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餓鬼退治 ③

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 線路に降りると、正人の後ろを隼人はゆっくりと線路に沿って歩いて行く。普段、歩くことのない線路は意外と歩きにくい。彼は躓かないように下を向きながら歩いていると、正人は見返り黙ったまま手を出して隼人を制止した。
「ペチャ、ペチャ、・・・・・ギ、ギッ、ギギギ」
 聞きなれない音がする。うめき声と咀嚼音そしゃくおんともとれる何かを食する音の方に正人は、足音を立てないように注意しながら近づいて行く。
 正人から4メートルほど先で、餓鬼の姿が明かりに照らされた。
 1匹だけかと思うと、辺りに10匹以上の餓鬼が見える。
 餓鬼達は何かを持っている。隼人が目を凝らすと、見えるのは人の手と足?
 遠くからでは、マネキンの手足のようにしか見えない。
 遺体に群がるサルのような生き物、これが餓鬼だ。土色の肌、ヤギのような横長の瞳孔をした目、手足は短く、腹は大きく膨らむ。
 隼人は、正人がどうやって餓鬼を退治するのか知らないので不安になる。
「隼人君、動くなよ」
 そう言うと正人はスーツのボタンを外し、拳銃を取り出すと餓鬼に向けて構えた。
 パーン、パーン、パーン・・・甲高い銃声が地下に響き渡り、3、4匹の餓鬼が倒れた、しかし、致命傷にはなっていない。
 残りの餓鬼が二人を睨みつける、「ギッ、ギギギギ・・・」
 歯ぎしりみたいな鳴き声、不快に感じる。手にした遺体えものを離さず、数匹の餓鬼が正人に飛び掛かる。
 隼人の目の前にも、容赦なく餓鬼が1匹現れた。
「ひっ・・・」、思わず彼は後ずさりし尻もちをついた。
 目の前の餓鬼は、目が飛び出た女性の頭を手にしていた。柔らかい所から食べていたのか、頬の部分は食いちぎられ歯が見える。
―――うっ、吐きそうだ。
「隼人君、気を付けろ」
 正人は隼人の前の餓鬼に蹴りを入れようとしたが、餓鬼は素早くこれを避け群れに戻る。
「このままでは、時間が掛かりすぎる。仕方が無いな」
 正人は、上着を脱ぐと隼人の手に自分の拳銃を握らせた。
「弾は、装填した。これはグレッグ19、自動拳銃だ15発撃てるから」
「僕、銃を撃ったこと無いですよ」
「引き金を引くだけだよ。間違っても俺を撃つなよ」
 手は震えていない。こう言う場面シーンでは、震える手で銃を撃つものなのかなと隼人は想像するが、意外と彼は冷静だった。ただ、食われている遺体を見ると、気持ち悪くなる。

 手元の銃を見つめる隼人に正人は、意味深な言葉を投げかける。
「良いか、パニックを起こすなよ。俺は、どんな姿でも俺だから」
 何を言っているんだと、隼人は理解出来ないまま正人を見つめる。
「うゎあああああああ・・・」、正人が叫び声を上げた。
 仁王立ちで全身に力を籠めると、正人の姿が変わる。
 髪は白く長くなり、額から角が2本・・・右片方の角は折れている。
 筋肉質な身体に変化し、シャツとズボンがはち切れそうになった。
 目の前で変化した正人に、隼人は驚き困惑する。
 鬼?・・・正人さんが鬼になった?・・・この人は化け物か?
「驚いたか?鬼神化を見るのは、始めてだろうからな」
 呆然と立ちすくみながら隼人は、驚きのあまり声が出ないので首を縦に振った。
「その持って来たスーツケースを開けてくれ」
 隼人がスーツケースを開けると、中には棍棒が入っていた。
「これは、金砕棒こんさいぼうだ」
 スーツケースの中を見た隼人は、こんなはがねの塊のような物が入っていたのか・・・重くなかったけどと、理解を超える出来事にモヤモヤする。
「俺の姿は恐ろしいか?見た目は違うが、俺は俺だから安心しろ」
 隼人を見つめる正人、炎のような唐紅・・・赤い目をしている。口から出る牙で恐ろしい形相に感じるが、隼人はどこか悲し気な表情に映る。
「さあ、餓鬼を片付けようか」
 鬼神化した正人は、金砕棒を片手に餓鬼の群れに突進していく。金砕棒は、本当に重く重量があるのだろう、次々に餓鬼達が叩き潰されていく。
 頭を殴ると、餓鬼の体にめり込むように形が変わる。
 横から殴られると、餓鬼は壁に叩きつけられ血を吐き絶命する。
 運良く攻撃を避けた餓鬼は、手足を潰され身動きできなくなっていた。
 餓鬼は、絶命すると黒い霧となり消えて無くなる。
 女性の頭、内臓が飛び出た胴体、無造作に散らばる手足が取り残された。
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