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前編
しおりを挟む産まれた時から魔力が強く、子供ながらに大量の魔力を使う魔道具が使えた。
5歳で受ける属性測定も、火・水・土・風・光・闇の6つのうち1人1つが基本の中、黄色がかった赤髪の私は、髪色と属性が一致する例に漏れず火と風の2属性を持っていた。
地方領主でそこそこ裕福だった事から、子供の能力を喜んだ両親は王都の騎士団か教団で活躍する将来を願い、家庭教師を雇ってくれた。
王都の騎士学校には通えなかったものの(全寮制で莫大な資金が必要だった)、騎士団・術師部門の入団試験に無事合格した。
エイナ・ラズナルト、18歳。
今日から王都の騎士団に所属します。
---
「おらっ!手ぇ抜いてんじゃねーぞ!魔物は待ってくれねぇんだ!言葉の通じる人間相手と思うな!」
鬼教官の声が、訓練場に響く。
ついでにへとへとで、地面にへばりついている私の頭にも響く。
今まで魔術の練習は散々してきて、火と風の混合魔術さえ使える私は天狗になっていました。
まさかこんなに体力がいるなんて…。
冷静になれば魔物と対峙する体力や、咄嗟の時に身を守る剣術が必要だって分かったんだけど、なぜか魔術さえ強ければいいと思ってたんだよね…。
「はっ!情けねぇな、ラズナルト!こんなのが俺様のペアとか、信じられねぇな!」
私とペアになる予定の剣士、シューロア・リンダールが、仁王立ちで見下ろしてくる。
金髪碧眼・容姿端麗、王都に隣接する大都市リンダールを治める家の次男なのに、婚約者がいない適齢期の20歳とあって、女性人気は凄まじい。
本人もそれを分かっていて、女性には優しく柔らかく接するのに、私にはこの態度。
地方都市のひ弱な小娘とペアを組まされて、おかんむりなんだよね。
「はぁ…。シュー…、水ちょうだい…」
「名前を略すなって言ってんだろ!?」
自分だって地方都市ラズナルト領をバカにするために、私の家名で呼ぶくせに。
「次は素振り100回!遅れたペアは2人とも走り込み追加だ!」
「ちょっ…!早く立て!」
「ムリ…水…」
この後しっかり走り込みましたとも。ええ。
---
「エイナ、お前の能力はピカイチだ。そこを見込んで入団させたが…ちぃと体力が無さすぎねぇか?」
団職員に与えられる政務室で、鬼教官こと教育担当の引退騎士スヴェンが苦々しい顔をする。
「そんなこと言われましても…。今まで魔術ばかり練習してましたし…」
「田舎出身だし、基礎体力はあると思ってたんだがな…。ラズナルト領で箱入り嬢ちゃんだったって訳か…」
「はぁ、すいません…」
スヴェンが重いため息を吐く。
「まぁ、入団させたものは仕方ねぇな。もちろん体力作りは続けてもらうが、お前は隊の後方でデカイ魔術を使う配置で確定するぜ?」
「はい、お願いします」
話は終わったとばかりに、書類に視線を戻すスヴェンに、私は前から思っていた疑問を投げ掛けた。
「あの…教官。私のペアはなぜシューロアなんでしょうか?もっと身分や力の釣り合った人の方がいいと思うのですが…」
騎士団に入る方法は2つ。
王都の騎士学校を卒業するか、入団試験を受けるか。
前者は裕福で格式のある家の令息令嬢がほとんどで、
後者は金のない貴族や、家庭教師の雇える商家、生まれつき能力の優れた平民となる。
もちろんシューは前者、私は後者。
同じ騎士団所属と言えども、この違いは影ではずっとついてまわり、暗黙の区別となっている。
なので、ペアも軋轢がないよう同じ境遇の人同士が組まされるものなのだが…
「それは…だな、色々事情はあるんだが…。これは内部機密にも関わるから、もう少しこのまま待ってくれ。問題ないと判断すれば、ペアを変えてやる」
「はぁ…分かりました」
言葉を濁し濁し言っていたのは気になるが、団の方針なら従うしかない。
明日の訓練のために、早く寝て回復しておかないと。
「あなた、自分の立場が判っていて?」
