2 / 10
第1話 逃避の作法
しおりを挟む
あの夜、俺の道理がこじ開けられた理由。
その因果を辿るというのなら、数ヶ月前――俺が自らを守るための秩序を確立しようとしていたあの頃まで、遡らなければならない。
高校に入学して二度目の春が近づいてきた、二月の末。
正直、これまでの学校生活には、うんざりすることばかりだった。
入学直後に行われた林間学校では、時間を守らない一部の人間のせいで、関係のない俺まで連帯責任として説教を食らった。
一年前の文化祭の合唱練習では、放課後練習を当然のようにサボる部活勢に手を焼き、いざクラス全員が揃ったところで、口を動かさない多数派の無関心に直面したこともあった。
クラス一丸となって頑張る、などという、ドラマのような展開が起こるはずもないのだと早々に悟った。
現実にいたのは、真面目にやる人間をバカにする多数派と、面倒事には見て見ぬふりをする空気。
そして、その帳尻を合わせるために雑用を押し付けられる、俺のような人間だった。
部活動に入っていないというだけで、運動会でも、俺はクラスの面倒な雑務をすべて背負わされた。
授業のノートを貸してくれという、対価のないお願い。
部活の昼練があるからと、当然のように代わりを頼まれる日直。
それほど仲良くもないのに、都合の良い時だけ「真面目な谷大海」という記号として扱われる。
その利用されているという事実が、俺の中に不快感となって蓄積されていた。
そんな俺が二度目の文化祭にあたり、実行委員を希望した理由はただ一つ。
クラスという無秩序な集団で、活動したくない。
当たり前だが、クラスには多様な人間が属している。
やる気のある人間とない人間で二極化し、その中間層は常に楽な方へと流される。
その無責任な空間で真面目に取り組むことが、どれほど不毛で、効率を欠く行為か俺は身を持って体感した。
その点、文化祭実行委員は、学校行事の運営という職務を帯びることで、クラス活動という呪縛から合法的に免除される。
そこには、少なくとも行事に携わりたいという目的意識を持った人間が集まる。
理不尽に仕事を押し付けられたり、やる気の有無という低次元な感情論で揉めたりすることもないだろう。
***
全体会合が終わり、ようやく実務の場へと意識を切り替える。
一年生企画・合唱部署の指定場所として割り当てられた教室の隅には、穏やかな笑みを浮かべた上級生が一人、俺を待つように座っていた。
新三年生で生徒会執行部の、黒田さん。
この部署は、彼と俺の二人体制で運営されることになるらしい。
俺は空いている席に着くと、胸ポケットから新調したばかりの青いリングメモ帳を取り出し、机に置いた。
「よろしく、谷君。これ、僕が事前に実行委員室から借り出しておいた昨年度の資料と、それを元に作った今年のマニュアル案だ。まずは目を通してみてくれるかな」
挨拶もそこそこに差し出された数枚のプリント。
受け取って視線を落とした瞬間、俺は当たりだ、と思った。
昨年度の反省点が項目ごとに整理され、起こりうるトラブルへの対策が手順化されている。
初対面の相手にこれだけの材料を提示できる。
それだけで、彼がこの学校に蔓延る、声が大きいだけの無能ではないことが十分に理解できた。
「……助かります。これなら、何を確認すべきか迷わずに済みそうです」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。僕は去年の文化祭でもこの部署の担当をしていたんだけど、現場でのトラブル対応が一番のボトルネックになることが分かっているんだ」
黒田さんは眼鏡の奥で目を細め、役割分担のページを指差した。
「僕は生徒会との兼務もあって、ステージ設営や先生方との調整に回ることが多いと思う。だから、君には現場の『目』になって、一年生の練習状況を見回ってほしい。不測の事態を未然に防ぐための、現場の責任者だ」
「わかりました。状況は随時、整理して報告します」
「いや、現場の判断は谷君に一任するよ。何かあったら、その都度相談してくれればいいから」
役割分担は明確だった。
黒田さんの指示には、俺が忌み嫌う、無駄な感情の衝突が入り込む隙間がほとんどない。 ここなら、他人に左右されることなく、自分のタスクに集中できそうだ。
その後、俺たちは連れ立って合唱担当の先生方への挨拶回りを行った。
夕闇の迫る廊下を歩きながら、俺は胸ポケットからメモ帳を取り出した。
『一年生合唱部署:担当教諭への挨拶完了。次タスク、昨年度資料の精読』
淡々とペンを走らせ、次の行動予定を書き込む。
思考が整理され、迷いなく動ける状態。それが俺にとっては、一番落ち着く形だった。
やるべきことが無事に決まった安堵とともに、俺の実行委員としての活動が始まった。
