鬼畜過ぎる乙女ゲームの世界に転生した俺は完璧なハッピーエンドを切望する

かてきん

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罪悪感とドキドキ

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「おはようございます。」
「おはよう。」
 朝、いつものようにシバの執務室に入る。昨日、しっかりと心を落ち着けたからか、自然にシバに挨拶が出来た。
 現在の俺とシバは、仲の良い友人のような関係だ。しかし、だからといって俺が彼を縛って良い理由にはならない。彼を取られるという嫉妬は捨て、幸せを願うべきだ。
 昨日、散々頭に叩き込んだことをもう一度、脳内で復唱する。
「マニエラ、今日仕事終わりに食事に行かないか?」
 お茶を淹れていると、後ろからシバが声を掛けてきた。俺はぎこちなく振り返る。
「すみません、今日は予定があります。」
(うう、行きたいけど、今日から俺はアックス攻略に集中するんだ。シバの時間は……彼女に使ってください。)
 シバは「そうか。」と暗い声で言うと、黙って何も言わなかった。

 仕事が終わり、俺は約束通り馬小屋に向かった。
(帰りの執務室の時間、久々地獄だったな。)
 シバが「明日は空いているか?」と尋ねてきたのに対し、「今週は空いていません。」ときっぱり言ってしまった。今週は俺の中で『アックス好感度アップ週間』であり、予定が詰まっていることは確かなのだ。小さいイベントもあり、押さえておきたい。
「……そうか。」
 シュンとした声を出さないで欲しい。シバの落ち込む様子を見ると、断るのが辛くなる。しかし、シバとはアックスと結ばれた後でまた友情を育めばいいのだ。
「君は忙しいんだな。いつなら会える?」
「……あの、5か月後なら空いてます。」
「5か月……?」
 俺は告白イベントを逆算して、一緒に遊べる時期を教えた。バッドエンドが回避されれば、城にずっと居ることができるし、シバともたっぷり遊べるだろう。
 シバは俺の発言に、珍しく眉をひそめて驚いた声を出した。
(こんなに驚く姿初めて見た。)
 貴重な表情を見逃さないようにと見つめる。
「なぜそんなに先なんだ?」
「あの、訳があって。」
「……。」
 シバはまた黙って、これ以上は何も聞いてこなかった。
(はぁ~、良かった。納得してくれたみたい。)
 俺はお茶を出して、さっさと執務室を出た。

 馬小屋に着いた俺は、アックスから「今夜空いてるか?」と聞かれた。普段は会議や上司との会合、夜の見回りがあったりとなかなか忙しいアックスだったが、今日はこの後何も無いようだ。
「空いてます!」
「はは、良かった。食事でもどうだ?」
「ぜひご一緒させて下さい!」
 俺の前のめりな返事に笑いながら、アックスが「実は、昨日から誘おうと思ってたんだ。」と告白した。
(早速アックスから誘われるなんて、良い感じ!)
 俺は嬉しくなって、エマのブラッシングに力が入った。

「アックスはいつも美味しいお店を知ってますね!」
「よく上司に連れて行ってもらうからな。」
 文官とは違って飲み会が多い騎士達だ。父も騎士棟で仕事をするようになってから、各段に外で食事をして帰る回数が増えた。アックスも今までいろんな店に行ったんだろう。
「お待たせしました。ポークリブです。」
 大きい骨付き肉に、俺が「わぁ~!」と声を出す。4,5人で食べてちょうどよいのでは……?という大きさの肉は、凄い迫力だった。
「これ、俺達だけで食べきれますかね。」
「残ったら俺が食べる。」
「アックスだったら大丈夫そうですね。」
 俺がアックスの食べっぷりを思い出してクスクス笑っていると、肉を切り分けていた店員が余裕な顔で近づいてきた。
「もし全部食べきったら、店から何かサービスしますよ。」
「言ったな?」
「もし食べきれたら、ですよ。無理はされないで下さい。もちろんお持ち帰りもできますので。」
 アックスは俺に「最後にデザートでも貰おうか。」と耳元でこそっと言うと、切り分けられた肉を手で掴んだ。

 あれからアックスは大きなリブを全てたいらげ、店員は慌ててデザートメニューを持ってきた。
「セラは決めたか?」
「うーん、これにします。」
 アイスとシャーベットが半々乗っているものを選ぶと、アックスも選んだデザートを店員に伝える。
「いつも良い事がありますね、俺達。今回はアックスのおかげですけど。」
「俺はいつも通り食事をしただけだ。だから、ラッキーだ。」
 アックスは楽しそうに笑っている。
「お待たせしました。サービスです!」
 店員が『サービス』を強調して俺達の前にデザートを並べる。アックスはあんなに食べた後でありながら、大きなパンケーキを注文していた。
「美味しそうですね。」
「俺のも食べていいぞ。」
 運ばれてきた自分のデザートを見て、俺はシバとカフェに行った時を思い出した。あの時は、店員さんが俺にナンパしていると勘違いしたシバが、俺を助けるために恋人のフリをして……。
(って、駄目だ!シバのことを思い出すな!)
 せっかくアックスと食事をしているというのに、他の人のことを考えるなんて失礼だ。俺は気持ちを切り替えて、真っ白なアイスを掬った。

