んちの精魂込めて手入れした花壇に糞やしょんべんをしやがる! 今まで散々我慢して来たが堪忍袋の緒が切れた。またやったらぶっ殺す!」
と脅される始末。
「俺を責めるなら猫屋敷のババアに文句言え! 元はと言えばあそこのばーさんが猫を増やしたんだ!」
鬼瓦氏は反論したが、近隣住民の風当たりは依然として強かった。隣の家を含む三件の高齢女性たちは三羽烏の如く鬼瓦氏を攻め立て、リーダー格の向かいの家のお婆さんには「猫を保健所に入れろ! できないならそいつら皆家に入れろ! 責任をとれ!」と責められまた喧嘩になった。仔猫たちだけならまだしも、全ての猫を今すぐ保護するのは現実的に不可能だった。
しかも当の猫屋敷婆さんときたら、「元々は鬼瓦がうちに仔猫を持って来たんだ」などとありもしない言いがかりをつける始末で、鬼瓦氏の立場は悪くなるばかり。近隣住人たちは猫たちを追い払うべく石を投げたり、木の棒を振り回し大きな音を立て脅かしたりした。鬼瓦氏と松園さんは猫たちが不憫でならなかった。2人は相談し、ひとまず仔猫たちと母猫だけ緊急で保護し鬼瓦家の二階の一室で飼うことにしたという。
それから数日後の夜、鬼瓦氏は家の近くでうずくまり動けなくなっているベージュ縞模様の猫を発見した。家付近を放浪している双子の猫のうちの1匹で、よくご飯を食べに来ていた子だった。鬼瓦氏はとっさに抱き上げて家に連れて帰ったが怪我をしている様子はなく、ただ蹲って力無く鳴くばかりだった。
動物病院に駆け込むと、尿石症の悪化による急性腎不全と診断された。
「あと一日遅ければ亡くなっていたでしょう。緊急で処置はしますが、100%助かるとは言えない状況です。覚悟をしておいてください」
そう医師から告げられた鬼瓦氏は涙を堪えた。
ベージュ縞猫は生死の境を彷徨ったが三日後何とか持ち直し、仔猫部屋の隣の客間で世話をすることにした。だが寂しがって鳴いたりトイレでない場所におしっこをしてしまうため、不憫に思った鬼瓦氏は双子の片割れも一緒に保護した。
そんなこんなで家にいる猫は全部で7匹に増えた。隣近所からは毎日のように苦情が来る。しまいに町内会からも『野良猫の餌やり厳禁!』とのタイトルでチラシを配布されてしまった。チラシには野良猫にむやみに餌やりをすることで、糞尿被害が増え近所迷惑になるからやめましょうという内容のことが書かれていた。
鬼瓦氏も朝早くから夕方までワカメの芯抜き仕事で忙しく、猫7匹を家で飼うので精一杯だった。外にもまだ沢山猫がいるし、餌やりをやめろと言われても一度世話をした以上見殺しにはできない。どうしたらいいか考えているうち鬼瓦氏は塞ぎ込みがちになってしまった。
村騒ぎに発展する手前鬼瓦氏は松園さんに説得され、ほぼ引きずられるようにして保健所に相談に出かけた。保健所職員の長妻さんのアドバイスで、この猫カフェに仔猫だけでも引き取ってもらえないかと相談に来たらしい。
2人がここに来た理由はこうだった。私は猫じゃらしで仔猫を遊ばせながら、耳をダンボにしてそばだてていた。
ある日の夜近所に住む松園さんが鬼瓦氏の家に来て、家のそばの川から仔猫の声がすると言った。
鬼瓦氏が外に出て川の中をライトで照らしてのぞいてみると、川底の茂みに黒い仔猫の姿が見えた。小さく頼りなげな仔猫は何度も川壁を登ろうとしては落ち、また登っては落ちるのを繰り返していた。この日は小雨が降っていて、万が一増水でもしたらあの仔猫は流されてしまう。
鬼瓦氏は大急ぎで家の裏に置いていた木のおんぼろ梯子を引っ張り出し、川に降りて仔猫を救助した。
