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猫屋敷
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休む間もなく私は真琴さんとこれまで全く存在感のなかった保健所職員長妻さんについて、猫屋敷のお婆さんに野良猫を引き取るようにと直談判しに行った。善二さんと道子さんはあそこのお婆さんと何度もやり合っているらしく、話が通じないから行かない方がいいと止められたが、真琴さんは話さないと気が済まないと言っていた。
「ああ~、胃が痛い……」
長妻さんは背中を屈め鳩尾を押さえながら、いかにも気乗りしていない体で私たちの後をついてくる。
「あんたそんなんで本当に市職員やってられんの?」
気のたっている真琴さんに睨まれた長妻さんは余計に小さくなった。
「これでも一応新人なんです~」
「は? 何歳?」
「25ですぅ~」
「全然見えないんだけど。てゆうか若さを感じない。40くらいに見えるわ」
「うう……ひどい。でも老けてるってよく言われます、言うても職場の人たちからは30代に見えるって……」
「それは周りに恵まれてんだよ」
「胸が痛い……」
いつものにこやかな物腰と打って変わって、今日の真琴さんは禍々しい気を放っている。私ですら話しかけるのをためらうほどだ。でも、彼女のまっすぐな目を見て分かった。真琴さんはそれくらい真剣なのだ。多くの人は見て見ぬふりをしたり、ご近所戦争をカーテンの隙間から覗いて面白がるくらいで、問題に踏み込んでくることはない。彼女が強く出ようとするのも、猫たちを守りたいと真剣に考えているからなのだ。
猫屋敷婆さんの家は一戸建ての古い家屋で、庭の手前で錆だらけの柵が閉められ玄関までたどりつけない仕様になっていた。まるで人との関わりを全面的に拒んでいるみたいだ。柵を乗り越えなんとかインターフォンを押すことができたが、家主が出てくる気配は微塵もない。
インターフォンを押し続けていると、どすどすと足音がしてガチャリと乱暴にドアが開き、眼光の鋭く体格の良い皺くちゃ顔のお婆さんが現れた。年齢は80代くらいだろうか。腰が大きく曲がり、長妻さんの半分ほどの背丈しかないように見える。
「何だね?」
お婆さんは私たちを上から下まで値踏みするようにジロジロ眺めた。
「この辺の猫たちに餌をやっていたのは、あんた?」
真琴さんは最初から戦闘モードに入っていた。眼光が鋭く口調がドスがきいていて、コンビニ前にたむろしているヤンキーよりずっと迫力がある。
長妻さんは「口調を、もう少し柔らかく……」と額に脂汗を浮かせながら真琴さんに耳打ちした。
お婆さんは意に介す様子もなく鼻で笑った。
「猫はいないよ、家で飼ってる2匹だけだ」
「善二さんから、あんたが7匹の猫に餌をやっていたって聞いたの。善二さんは皆引き取ると言ってるけど、現実的に無理なの。善二さんたちは頑張ってあんたの猫と自分ちの猫全部捕まえて、手術をして小屋に隔離して責任を取ろうとしてるけど、本当に責任を取るべき人間はあんただって私は思うわけ」
猫屋敷婆さんのしかめ面が余計にひどくなった。
「猫なんて知らんと言っとるだろう! あの猫たちはわしの猫じゃない、勝手に餌を食いにきとるだけだと何度言ったら分かる! 大体にして、元々善二がうちに持ってきた猫が子を作って増えちまったんだ! 偉そうに何だ、チャラチャラケバい化粧で山姥みたいな格好しやがって! 人を舐めんのもいい加減にしな!」
「あたしの格好は関係ないんだよ! 化粧して髪染めてたってあんたの数億倍猫たちのこと考えて仕事してる自信あるわ! じゃあ聞くけどさ、善二さんが仔猫をあんたんちの庭に置いてった証拠はどこにあるわけ? それに、万一善二さんがそんなことをしてたとして、餌をやって世話を始めたのはあんただから、あんたの猫ってことになんだよ婆さん! 餌をやり始めた瞬間からその子たちはあんたんちの猫になるんだ! この件は、あんたにも責任をとってもらう。責任を取るまで何度でも来てやる! だからもう二度と言いがかりはやめろ!」
