ネコハラ

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3. 保護猫カフェ

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 活力を取り戻した私は職場に復帰の連絡をした。すると電話に出た川口館長はこう提案した。

『理事長とも相談したんだけどさ、あと二週間予定通りゆっくり休んで、来月から週3日、10時から15時までの勤務で始めてくれる? 慣れてきたら少しずつ増やす感じでいいんで』

 もう全快したのでフルタイムで働けると伝えたが、館長は念のため身体をならす期間をと言ってきかなかった。臨時の私のことをこんなに想ってくれる職場がありがたかったが、給与の心配は残った。でもガソリン代さえあれば、家賃も光熱費も必要ないからその点は安心だ。それに、遠出さえしなければお金もそんなにかからない。空間と時間に縛られない自由すぎる生活を始めたことで、元々あまりなかったハングリー精神がすっかり失せた私は、烏滸がましいと知りつつ館長の厚意をあっさりと受け入れてしまった。

「わかりました。じゃあ、それで。ご迷惑おかけしますが、よろしくお願いします」

 残り2週間の休日を利用して猫活を始めた。といってもただ保護猫カフェに行くだけの活動なのだが。

 『保護猫Nyan Peace』の猫カフェコーナーには30匹ほどの猫がいて、女性オーナーが出迎えてくれた。『キャットハウス海の風店長 酒井真琴』と書かれた猫の顔の形のネームプレートを首から下げている。前髪に鮮やかなブルーのメッシュを入れていて、金色のショートボブの髪にパーマをかけている。化粧もバッチリで、地味な私と違い服も今時だった。陽キャ感を出している人々に内心苦手意識がある私は、高校時代の苦い経験から一瞬尻込みしてしまった。高二の時公園の野良猫たちに餌をやっていたのだが、クラスのギャル数人から毒を持っている、虐待しているなどとありもしない噂を流され、クラスで浮いた私はだが酒井さんは話してみるととても気さくで、「皆いい子ばかりなのでゆっくりしていってくださいね~」と微笑んだ。

 副店長は赤いバンダナを巻いたガタイの良い強面の男性だった。名札に書かれた苗字が同じだから多分夫婦なのだろう。名前は壮亮そうすけさんというらしい。

 酒井さん曰くここはNPOで運営されている保護猫カフェで、市内や近隣の保健所と連携して活動していて、猫の譲渡も行っているという。他にも猫エイズや白血病などの病気を患う猫専用の部屋や、人が苦手な子たち用の部屋があり、全部で百匹近い猫を保護し2人で世話しているという。週に一度、近くの動物病院から獣医が往診にきてワクチン接種や治療をしてくれるそうだ。

 カフェには人慣れしている猫たちが住んでいて、10匹ほどの仔猫がプロレスをしたり追いかけっこをして賑やかにしていて、もう10匹ほどの大人の猫たちが、キャットタワーで遊んだり毛繕いをしたり眠ったりと思い思いに過ごしている。たまに人は大丈夫だが猫が苦手な猫がいて、そのような子は他の猫を攻撃するかもしれないためケージに入れられていた。私も人とコミュニケーションを取るのが苦手で、猫といたほうがずっと落ち着くからそんな猫たちの気持ちがよく理解できる。猫には人間同士みたいに気を遣わなくていいし(存田さんは別だが)、相手の言動についてあれこれ深く考えずに済む。女同士の人間関係はとくにやっかいで、できることなら渦中にいたくない。こんな人間嫌いの人間がいるくらいだから、猫嫌いの猫がいるのは自然なことだ。

 私の他にお客さんはおらず貸切状態だったため、しばらく猫たちと戯れながら店長たちと3人でこれまで飼った猫の話をしていたが、突然外から大きな男性の声が聞こえてきた。同じくよく通る女性の声も混じっていて、どちらも強い口調なので、まるで喧嘩をしているみたいに聞こえる。一緒にみーみーと複数匹の仔猫の鳴き声も重なって、賑やかな大合唱は足音と一緒にどんどん近づいて来た。

 まもなく二重扉の奥のドアが勢い良く開いて、「たのもう!」と威勢の良い声が響き渡った。驚いた猫たちはビリヤードボールが散るようにケージの中に逃げ込んだ。

 声の主は短髪白髪頭の険しい顔をした老人だった。その隣にいる首にカシミヤのスカーフを巻いた上品なマダム風の女性は、「大声出すんじゃないよ、恥ずかしい。猫たちが怖がってるじゃないか!」と老人の肩をバシッと叩いた。夫婦だろうか。老人の手にはキャリーがさげられていて、生後3ヶ月くらいの仔猫4匹がひしめきあいぴーぴー可愛らしい声で鳴いていた。

 強面老人は大股で歩いて来ると、

「保護してくれ」

 と酒井さんにキャリーを差し出した。

 突然の偉そうな来客に酒井さんは「え~と……」と困った顔をして、「とりあえず靴脱いで入ってください。そんで、名前と事情聞いてもいいっすか?」と指示した。老人は貴婦人と一緒に靴を脱いで部屋にあがるなり、どすんとあぐらをかいて捲し立てるように事情を話し始めた。ケージの猫たちはその様子を目を丸くして見ている。
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