その因果を辿るというのなら、数ヶ月前――俺が自らを守るための秩序を確立しようとしていたあの頃まで、遡らなければならない。
高校に入学して二度目の春が近づいてきた、二月の末。
正直、これまでの学校生活には、うんざりすることばかりだった。
入学直後に行われた林間学校では、時間を守らない一部の人間のせいで、関係のない俺まで連帯責任として説教を食らった。
一年前の文化祭の合唱練習では、放課後練習を当然のようにサボる部活勢に手を焼き、いざクラス全員が揃ったところで、口を動かさない多数派の無関心に直面したこともあった。
クラス一丸となって頑張る、などという、ドラマのような展開が起こるはずもないのだと早々に悟った。
現実にいたのは、真面目にやる人間をバカにする多数派と、面倒事には見て見ぬふりをする空気。
そして、その帳尻を合わせるために雑用を押し付けられる、俺のような人間だった。
部活動に入っていないというだけで、運動会でも、俺はクラスの面倒な雑務をすべて背負わされた。
授業のノートを貸してくれという、対価のないお願い。
部活の昼練があるからと、当然のように代わりを頼まれる日直。
それほど仲良くもないのに、都合の良い時だけ「真面目な谷大海」という記号として扱われる。
その利用されているという事実が、俺の中に不快感となって蓄積されていた。
そんな俺が二度目の文化祭にあたり、実行委員を希望した理由はただ一つ。
クラスという無秩序な集団で、活動したくない。
当たり前だが、クラスには多様な人間が属している。
やる気のある人間とない人間で二極化し、その中間層は常に楽な方へと流される。
その無責任な空間で真面目に取り組むことが、どれほど不毛で、効率を欠く行為か俺は身を持って体感した。
その点、文化祭実行委員は、学校行事の運営という職務を帯びることで、クラス活動という呪縛から合法的に免除される。
そこには、少なくとも行事に携わりたいという目的意識を持った人間が集まる。
理不尽に仕事を押し付けられたり、やる気の有無という低次元な感情論で揉めたりすることもないだろう。
***
全体会合が終わり、ようやく実務の場へと意識を切り替える。
一年生企画・合唱部署の指定場所として割り当てられた教室の隅には、穏やかな笑みを浮かべた上級生が一人、俺を待つように座っていた。
新三年生で生徒会執行部の、黒田さん。
この部署は、彼と俺の二人体制で運営されることになるらしい。
俺は空いている席に着くと、胸ポケットから新調したばかりの青いリングメモ帳を取り出し、机に置いた。
「よろしく、谷君。これ、僕が事前に実行委員室から借り出しておいた昨年度の資料と、それを元に作った今年のマニュアル案だ。まずは目を通してみてくれるかな」
挨拶もそこそこに差し出された数枚のプリント。
受け取って視線を落とした瞬間、俺は当たりだ、と思った。
昨年度の反省点が項目ごとに整理され、起こりうるトラブルへの対策が手順化されている。
初対面の相手にこれだけの材料を提示できる。
それだけで、彼がこの学校に蔓延る、声が大きいだけの無能ではないことが十分に理解できた。
「……助かります。これなら、何を確認すべきか迷わずに済みそうです」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。僕は去年の文化祭でもこの部署の担当をしていたんだけど、現場でのトラブル対応が一番のボトルネックになることが分かっているんだ」
黒田さんは眼鏡の奥で目を細め、役割分担のページを指差した。
「僕は生徒会との兼務もあって、ステージ設営や先生方との調整に回ることが多いと思う。だから、君には現場の『目』になって、一年生の練習状況を見回ってほしい。不測の事態を未然に防ぐための、現場の責任者だ」
「わかりました。状況は随時、整理して報告します」
「いや、現場の判断は谷君に一任するよ。何かあったら、その都度相談してくれればいいから」
役割分担は明確だった。
黒田さんの指示には、俺が忌み嫌う、無駄な感情の衝突が入り込む隙間がほとんどない。 ここなら、他人に左右されることなく、自分のタスクに集中できそうだ。
その後、俺たちは連れ立って合唱担当の先生方への挨拶回りを行った。
夕闇の迫る廊下を歩きながら、俺は胸ポケットからメモ帳を取り出した。
『一年生合唱部署:担当教諭への挨拶完了。次タスク、昨年度資料の精読』
淡々とペンを走らせ、次の行動予定を書き込む。
思考が整理され、迷いなく動ける状態。それが俺にとっては、一番落ち着く形だった。
やるべきことが無事に決まった安堵とともに、俺の実行委員としての活動が始まった。
0
あなたにおすすめの小説
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる