【完結】檻の中、微睡む番を愛でる竜

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2.ディランとの出会い ※

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 ルシアはもともと伯爵家の長女だった。
 ただルシアは少し頭でっかちで、趣味は魔草薬の研究で常に薬草のことばかり考え本を読み漁っていたら頭が狂っていると言われ厄介払いとばかりに本邸からは遠く離れた別荘に15歳の時に隔離されてしまった。

 当時若い侍女が2人、ルシアについてきたがすぐにその月の生活費ごと行方をくらました。
 そうなるだろうとルシアは初めから予想しており、最低限必要な額はあらかじめ抜き取っていたため特に困ることなくルシアのお一人様生活は始まった。

 一人暮らしのため、服にも見た目にも頓着せずにただひたすら本を読む生活だった。
 適当なものを食べて、適当な服を着て、送られてくる少ない生活費のほとんどを本や薬草を買うのに充てて、薬草について調べるだけで一日が過ぎていく。

 令嬢らしからぬ、15歳の少女らしからぬ生活だったが、ルシアにとってはとても楽しく充実した毎日で本邸での生活よりも何倍も楽だった。
 あわよくば学校に通ってみたり、せめて家庭教師に勉強を教わってみたいという欲はあって、何度か実家に手紙を書いてみたりしたことはあったが、返事が来ることはなく早々に諦めた。


 そんなこんなで5年が経ってルシアが20歳を迎えたとき、ディランと出会った。当時、ディランはまだ幼く10歳ほどの少年だった。

 雨の日にしか採れない貴重な魔草を摘んだ帰り道、家の前にディランが倒れていた。黒髪赤目。とても綺麗な顔立ちをしていて、この国では随分と珍しい色を持つ子供だと思った記憶がある。

 ディランは怪我をしたりはしていなかったが、衰弱しているようで動けなくなっていた。
 人と関わった経験がほとんどなかったルシアは彼がとても恐ろしく感じたが見殺しにすることはできず、背負って連れて帰り、魔草薬の知識を使って介抱した。

 自宅で服を着替えさせたり、暖を取ったりして一休みしたのちすぐに医者に連れて行こうとしたのだが、ディランに強く拒まれ、もともと人に関わることにあまり積極的ではないルシアは素直にその意志を受け入れて、ひとまず自宅療養で様子を見ることにした。


 幸いルシアがそこらへんの医者以上に薬草に詳しかったのとディランがかなり丈夫な体質だったお陰で、あれだけ衰弱していたのに数日で走り回れるほどに回復してしまった。

 その時のルシアは丈夫な子で良かったと安心するだけで何もおかしいとは思っていなかった。医者を嫌がったのも、並外れた食事量も自分以外の人間とほとんど共同生活をしてこなかったルシアの目にはおかしく映らなかったのだった。


 ディランは賢い子供だった。
 賢い子であるからこそ何も話してくれなかった。

 ルシアはディランの体力が回復するとすぐに家族の元へ帰そうと思ったが、ディランはそれを必死に拒んだ。

 家族の元には帰りたくない。
 でも理由は言えない。

 どんなに巧みに口をわらせようとしても絶対に自分の身の上を話すことはなかった。ただここにいさせてくれと、それだけを切に願い、ルシアに頭を下げた。

 初めは幼い子供がこんな場所にいるなんて良くないとルシアでさえ思った。

 何度も説得を続けて、自宅に帰るように、一人で帰れない場所ならば手立てを考えるから自宅を教えるようにとディランに告げた。
 何度尋ねてもディランは口をわらなくて、次第にルシアはその姿を自分に重ねるようになった。

 実家などない。自分に帰る場所などない。一人でずっといられるこの別荘がルシアのお家。

 きっと少年も並々ならぬ理由があって帰りたくないのではないかと思うようになって、次第に少年に自宅に帰るように説得することも無くなっていった。

 そうして始まった少年との生活はそれなりに楽しいものだった。

 ルシアは20歳、少年は10歳。
 姉弟というには少し歳が離れていて、親子というには近すぎる。

 微妙な関係で、気まずくなるかと思いきや、少年はとても大人びていて話していても楽しく、生活面もルシアに迷惑をかける事がないどころか、ズボラで適当なルシアの方が世話を焼かれるくらいだった。

 少年は変わっているルシアが変わっていると思うほど変わっていて、でもそのおかげでルシアは一緒に生活していてもストレスひとつ感じずに過ごすことができた。


 転機が訪れたのは少年が12歳の時だった。
 夜に風呂に入っている時、あまりにも少年の風呂の時間が長かったため、その日は不安になってつい、様子を覗いてしまったのだ。