「何でワシが責任を取らんといけんのじゃ! 全部善二が悪い! わしはずっと1人で猫たちの世話をしていて、それで満足だったんじゃ! だのにあの馬鹿男が仔猫に餌をやって世話を始めちまったから、うちの猫たちまであいつの家に飯を食いに行ってしまって、近所のうるさい奴らが騒ぎ始めて話がこじれて大きくなってしまった! あのジジイが悪いのさ!」
「ああ~、胃が痛い……」
長妻さんは背中を屈め鳩尾を押さえながら、いかにも気乗りしていない体で私たちの後をついてくる。
「あんたそんなんで本当に市職員やってられんの?」
気のたっている真琴さんに睨まれた長妻さんは余計に小さくなった。
「これでも一応新人なんです~」
「は? 何歳?」
「25ですぅ~」
「全然見えないんだけど。てゆうか若さを感じない。40くらいに見えるわ」
「うう……ひどい。でも老けてるってよく言われます、言うても職場の人たちからは30代に見えるって……」
「それは周りに恵まれてんだよ」
「胸が痛い……」
いつものにこやかな物腰と打って変わって、今日の真琴さんは禍々しい気を放っている。私ですら話しかけるのをためらうほどだ。でも、彼女のまっすぐな目を見て分かった。真琴さんはそれくらい真剣なのだ。多くの人は見て見ぬふりをしたり、ご近所戦争をカーテンの隙間から覗いて面白がるくらいで、問題に踏み込んでくることはない。彼女が強く出ようとするのも、猫たちを守りたいと真剣に考えているからなのだ。
猫屋敷婆さんの家は一戸建ての古い家屋で、庭の手前で錆だらけの柵が閉められ玄関までたどりつけない仕様になっていた。まるで人との関わりを全面的に拒んでいるみたいだ。柵を乗り越えなんとかインターフォンを押すことができたが、家主が出てくる気配は微塵もない。
インターフォンを押し続けていると、どすどすと足音がしてガチャリと乱暴にドアが開き、眼光の鋭く体格の良い皺くちゃ顔のお婆さんが現れた。年齢は80代くらいだろうか。腰が大きく曲がり、長妻さんの半分ほどの背丈しかないように見える。
「何だね?」
お婆さんは私たちを上から下まで値踏みするようにジロジロ眺めた。
「この辺の猫たちに餌をやっていたのは、あんた?」
真琴さんは最初から戦闘モードに入っていた。眼光が鋭く口調がドスがきいていて、コンビニ前にたむろしているヤンキーよりずっと迫力がある。
長妻さんは「口調を、もう少し柔らかく……」と額に脂汗を浮かせながら真琴さんに耳打ちした。
お婆さんは意に介す様子もなく鼻で笑った。
「猫はいないよ、家で飼ってる2匹だけだ」
「善二さんから、あんたが7匹の猫に餌をやっていたって聞いたの。善二さんは皆引き取ると言ってるけど、現実的に無理なの。善二さんたちは頑張ってあんたの猫と自分ちの猫全部捕まえて、手術をして小屋に隔離して責任を取ろうとしてるけど、本当に責任を取るべき人間はあんただって私は思うわけ」
猫屋敷婆さんのしかめ面が余計にひどくなった。
「猫なんて知らんと言っとるだろう! あの猫たちはわしの猫じゃない、勝手に餌を食いにきとるだけだと何度言ったら分かる! 大体にして、元々善二がうちに持ってきた猫が子を作って増えちまったんだ! 偉そうに何だ、チャラチャラケバい化粧で山姥みたいな格好しやがって! 人を舐めんのもいい加減にしな!」
「あたしの格好は関係ないんだよ! 化粧して髪染めてたってあんたの数億倍猫たちのこと考えて仕事してる自信あるわ! じゃあ聞くけどさ、善二さんが仔猫をあんたんちの庭に置いてった証拠はどこにあるわけ? それに、万一善二さんがそんなことをしてたとして、餌をやって世話を始めたのはあんただから、あんたの猫ってことになんだよ婆さん! 餌をやり始めた瞬間からその子たちはあんたんちの猫になるんだ! この件は、あんたにも責任をとってもらう。責任を取るまで何度でも来てやる! だからもう二度と言いがかりはやめろ!」
「何でワシが責任を取らんといけんのじゃ! 全部善二が悪い! わしはずっと1人で猫たちの世話をしていて、それで満足だったんじゃ! だのにあの馬鹿男が仔猫に餌をやって世話を始めちまったから、うちの猫たちまであいつの家に飯を食いに行ってしまって、近所のうるさい奴らが騒ぎ始めて話がこじれて大きくなってしまった! あのジジイが悪いのさ!」
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