今世の幸せはあなたの隣で生きること

かてきん

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-第3章- 王の誕生祭と真実

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 ハッとして目が覚める。汗をかき、息も乱れている。
 目の前には眉を寄せて俺を見下ろすディルの姿があった。
「ディル……」
「ローシェ、私だ」
 自分の名前を呼んだことに喜んだ男が、俺の手を握る。
 愛おしそうに俺を見つめる紫の瞳を見て、身体がスッと冷めていくのを感じた。
「どうした。何か怖い夢でも見たか?」
「……」
 俺がそれ以上何も言わないことに溜息をつくと、ディルは言い聞かせるように話し出した。
「いいか、私とお前はまだ婚約中なんだ。逃げることはできない」
 そう言って、俺の手を愛おしそうに擦る。
 男はそのまま手を持ち上げ、そっと口づけると、俺の着ている服を脱がそうと手を掛けた。その行為に心臓がバクバクと音を立てる。
「や、やめ……ッ、」
「怖がるな。初めては優しくすると決めている」
 震える俺のことはおかまいなしにそう言うと、背中に手を回し、衣装のジッパーを下まで下げる。
 相手が恐れているのも構わず抱こうとするなんて、こいつ最低だな……!
「あのッ!」
 急に出した大きな声に、ディルの手が止まる。
「俺、記憶がないんだ!」
 そのまま男の注意を引き付けようと、俺は約二年前に池に落ちて記憶喪失になったことを告げた。
 最初は俺の言葉に眉をしかめていたディルだったが、聞き終わると納得したような表情になる。
「ああ、ローシェは自分のことを『俺』とは呼ばないな。今のお前は言葉遣いが汚く、振る舞いも野蛮だ」
 失礼な奴……! 少し頭にきながらも、目の前の男に続ける。
「そう! だから、今の俺はお前の好きだったローシェじゃないんだよ!」
 男の関心を少しでも無くすために、できるだけ粗野な口調で訴える。
「な? 全然違うだろ……?」
 男は俺をじっと見た後、口を開いた。
「お前が、グライラという家の養子になったことは分かっている」
「え……」
 予想外にディルの口から発せられた家族の名前に驚く。
「それを知った時は、貞操観念の高かったお前がどんな手を使ってあの家に取り入ったか……想像するだけでも虫唾が走ったが納得だ。そうか、記憶が無かったのか」
 ディルは俺を見下ろすと、声を低くして尋ねてくる。
「私のローシェは誰に媚を売ったんだ? お前の養父か?それともその父親か?」
 どう答えても男を怒らせる気がして、何も言えない。
「あいつらは、お前の一族のことを知らないから受け入れただけだ。真実を知ったらすぐに気味悪がって捨てられるぞ。いい加減に気付け……お前には私しかいないんだ」
 一族……真実って何のことだ?
 さっきローシェの記憶の中に居た時には気づかなかったが、この身体には何か秘密があるようだ。
 ディルは苦しそうな表情を浮かべた後、俺を抱きしめた。
「お前は私の婚約者だ。素直に付いて来なければ、新しい家族に迷惑がかかるぞ」
 家族という言葉に俺の目が揺らぐ。
「そもそも、お前に選ぶ権利はない」
 話に驚いている俺を見て、記憶が本当に無いことを確信したディルは、ローシェの一族について話し始めた。
 北のほとんどを治めるディルの一族と、その傘下であるローシェの一族。
 ローシェの一族は見目麗しい者が多く、代々生まれた子どもを一人、ディルの一族へ嫁に出す決まりがあった。
 そして嫁げば、治める国に恩恵を与えて貰える。
 それが何代も続き、ローシェの番がやってきたということだった。
 しかし彼もディルも男だ。結婚は出来ても子を成すことはできない。
 ローシェには姉が二人いたはずだ。記憶の中でチラッと見た女性達を思い出して頭を捻る俺に、ディルは続ける。
 ローシェの一族の男子は、不思議な体質で生まれてくるという。一年に一度、誕生日を迎える日だけ妊娠することができるのだ。
 え……⁈ そんなことありえるのか?
 信じられず目を見開くが、ディルの真剣な表情から嘘をついているとは思えない。
「私は小さいお前を初めて見た日から、生涯を共にしたいと願っていた」
 ローシェにとっては、あの庭で父に紹介された時が初めての出会いなのだろうが、ディルは随分小さい時からローシェを知っているようだった。
「お前の国はもう無い。今は俺の父が治めている」
 結局、婚姻で繋いできた一族だ。治める国がいつ滅んでもおかしくないだろう。
 俺は冷静に考えるが、男は責めるように言う。
「お前達一族はいつだって選ばれてきた。それを受け入れず、私から逃げたりするからだ!」
 その言葉に、静かだった心が少し揺らぐ。
 先ほどの男の言葉通り、もし俺がイヴァンの側にいることを選べば、迷惑が掛かることは明らかだ。
 相手は王族で、ローシェとの婚姻も続いている。俺がイヴァンといたいと願っても、現実には叶わないだろう。
 そして、家族全員の顔を思い浮かべる。家族になってくれたアルダリやシータ、弟達を想うと胸が痛い。
「お前は私と結婚するんだ」
 俺が動揺し始めたのを感じてか、ディルはそう言い切り、続きをしようと覆いかぶさってきた。
 身体は必死に『逃げろ』と言いたげに動くが、頭はうまく回らない。
 抑え込める程度の軽い抵抗しかしない俺を見て、ディルは諦めたと思ったようだ。
「ようやく、私のモノだな」
 そう呟き、俺の上着を脱がすと首元へキスを落とした。
 俺……どうしたら……
「アサヒ!」
 聞きなれた声と共に、入口から大きな音がした。
 ぼんやりとしていた頭が、その声ではっきりと冴え、俺は目の前の男を押しのけて扉の方へ向かって走った。
「イヴァン!」
 扉を開けると、こちらを向いて走って来るイヴァンの姿。
「こっちへ来い!」
 イヴァンは俺の腕を引き、自分の背に隠す。
 そして上半身が露わにはだけた俺の恰好を見ると、目の前の男の方へ走り出し、思い切り拳を振った。
「ぐあッ……!」
 拳は頬へ当たり、ディルは少しよろめいたがなんとか立て直してイヴァンを睨む。
「私の婚約者を返せ」
 地を這うような低い声でディルが言う。
『婚約者』という言葉に、眉を少し動かしたイヴァンだったが、守るように俺をさらに自分の背へ追いやる。
 その時、城の兵士達が数名部屋へ入ってきた。
 どうやら別の部屋にいた男達は捕らえられたようだ。
「お前か、私のローシェを奪ったのは」
 ディルがイヴァンを睨む。
「……なるほど」
 イヴァンはローシェという人物が、俺の身体の主だと気づいたようだ。
「ローシェは王族だ。お前ごときが手を出して良い相手ではない」
 な……っ、ローシェはもう王族じゃないだろ! なんで嘘つくんだ!
「私から奪ったところで、お前達は一緒になれないぞ。分かったら、早くローシェをこっちへ渡せ!」
 ディルが言い終わったところで、ゆっくりと目の前の男に近づくイヴァン。
 黙って歩いてくる様子に、少したじろぎながらも睨み続けるディル。
 イヴァンは一歩踏み出すと、その腹に拳を入れた。
「ぐぁ……」
 苦し気な声を出して倒れたディルを兵士達が取り囲む。
 唖然としている俺の手を取り、イヴァンはその場から黙って立ち去った。

