海に拓がる、深冬の跡

上西ぐるぅ

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第1話 逃避の作法

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 あの夜、俺の道理がこじ開けられた理由。
 その因果を辿るというのなら、数ヶ月前――俺が自らを守るための秩序を確立しようとしていたあの頃まで、遡らなければならない。 

 高校に入学して二度目の春が近づいてきた、二月の末。
 正直、これまでの学校生活には、うんざりすることばかりだった。

 入学直後に行われた林間学校では、時間を守らない一部の人間のせいで、関係のない俺まで連帯責任として説教を食らった。
 一年前の文化祭の合唱練習では、放課後練習を当然のようにサボる部活勢に手を焼き、いざクラス全員が揃ったところで、口を動かさない多数派の無関心に直面したこともあった。

 クラス一丸となって頑張る、などという、ドラマのような展開が起こるはずもないのだと早々に悟った。
 現実にいたのは、真面目にやる人間をバカにする多数派と、面倒事には見て見ぬふりをする空気。
 そして、その帳尻を合わせるために雑用を押し付けられる、俺のような人間だった。

 部活動に入っていないというだけで、運動会でも、俺はクラスの面倒な雑務をすべて背負わされた。
 授業のノートを貸してくれという、対価のないお願い。
 部活の昼練があるからと、当然のように代わりを頼まれる日直。

 それほど仲良くもないのに、都合の良い時だけ「真面目な谷大海たにひろみ」という記号として扱われる。
 その利用されているという事実が、俺の中に不快感となって蓄積されていた。

 そんな俺が二度目の文化祭にあたり、実行委員を希望した理由はただ一つ。
 クラスという無秩序な集団で、活動したくない。

 当たり前だが、クラスには多様な人間が属している。
 やる気のある人間とない人間で二極化し、その中間層は常に楽な方へと流される。
 その無責任な空間で真面目に取り組むことが、どれほど不毛で、効率を欠く行為か俺は身を持って体感した。

 その点、文化祭実行委員は、学校行事の運営という職務を帯びることで、クラス活動という呪縛から合法的に免除される。
 そこには、少なくとも行事に携わりたいという目的意識を持った人間が集まる。
 理不尽に仕事を押し付けられたり、やる気の有無という低次元な感情論で揉めたりすることもないだろう。


 ***


 全体会合が終わり、ようやく実務の場へと意識を切り替える。
 一年生企画・合唱部署の指定場所として割り当てられた教室の隅には、穏やかな笑みを浮かべた上級生が一人、俺を待つように座っていた。

 新三年生で生徒会執行部の、黒田さん。
 この部署は、彼と俺の二人体制で運営されることになるらしい。
 俺は空いている席に着くと、胸ポケットから新調したばかりの青いリングメモ帳を取り出し、机に置いた。

「よろしく、谷君。これ、僕が事前に実行委員室から借り出しておいた昨年度の資料と、それを元に作った今年のマニュアル案だ。まずは目を通してみてくれるかな」

 挨拶もそこそこに差し出された数枚のプリント。
 受け取って視線を落とした瞬間、俺は当たりだ、と思った。

 昨年度の反省点が項目ごとに整理され、起こりうるトラブルへの対策が手順化されている。
 初対面の相手にこれだけの材料を提示できる。
 それだけで、彼がこの学校に蔓延る、声が大きいだけの無能ではないことが十分に理解できた。

「……助かります。これなら、何を確認すべきか迷わずに済みそうです」

「そう言ってもらえると嬉しいよ。僕は去年の文化祭でもこの部署の担当をしていたんだけど、現場でのトラブル対応が一番のボトルネックになることが分かっているんだ」

 黒田さんは眼鏡の奥で目を細め、役割分担のページを指差した。

「僕は生徒会との兼務もあって、ステージ設営や先生方との調整に回ることが多いと思う。だから、君には現場の『目』になって、一年生の練習状況を見回ってほしい。不測の事態を未然に防ぐための、現場の責任者だ」

「わかりました。状況は随時、整理して報告します」

「いや、現場の判断は谷君に一任するよ。何かあったら、その都度相談してくれればいいから」

 役割分担は明確だった。
 黒田さんの指示には、俺が忌み嫌う、無駄な感情の衝突が入り込む隙間がほとんどない。 ここなら、他人に左右されることなく、自分のタスクに集中できそうだ。

 その後、俺たちは連れ立って合唱担当の先生方への挨拶回りを行った。
 夕闇の迫る廊下を歩きながら、俺は胸ポケットからメモ帳を取り出した。

『一年生合唱部署:担当教諭への挨拶完了。次タスク、昨年度資料の精読』

 淡々とペンを走らせ、次の行動予定を書き込む。
 思考が整理され、迷いなく動ける状態。それが俺にとっては、一番落ち着く形だった。

 やるべきことが無事に決まった安堵とともに、俺の実行委員としての活動が始まった。
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