 湯船に溺れていたりしないかとこっそり隙間から伺うと、ディランは溺れているなんてことはなく、浴槽の縁に腰掛けて一心不乱に自身の下半身にあるものを扱いていた。

 あ、これは見てはいけないものだ、とルシアは思ったがなぜか目が離せなくて、ついその場で一部始終を見てしまった。

 裸のディランはまだ少年の体をしていてどこもかしこも小さく幼いのに、中心についている雄の印だけは幼いながらにそれなりの質量をしていてルシアはごくりと息を呑んだ。

 ディランは竿の部分を握ると上下に素早く扱いて気持ち良さそうな顔をしていて、扱けば扱くほど肉竿は太く大きく膨らんでいく。

 薬学について調べるついでに人の体についても多少は勉強していたため、人間の男と女の体のつくりや生殖行為についてもルシアはあらかた頭には入っていたが、生の男性のソレを目にしたのは初めてで、ルシアにとってとても衝撃的な映像だった。

 あんな風になっているんだ。あんなに大きく膨らむんだと観察していると興味が湧いてその場から動けなくなった。

 男の人ってどうやって射精するのだろう。

 そんな疑問をまだ12歳のディランにぶつけるのは間違っているとわかってはいたが、ここで見るチャンスを失うと今後一生見られないかもしれないと思い、つい見たくなってしまった。

 一度だけ、こっそり見るだけ。

 そう思って眺めているとどんどんディランの息遣いは荒くなっていき、扱く速度も上がっていく。
 気持ち良さそうに顔を歪めて腰をびくびくと動かして湧き上がってくる衝動のままにディランは自身の雄を扱く。

 張り詰めるように膨らんで一際甘く切なげな声を漏らした瞬間、ディランは小さな声で呟いた。

「…ルシア」

 そんな、嘘だ。

 驚いて目を見開いた瞬間、ディランの雄の先端から真っ白い液が一直線に飛んだ。床に散らばり飛沫は飛び散り、随分としっかりとした量が放たれた。

 ルシアはディランの気持ち良さそうな様子に顔を赤く染めて、全ての精が出切る前に慌ててその場を後にした。

 今の光景をルシアは見るべきではなかった。
 それ以上に今の言葉を聞いてはいけなかった。

 ルシアにとってディランはとても良くできた弟のような存在で、恋愛対象でなければ男として認識すらしていなかった。
 それはディランもきっと同じで、10も年上のルシアなど頼りない母親のようなおばさんくらいにしか見えていないものだとばかり思っていた。

 全然そんなことはなかったなんて。

 ディランは精を吐き出す瞬間、確かにルシアの名前を読んでいた。小さい声だったがルシアにはしっかりと聴こえた。
 つまりはルシアを思って自慰行為をしていたことになる。ルシアを異性として認識して、さらにはそういった行為のオカズにしているなんて。

 気持ち悪いとは思わなかった。
 その時はそんなことを思うほど頭が回っていなくて、目の前で起きたことを事実として認識して受け止められたのがその数日後だった。


 あの衝撃的な一夜からルシアの中でのディランが変わった。

 幼い子供でしかなかったディランが急に一人の男の子という分類に入り、気を使うようになった。
 風呂の時間に風呂場に近づくことは無くなったし、下着も洗濯の時に不用意に触らないようにした。

 たとえディランがルシアの目の前で着替え始めたとしても極力見ないように気をつけた。
 家の中にいる時もすれ違う時やものを渡す時に体や手が触れないようにして、スプーンやフォークもたまに二人の間で使い回していたのをやめた。


 ルシアが一方的に気をつけ始めただけでディランは特にその変化に気にしている素振りはなかったが、ルシアが10歳の時から寂しがるディランに続けていた添い寝をやめて部屋もそろそろ分けようと提案した時だけは珍しく難色を示した。

「どうしても、一緒に寝てはいけませんか」
 
 今でも覚えている。子供にしては大人びた言葉遣い。

 聞き分けのいいディランがとても不服そうにしてルシアの服を引っ張り上目遣いで尋ねてきた。
 違うベッドで寝るだけなのに何故かひどく絶望したような悲しみに打ちひしがれるような顔をしていてルシアは慌てて告げた。