 今、俺は城の医療室にいる。
 初老の医師から『身体に異常はなし』と診断されたことでイヴァンはやっと安心したのか、俺に優しい目を向ける。
 帰りの馬車の中で、俺達は少しだけ話をした。
「遅くなってすまない」
 震える声でそう言われた時、イヴァンにどれだけの心配を掛けたかを思い知らされ胸が痛んだ。
 明日から男への取り調べが始まるとのことで、ローシェの家がすでに王族ではないとすぐに分かるだろう。
 しかし、それとともにディルとの婚約の件も明らかになれば……
 俺はイヴァンと一緒に居れないのかな。
 不安が募り目が揺らいだ。
 本当であれば今日もホテルに泊まる予定であったが、急遽城に泊まることになった。
 そして部屋に通されてすぐに、王が俺達を訪ねてきた。
 ベッドに腰かけていた俺は立ちあがり礼の形を取るが、すぐに座るよう言われる。
「今回はこちらの警備の甘さゆえに怖い思いをさせた。申し訳ない」
 王に頭を下げられ、オロオロとしながらイヴァンを見る。
 イヴァンはすぐに頭を上げるよう言うと、王へ俺を見つけた時の状況を説明し、ディルについても話をした。
「やはりそうか」
 王はディルについてすでに何かを知っているようで、そう呟いて頷いた。
「不自由させるが、しばし待っていてくれ」
 取り調べが終わり次第、俺達に真実をすぐに伝えるとのことだ。
 そして俺を探しに街へ出ていたアルダリ達には、無事であることが伝えられ、今は家族全員ホテルへと戻っているという。
 全ての報告が終わり人が部屋から出ていくと、しんと静まる室内。
「イヴァン、お風呂に入りたい」
 今日は事件の間中、ずっと薄着の衣装で過ごしたため、すっかり身体が冷えていた。湯は用意してあるようで、イヴァンは俺の手を取り、風呂場へ連れていった。