それを機に仔猫が家の庭へ遊びに来るようになり、一匹だけならとご飯をあげはじめた。あとからその仔猫の母猫と、仔猫の双子の妹らしきもう1匹の黒いメスの仔猫も現れ、可愛さゆえに3匹にご飯を食べさせるようになった。最初は警戒していたが、やがて3匹とも鬼瓦氏に慣れ可愛さゆえに餌やりを続けた。冬になると、寒い思いをしている猫たちに発泡スチロールハウスを作ってやった。やがて猫達は発泡の中で団子になり眠るようになった。
ここまでは平和だった。
少し離れた場所に猫屋敷と呼ばれる家があり、猫ババアと子供たちから呼ばれるお婆さんが大量に猫を放し飼いにし餌を与えていた。そこの猫たちも1匹、2匹と流れて餌を食べにくるようになってしまい、いつの間にか20匹以上に増えた。猫屋敷から流れてきたうちの4匹がこの仔猫たちだという。
仔猫たちが近所の庭や花壇に駆け込んで糞尿をするため、近所の三件の家から風当たりが強くなった。隣の家の旦那はある朝怒鳴り込んできて、
「もう我慢できねぇ! お前ん地の猫が、俺んちの精魂込めて手入れした花壇に糞やしょんべんをしやがる! 今まで散々我慢して来たが堪忍袋の緒が切れた。またやったらぶっ殺す!」
と脅される始末。
「俺を責めるなら猫屋敷のババアに文句言え! 元はと言えばあそこのばーさんが猫を増やしたんだ!」
鬼瓦氏は反論したが、近隣住民の風当たりは依然として強かった。隣の家を含む三件の高齢女性たちは三羽烏の如く鬼瓦氏を攻め立て、リーダー格の向かいの家のお婆さんには「猫を保健所に入れろ! できないならそいつら皆家に入れろ! 責任をとれ!」と責められまた喧嘩になった。仔猫たちだけならまだしも、全ての猫を今すぐ保護するのは現実的に不可能だった。
しかも当の猫屋敷婆さんときたら、「元々は鬼瓦がうちに仔猫を持って来たんだ」などとありもしない言いがかりをつける始末で、鬼瓦氏の立場は悪くなるばかり。近隣住人たちは猫たちを追い払うべく石を投げたり、木の棒を振り回し大きな音を立て脅かしたりした。鬼瓦氏と松園さんは猫たちが不憫でならなかった。2人は相談し、ひとまず仔猫たちと母猫だけ緊急で保護し鬼瓦家の二階の一室で飼うことにしたという。
それから数日後の夜、鬼瓦氏は家の近くでうずくまり動けなくなっているベージュ縞模様の猫を発見した。家付近を放浪している双子の猫のうちの1匹で、よくご飯を食べに来ていた子だった。鬼瓦氏はとっさに抱き上げて家に連れて帰ったが怪我をしている様子はなく、ただ蹲って力無く鳴くばかりだった。
動物病院に駆け込むと、尿石症の悪化による急性腎不全と診断された。
「あと一日遅ければ亡くなっていたでしょう。緊急で処置はしますが、100%助かるとは言えない状況です。覚悟をしておいてください」
そう医師から告げられた鬼瓦氏は涙を堪えた。
ベージュ縞猫は生死の境を彷徨ったが三日後何とか持ち直し、仔猫部屋の隣の客間で世話をすることにした。だが寂しがって鳴いたりトイレでない場所におしっこをしてしまうため、不憫に思った鬼瓦氏は双子の片割れも一緒に保護した。
そんなこんなで家にいる猫は全部で7匹に増えた。隣近所からは毎日のように苦情が来る。しまいに町内会からも『野良猫の餌やり厳禁!』とのタイトルでチラシを配布されてしまった。チラシには野良猫にむやみに餌やりをすることで、糞尿被害が増え近所迷惑になるからやめましょうという内容のことが書かれていた。
鬼瓦氏も朝早くから夕方までワカメの芯抜き仕事で忙しく、猫7匹を家で飼うので精一杯だった。外にもまだ沢山猫がいるし、餌やりをやめろと言われても一度世話をした以上見殺しにはできない。どうしたらいいか考えているうち鬼瓦氏は塞ぎ込みがちになってしまった。
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