奴隷アルファに恋の種

モト

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「————……」


 誰かが髪の毛を撫でてくる。優しくて熱い手だ。
 知っている。その感覚はいつも僕を落ち着かせない気分にさせる。楽しいけれど、嬉しいけれど、それだけではないイケない気持ち。

 あぁ、とてもいい気分になってくる。くすぐったくて思わず笑ってしまうと、首筋に熱いモノが押し付けられた。
 ぞくり、ぞわぞわ……奥の方からさざ波が押し寄せてくる。

 そこをグッと噛んで欲しい。君だけの……

「——ぁ……」

 匂いが凄く濃くなって意識が浮上する。

「起きたか」

 目を開けると、ベッドサイドに座るガレがいた。窓から見える景色は暗く、とっくに日が沈んでいた。

「あっ、すまない」
 慌てて起き上がると、僕はガレのジャケットを羽織ったままだということに気づく。シワができてしまった。シワを伸ばして返すというと構わないと返事がある。

「気にするな。執事から体調が悪いと聞いている。そのまま寝ていろ」
「いや、もう大丈夫だよ。それより勝手に部屋に入って悪かったね」

 部屋に入るわ、ジャケットを羽織っているわ、勝手をし過ぎていたたまれない。
 だけど、いつも深く刻まれている彼の眉間にシワがなく怒っていないのは確かだろう。

「見ての通り何もない。入られて困る部屋でもなく元より鍵もかけていない」
「──すぐ、出るよ」

 何もない……。それはこの屋敷に彼の大事な物が何もないように感じた。勝手に落ち込んでしまう。

「待て。大丈夫なら、夕食を共にしよう」

 ガレが出ていく僕に声をかけてきた。





 ————気まずいな。

 奴隷時代と違って、和やかに楽しく談話するような雰囲気ではなく静かな食卓だ。

 僕自身、ガレと会話する時間が持てたら話したいことが沢山あった。でも、ガレが他の女性と密会している噂が僕を思った以上に臆病にさせていた。

「もうすぐこの忙しさから解放される」
「……そう。君は少し働きすぎだからね」


 家に戻る時間がないほど忙しいのは仕事かい? 女性関係かい? ほら。すぐにそんなマイナス思考が浮上するからこれ以上僕はだんまりしておこう。
 会話が続かないのは、無口なガレのせいもあったけれど、自分のせいでもあった。

 いっそのこと悩みの種である女性との噂を問いただそうか。しかし、もしそうだと肯定されれば僕はドツボにハマって抜け出せないだろう。

 思わず溜息をついてしまう。

「……上の空だな。俺とはまともに話す気にもなれないか」
「そんなことはないよ」

 ガレは僕を見つめていた。何を言っても安請け合いの言葉しか思い浮かばない。沈黙の後、ガレは静かに言った。

「貴方は社交界の噂と随分違うな」

 僕の社交界の噂とは身体を売っているだとか男を誘っているとか噂のことか。オメガの偏見に過ぎない。
 でも、本当に男を誑かすような行動が出来たならもっと上手く立ち回り出来たに違いない。初めてガレと身体を繋げた時も番にしたくなるような性的アピールが出来たかもしれない。そう思うと自虐で笑ってしまう。

「他の男を知っていればよかったと思うよ」
「──何?」


 ガシャンとガレがグラスを床に落した。しかしそれを拾うこともせず、こちらを睨んでくる。この視線は結婚するまでよく感じていた。結婚してからはそう言えば睨まれはしなかった。でも、無視されるのより睨まれた方がよほどいい。

「他の男だと?」
「……」

 視線のきつさに居心地が悪くなり僕は体調が優れないと偽り席を立った。

「リオン!」

 ガレも一緒に立ち、僕の腕を強く掴んだ。その強さにぐらついた身体をガレが支えた。初夜後、こんなに密着するのは初めてだ。

 ガレが僕に触れている……

 スキャンダルを聞かなければ僕は舞い上がっていただろう。

「後悔しても無駄だ」

 そう言って強引に僕の顔を上に向かせた。ガレの顔が近付いて僕を叱咤するように唇を噛んだ。それから唇同士が触れ合った。

 あ……。

 反射的に目を閉じると、ガレのはぁっと大きな溜息が唇にかかった。
 あっさりと唇を離されて、へ、あ? と目を開けると抱きかかえられた。
 何をと思っているとガレは僕を抱きかかえたまま階段を登っていく。

「顔色が悪い。ゆっくり休め」

 ゆっくりと一歩ずつ階段をガレが上がっていく。ゆらゆらと彼の腕の中で僕は揺れる。

 結局彼は、僕に優しいのだ。初夜の時も、その後、熱にうなされた僕をずっと看病してくれていた。

 目の前に首筋が見える。そこからガレのいい匂いがする。そこに触れて……甘えたい。
 だけど、僕から甘えることはあまりに身勝手な気がした。

 階段はすぐに終わり廊下も短く、僕の部屋にはあっという間についた。ベッドに僕の身体を降ろす優しい手つきとは裏腹にガレは僕を睨んだまま、僕の顔を両手で掴んで視線を下げさせないように固定された。

「死ぬまで離すつもりはない。覚悟しておけ」
「……」

 それは脅しになっていなくて僕は苦笑いをした。
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