「アサヒが攫われたと聞いて、心臓が止まるかと思った」
「心配かけてごめんね」
 イヴァンは湯舟の中で俺を後ろから抱きしめながら、苦しそうにそう伝える。
 どうやって俺を見つけたのか聞く俺に、イヴァンは事件の後の事を説明してくれた。
 俺が連れ去られてすぐ、ハンナが近くの衛兵とアルダリの元へ事情を伝えに走ったらしい。そのことはすぐに王へも知らされた。
 俺の身体について調べていた王は、何人か関係者と思われる人物に目星を付けていたようだ。すぐに会場の席にいない王族を特定し、街へ兵を送り込んだ。
 家族はもちろん、踊りで仲良くなった青年達も捜索に加わってくれたとのことで、会った時にはお礼を言わなければと強く思った。
 そして俺が連れ込まれた家は、ディルがローシェを捕まえるための拠点として借りていたものらしい。
 北の国まで一気に帰るとは考えづらく、一旦どこかで休憩するはずだと、大体の場所に目星を付けて探したらしいが……俺はディルの用意周到な準備に恐怖を感じた。
 ローシェをずっと何年も追いかけていた彼が、俺の存在にいつから気付き、今日という機会を伺っていたのか……考えるとゾッとして肩が震える。
「もう上がろう」
 イヴァンが俺を抱いて風呂から出る。そして丁寧に身体を拭かれ寝間着を着せられ、ベッドに座らされた。
「アサヒ、よく無事でいてくれた」
「イヴァン……助けに来てくれてありがとう」
 イヴァンが俺をぎゅっと抱きしめてくる。
 攫われて押し倒されて、怖くなかったと言ったら嘘になるが、何だか自分のことじゃないような……不思議な気分だった。
 そして、俺の身体がなぜ死にたがっていたのかという謎もようやく解け、心のモヤモヤが少し晴れた気がする。
「アサヒ、もう寝よう」
 そう言って抱きしめる腕を緩めると、俺をベッドに寝かせ自分も隣に寝転んだ。
「イヴァン……あのね」
 ディルとの婚約の話が頭をよぎる。
 もし離れることになったらと考え、今のうちにイヴァンに自分の気持ちを伝えたくなった。
「大好き」
「俺も、アサヒが好きだ」
 俺達はお互いの熱を分け合うように、抱き合って眠った。
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