 アックスと一緒に宿舎の分かれ道まで戻ってきた。今はまだ9時半であり、これから帰って寝れば、明日も元気に仕事に行けるだろう。
「今日は楽しかった。」
「こちらこそ。またごちそうになってしまって……。」
申し訳なく思ってそう言うと、笑いながら、「俺が誘ったんだ、気にするな。」と言った。
(アックスって本当に優しいな……。)
 改めて自分の恋人になる予定である目の前の男に感心していると、アックスが俺をふわっと抱きしめてきた。
「ア、アックス?!」
「明日も会いたい。」
「……はい、あ、会いましょう。」
 そう言うと、アックスはパッと離れる。
「本当か?」
 疑うような顔で覗き込まれ、笑いが溢れる。
「ふふっ……、じゃあ、騎士棟に伺ってもいいですか?」
「構わないが、何か用があるのか?」
「先日、城まで送ってくれた騎士の方々にお礼をしたくて。」
「あいつらにそんなことはしなくていいぞ。」
「いえ、もう準備をしているので。」
 俺が強く食い下がるので、アックスは「あいつらも喜ぶ。」と笑った。
 門の前まで迎えに行くと時間を伝えられ、俺は明日もアックスに会えるのだと嬉しく思った。


 次の日の朝、俺はいつもより2時間早く目を覚ました。
 休みの日にラルクに習ったパンを焼き、昨日下準備をしておいた材料でお菓子をいくつか作る。

「セラ、朝からどうしたの?」
 甘く香ばしい匂いが広がるリビングに現れた父は、テーブルに広がるパンやお菓子を見てびっくりしている。
「今日、帰りに騎士棟に寄るんだ。この前、レストランから送ってもらったって言ったでしょ。あの人達にお礼をしようと思って。」
「ああ、セラが酔っ払った時の。」
「うん……まぁ、間違ってはないけど。……今から包もうと思うんだけど、手伝ってくれない?」
「任せて!」
 俺は父とワイワイ言いながらお菓子を箱に詰めた。

「失礼します。」
 今日も朝からシバの執務室に向かう。どっさり用意したパンとお菓子が入った袋は、シバに見られては困るため、この扉の前に置いてきた。
「マニエラ。」
「お茶を淹れますね。」
 俺を見て立ち上がったシバを無視して、さっさとお茶を淹れる。
(あれから、レベッカさんとは会ったのかな。いや、電話で愛を育んでるのかも。)
「はい、どうぞ。」
「気分でも悪いのか?」
 俺が目を合わせないようにお茶を差し出すと、シバが俺に聞いてきた。
「元気です。」
「……泊まりに来た日から様子がおかしい。」
(う、それはシバが告白されたなんて俺に言うから……!)
 もし俺が彼女だったとして、愛するシバが別の人をスキンシップの練習に使っていると知ったら凄くショックだ。しかもお泊りしたり手作り弁当を食べたりーーたとえこれが友情であったとしても、傍から見たらそうは見えないかもしれない。
(俺だってシバといつも通りにしたいけど、仕方なく避けてるんだ!)
 黙っている俺の側に、シバが歩いて近寄ってくる。シーンとした執務室でカツカツと足音だけが響き、俺は逃げるべきか悩む。
 目の前に立ったシバは、俺を見下ろし手をスッと出した。
「あ……ッ、」
「何かあったのか?」
 シバが心配するように俺の頬を撫でた。
(避けようと思えばできたのに……。)
 俺は口をパクパクとさせる。顔は、久々のシバの体温を感じたことで真っ赤になっているだろう。しかし、その眉は罪悪感で少し下がっている。
「どういう表情だ?」
 シバが首を傾げた。俺は金縛りにあったように動けなくなり、そんな俺にシバがさらに近づく。髪の隙間からは青く小さいピアスが覗き、俺は緊張をごまかすためにそれを見つめた。
「甘い匂いがする。朝から何か作ったのか?」
 シバが俺のこめかみ近くに顔を寄せる。とうとう耐え切れなくなり、シバの胸を押す。
「行ってきます!」
そう叫んで部屋を飛び出した。
(ドキドキと、罪悪感で、死にそう…。)
 俺は扉の前で、しばらく息を整えてからシュリのいる部屋へと向かった。
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