海に拓がる、深冬の跡

上西ぐるぅ

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第4話 光の貸し出し、無意識の失策

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 石崎さんの一件から数週間。
 文化祭を明後日に控え、一年生のフロアを騒がせていた雑音が静まり、合唱部署の見回りは至って順調だった。

 一方で、俺の所属する二年四組は、教室展示の準備に追われていた。
 ベニヤ板に数万本の爪楊枝を貼り付けてオブジェを作るという、なんとも地道な創作物。

 数人の有志がピンセットを手にボンドを塗り込む様子を遠巻きに眺めたが、一本貼るのに数秒。
 完成までに要する延べ時間は、一人の人間が文化祭期間中に得られる全ての娯楽時間を上回るだろう。

 案の定、練習を優先する運動部と文化祭での発表を控えた文化部が抜けたせいで、教室には一体感の欠片もない停滞した空気が澱んでいた。
 俺はそんな非効率な光景を背に、生徒会室を訪れた。

「お疲れ様です。今日の見回り、完了しました」

 作業中の黒田さんに声をかける。

「お疲れ様。そういえば、森本先生が君を褒めていたよ。リハーサルを前にして、一年生の統率がかつてないほど取れているって。谷君が作ってくれたプリントの効果だろうね」

 彼は手を止め、私情を挟まずに、俺の行動を評価した。

「事後報告になりましたが。……現場が機能しているなら何よりです」

「全然! むしろ谷君に任せきりで申し訳ないくらいだよ。さて、明日の午後は前日リハーサルだ。昼休みのうちに演劇部の部室からスポットライトを二台借りてきてほしいんだ。演劇部の中尾君という子に話は通してあるから、彼と一緒に体育館まで運んでもらえるかな?」

「演劇部……確か、特別棟の四階ですね。わかりました」

 俺は胸ポケットから、青いメモ帳を取り出す。

『明日昼 演劇部 スポットライト借用』

 淡々とペンを走らせる。
 これにタスクを書き込み、一つずつ塗りつぶしていく工程も慣れたものだ。

 翌日の昼休み、俺は手はず通り特別棟の四階へと向かった。
 扉を三回ノックすると、中から伸びやかな男子の声で返事があった。

「失礼します。文化祭実行委員の谷です。機材の借用に来ました」

「一年の中尾です。黒田センパイから話は聞いてます!」

 中尾君は、入り口横の壁に紐で吊るされたバインダーを指差した。

「備品の貸出なんで、そこに記入お願いしていいっすか?」

 木製のボードは、書こうとするたびに紐に引かれて逃げ、ペン先を拒絶する。
 俺は眉を寄せ、胸ポケットから青いメモ帳を取り出した。
 それを板との間に差し込み、下敷き代わりにすることで、ようやく淀みない文字を書き込んだ。

『文化祭合唱部署 谷大海 スポットライト』

「……これでいい?」

「はい、バッチリです! じゃあ運びましょう。合唱のリハーサルの後は俺たちが使うんで、谷センパイが手伝ってくれて助かりました!」

 部室の隅に鎮座していたのは、艶のない黒い筐体だった。
 見た目通り、その重量は相当なものだ。
 台座にはキャスターが付いており、ガラガラと音を立てて転がせるが、部室の入り口の段差を一つ越えるのにもかなりの力が必要だった。

 運搬に意識を完全に奪われた俺は、バインダーの裏に挟み込んだままのメモ帳のことなど、この時はすっかり忘れていた。

「ここからが本番っすね」

 中尾君が階段の前で足を止めた。
 特別棟の四階から二階の体育館までは、いくつもの段差を越えていかなければならない。

 俺が前方を持ち上げ、彼が後ろを支える。
 キャスターが使えない状況では、その重みがダイレクトに前腕を締め付けた。
 バランスを崩せば機材の破損だけでなく、俺たち自身が怪我をする可能性もある。

「谷センパイ、足元、気を付けてください」

「ああ、大丈夫だ。ゆっくり行こう」

 一段下りるごとに振動が腕に伝わり、冷たい金属の感触が指先に食い込む。
 呼吸を合わせ、慎重に歩を進めていく。
 他愛もない話が始まったのは、ようやく踊り場に辿り着き、一息ついた時だった。

「スポットライトって、天井に付いてるものって思ってました」

「体育館は運動部が使うからな。特にバレー部はボールが高く上がる。天井に固定してたら最悪壊れるだろ」

「なんか詳しいですね。もしかしてバレー部なんですか?」

「中学の時にな。高校ではやってないよ」

「だからそんなに背が高いんですね。納得です」

 話をしているうちに、体育館に到着した。
 体育館の所定の位置へ二台の機材を置き、操作手順の説明を受ける。一年生ながら、彼の指示は的確だった。
 一通りの確認を終えたところで、中尾君が何か切り出しにくそうにどもった。

「……どうかした?」

「もし、良かったらでいいんですけど……演劇部は男子が俺しかいないので、文化祭終了後、ライトの片付けを手伝ってもらえると助かります」

 今回、彼が手伝ってくれたことで、運搬が一度で済んだのは事実だ。
 ならば、その礼として手を貸すのは当然の行いだろう。

「実行委員の急用が入らない限り大丈夫だ。閉会式が終わったら、そのまま体育館に残ってるよ」

「あざっす! 良かったら演劇部の公演も観に来てくださいよ。結構面白いと思います」

「悪い。合唱の仕事が終わった後は、別件で行けないんだ」

「実行委員は大変ですね、あ、俺昼飯まだなので失礼しまーす」

 中尾君はそう言うと、走って去って行った。

「いや、別に仕事ってわけじゃ……」

 俺の声は、聞こえていないだろう。
 中尾君の背中を見送ってから、視線をステージへと戻した。
 設営作業を続ける黒田さんの姿が見える。

 俺はそのまま、補佐に入るために足を進めた。
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