「だって、ディランももう12歳なのよ。一人で寝るのも寂しくないでしょう」
「寂しいと言えば一緒に寝てくれますか」

 とても必死な様子だったが、ディランのあんな姿を見てなおも一緒のベッドで寝るという選択はいくら図太いルシアにもできなかった。

「ごめんね」
「僕のことが怖いですか」
「どうして怖いなんて思うの。ただそろそろ一人で寝る歳だと思うから言ってるだけ」
「僕のことが気持ち悪いですか」
「そんなわけないでしょう」

 ルシアも必死になって宥めたがディランはひどく動揺していて顔はどんどん暗くなる。ルシアは仕方なく、あまり触れないようにしていたディランの手を取り、屈んで抱きしめてあげた。

「ディランのことが嫌いになったんじゃないの。ただ、ディランがこれから大人になるのに必要なことだと思うの」

 悲しませてごめんね、と謝るとディランはルシアの首に手を回して一生懸命抱きついて頭を擦り付けた後小さな声で告げた。

「わかりました。一人で寝ます」

 到底納得したというような顔ではなかったが、その日からディランは別の部屋で夜は眠ることになった。



 今生の別れのような勢いでディランが別の部屋に移ってからルシアの生活はとても穏やかなものだった。
 
 朝起きて、服を着替えて、朝食を食べて本を読んで、昼食を食べて魔草薬のレシピを書いて、夕飯を食べて、論文を読んで。

 精神衛生上の問題も消え、住まわせてくれるお礼だと言って家事はディランが率先してやってくれるため、ルシアは趣味により一層没頭することができた。

 ディランが来たばかりの時は家事をしたいと言い出したディランに対して、そんな簡単なものではないし、思いの外重労働だからすぐ諦めるだろうと思っていた。
 それでもやりたいと自分から言っているのだし一度任せてみようと全て放り投げて、幼いディランが家事をしている間に怪我だけはしないよう見張っているとルシアの想像をはるかに上回る働きぶりで、興味があること以外は基本的に適当で雑なルシアよりもディランは何倍も家事が上手かった。

 ただ家事をこなすだけでなく、やりくりが上手いというか要領が良く、洗濯や炊事、掃除、何をさせても低予算、短時間で終わらせてしまった。
 今まで頑張って一人でやりくりして上手くできていると勝手に思っていたルシアが間抜けに思えてしまうほどだった。

 それからまた2年。ディランが14歳になる頃にはルシアはほとんど家事をやらなくなってしまった。


 2人で生活しているのだから手伝わないといけないと思っていたが、家事をする時間があるなら少しでも読書や調合に費やしたかったのと、ディランにも手伝いは不要、ルシアの全ての世話は自分がすると言い出したので全て任せることにしてしまった。

 今考えれば14歳の子供がルシアの世話がしたいなんて言い出すのはおかしなことだし、あそこまで完璧にこなしてしまうのもおかしいと疑うべきだった。 

 その時のルシアはなんて優秀な子なのだと感動しながら、ディランのおかげで浮いたお金でうまうまと大人気なく専門書を買い漁っていた。

 ディランのためにお金を使ったのは洋服なんかの生活用品を買うためだけで、他に欲しいものはないのかと問えば、必ずルシアの欲しいものを買って欲しいと言うからルシアは何も考えずにそうしていた。

 まだ幼い子供が欲しいものがないなんて言うのはおかしいし、ルシアが専門書を買った日にはそれがどんな本でどのような点が素晴らしいか熱心に聞いてくれた。
 しまいにはルシアの学んでいる魔草学をディランも勉強してみたいと言い出して、ルシアは嬉々としてこの国の文字を教えたし、魔草学だけでなく薬学を知るのに必要な生物学、薬学史などを中心に知っている限りの専門知識を熱心に叩き込んだ。

 もちろん今まで一人ぼっちで誰かに物事を教えたり、誰かと一緒に勉強をした経験がなかったルシアは自分が物事を覚えた時の難易度や進度でディランに勉強を教えた。
 学校に行ったことがないルシアが知っている本というのは本屋や図書館に置いてある学術書や専門書、あとは論文くらいで、教えるときもそれらを使った。

 どう考えても初心者向けの講座ではなかったが、それでもディランは優秀な生徒で、ルシアのわかりづらいのに熱だけは篭った授業を難なく理解してしまった。

 よく考えればおかしい。そんな子供がどこにいるのか。

 それでも、その時は物分かりがいいと感心さえすれど、素直で社会性が皆無なルシアは何も疑っていなかった。


 家事はやらなくていいし、ルシアの趣味に没頭できるし、更には趣味を語り合う仲間さえできて、なんだか都合のいい夢を見ているような幸せな日々を満喫していた。



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