英雄は喫茶店の片隅で恋をする

モト

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もっと仲良くしてほしい

 
「え? ここは??」

 飲みに誘われたので、てっきり酒場に行くのだと思っていたら、行き先は徒歩5分。……彼の家。

 敢えて興味を持つまいと思っていたので、店の近所だけど、外観すらちゃんと見るのは初めてだった。 

「あの……、俺なんかがお邪魔してもいいのでしょうか?」
「勿論!!」
「わっ、あの……!?」

 どうぞどうぞとやや押され気味に家の中に入った。

 玄関から既に広い。案内されたキッチンもリビングも広々としたものだ。
 家造りは業者も入ったが、彼自身も加わったと伺っている。
 床や壁に使われている材質などにもこだわりを感じる。

「わぁ……、素敵なお家ですね」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。あぁだこうだ考えるのが楽しくて凝ってしまった」

 なるほど、シガーは凝り性なんだな。

「こだわりを感じます」

 案内された広いリビング、そこのテーブル席には豪華なオードブルと酒が置かれていた。

「恥ずかしい話だが、俺は簡単な料理しか出来なくて。店で注文したんだ」
「注文? わざわざ?」

 注文するくらいなら食べに行った方が早くないか? 

「実は、君に聞いて欲しいことがあって」
「相談ですか?」
「……あぁ」

 首を傾げて彼を見ると、気まずそうに目を逸らされた。
 誰にも聞かれたくない話なのか? 恋愛相談とか。

 恋愛……? まさか、さっきの彼女のことが気に入ったのだろうか。


 ……ズキン! と胸よ、痛むな。勝手に失恋した気分になるな。


 はぁ、と溜息をつくと、彼は何かを勘違いしたのか、「強引すぎたか? すまない」と謝った。

「いえ、ご馳走を用意してくださって嬉しいです」

「そうか、よかった! では食べよう」
「はい」




 彼が用意してくれた食事は、とても美味しい、酒も美味しい。会話も弾む。
 けれど、今座っている空間に、なんだか違和感を覚えた。

「…………」

 なんだろう、この家は。

 周りを見て、すべて二人分で用意しているのが気になる。椅子も二脚、食器もリビングにあるソファも。聞いていた話よりずっと二人用だ。

 彼は独身のはず。
 ……いや、これだけモテているのだから俺が知らないだけで恋人がいるのかもしれない。

 チラリと彼の横顔を見る。
 30代前半、整った顔立ちに筋肉隆々の身体。大柄で一見怖そうに見えるのに人当たりは柔らかい。

 いい男だ。異性からも同性からも好かれるタイプの人間。


 そうだよな、これで相手がいない方がおかしいのか……。

 見つめていると彼と目が合い、ニコリと笑った。

「マスターと話していると癒されるんだ。もっと俺と仲良くしてほしい」
「……仲良く?」

 もっと? もっとって何を求められているんだろう? この男は、皆にそんな風に言っているのか? 


 有りえないのに口説かれている気分になる。俺が同性愛者だと分かれば、彼のこういった言動は変わるのだろうか。

 なら、今のまま、気さくに話しかけてもらえる関係のままでいい。


「マスター、もう一杯どうぞ」
「ありがとうございます」


 グラスの酒が少し減る度に酒を注いでくれる。彼なりのもてなしなんだろうけれど……眠くなってきた。

「マスター、眠くなってきた?」

「は、はい……。酒が飲めないわけではないのですが、それほど強くもなく。あぁ、相談事ですね。ちゃんと話が聞ける今のうちにどうぞ」

「本当に君は天使だな……」
「は?」

 何を大袈裟な。相談事があると伺ったのだから聞かないと逆に失礼だろう。

「ゴホン。その——……相談というのは、俺が片想いしている人の話だけど」

「……っ!」

 バコンッと右ストレート。クリティカルヒット。考えるのと直接聞くのではこんなにダメージが違うのか。


「愛おし過ぎて、どう攻めていいのか分からない。心地いい関係が崩れたらと思うと何も出来ないんだ。……それでつい妄想ばかりが膨らんで、一緒に暮らすことを想定して、物を用意してしまうんだ」


 なるほど。ペアで買っているのは、今恋人がいるのではなく、未来の恋人の為にか。執着っぽいけれど、それくらい思われていてその子が羨まし……しくない。しくないよ、女々しいよ、俺! 



「気付けば、この街に越して一年経つのに未だに何一つ出来なくて……」


 ここに越してから好きなの!? 一年も!? もうこの話を聞いていられない。心臓がもたない。


「お、俺は恋愛偏差値が低いんです!! その悩み……相談に乗れません。役者不足です!!」
「……」

 断わっているのに、ズズイとシガーが椅子寄せて近づいてきた。

「恋愛偏差値が低い? 失礼だけど、マスターは恋人がいるかい?」

 相談に乗れないって断っているのに、まだこの話を続けるのか?! 飲まなければやってられない!

 ゴクゴクと酒を飲むと、シガーが次を注いでくる。 


「いませんよ。……それにいたことないので。だから相談役にはなれない……」

 さらに同性愛者だし。カミングアウトしたことがないし。

「いない上に初めて?」

 なぜが彼が笑っている。
 童貞の非モテを馬鹿にしているように感じた。情けなくてまた酒を飲んでしまう。

「そろそろ、帰ります」

「え!? えぇ!? もう!? ……あぁ、そうか、こんな時間か。君がいると時間が経つのが凄く早い。そうだ! 泊まっていけばいい。歯ブラシも着替えも貸すよ! それがいい!!」

「いえ」
「待ってくれ!! もう少しだけ」
「明日も店がありますので」


 立ち上がり、ふらふら~と玄関に向かおうとするけれど、斜めに移動してしまう。それでポスンとシガーの腕の中に収まっていた。


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