もう少しで宿舎に着くのに、厄介なのに絡まれた。
着るものからして材質が違う、ザ・お嬢様達。
髪や化粧に時間をかける余裕があるなら、必死で訓練すればいいのに。
「シューロア様のペアは、あなたには身分不相応だわ」
「そんなボロボロの服を着て、恥ずかしくないのかしら」
「わたくしなら、自ら故郷に帰りますわね」
私より使える魔術のレベルが低いくせに、よく言うよ。
騎士学校上がりでシュー狙いの令嬢達は、私が気に入らなくて度々突っ掛かってくる。
最初は言い返していたが、何を言っても「シューロア様シューロア様」ってうるさいから、最近は無視する事にしている。
これもあるから、早くペア解消したいんだよね。
「あなた、聞いてまして?」
「もちろんです。お優しいシューロア様は我慢して私に合わせて下さってるので、皆さんの方が相応しいですよ」
「…わかっているなら宜しいわ」
こう言ってニッコリ笑えば大抵引き下がる。
悲しいかな、貴族と渡り合う処世術ばかり身に付いていく。
こんなことするために騎士団に入った訳じゃないのにな。
---
朝は鬼教官スヴェンの基礎訓練をペアで受けて、
昼からはシューは剣術、私は魔術と別々の訓練を受ける。
そもそもペアとは剣士と術師の2人で組む制度の事で、
力重視の剣士は男が多く、器用さ重視の術師は女が多い。
そしてその性別の偏りのせいで、男剣士と女術師の組み合わせが普通なのだ。
そりゃあシューロア様と組めるかも!と夢見てた女性は多いはず。
それがこんな属性だけが取り柄の、地味でひ弱な女だもん。
シューも周りも納得しないよね。
で、ペアを組むメリットは、前衛後衛の連携にある。
戦闘時、基本は複数人の隊列で動くものの、相手は魔物なので無秩序な動きから分断される事も多い。
混戦になった時はペアで行動し、前衛剣士が敵を引き付けている間に、後衛術師が魔術を発動させ仕留めるのだ。
この時の動きを2人で瞬時に合わせるため、ペアは普段から戦略を立て連携を練習する。
それにペアが複数集まれば小隊として動けるので、騎士は個々の強さと臨機応変さが求められるのだ。
朝の訓練は散々だったもんね、昼からは得意分野だし、シューとの差を詰めるために頑張らないと…!
…と、張り切って全力を出したのがダメでした。
私の放てる最威力の魔術を撃った時、世界がフェードアウトしました。
万全の状態で撃って、魔力枯渇一歩手前だったもんなぁ。
訓練で疲れた身体にはムリだったみたい。
「エイナさん、気付いたかしら?」
魔術教官のリール先生が私を覗き込んでいる。
あれ?ここどこだ?ベッド?
「疲れている時に全力を出すものじゃありませんわ。戦場で魔力枯渇を起こしたら、魔物に食べられましてよ?」
「はい…すいません。油断してました」
「あなたのその術は切り札になりますが、実戦で使うにはまだ無理がありそうですわ。魔力の底上げをするとか、戦略を見直すとか、ペアと相談なさって」
そう言うとリール先生は、部屋の壁にもたれていたシューロアへ目線を移す。
えっ!?何でシューがここに?
私の驚きが伝わったのか、先生が優しい目をした。
「シューロアさんは、倒れたあなたを医務室まで運んでくれましたの。あなたたちペアは言葉が足りないわ、もっと話し合いが必要ですわね」
そう言うと席を立ち、部屋を出ていった。
…シューは動く気がないみたい。沈黙が気まずい。
「あ、あの、運んでくれたみたいで…ごめんね?」
「…まったくだ、俺の手を煩わせやがって…」
組んでた腕をほどきながら、さっきまで先生が座っていた椅子に腰を下ろす。
「魔物と戦う騎士団は、安全策を取ることを第一に求められる。戦争と違って、負けたら捕虜になる事なんてない。即、死だ」
いつになく真剣な表情で圧倒される。
美形の真顔を近くで見るのは、精神力が削られる…。
「お前が自分の魔力残量を読み違えるとは…」
「違うの!きっと足りないと思ったんだけど、これを乗り越えれば強くなれるかと思って!…ダメだったんだけど」
「お前のそういうとこは好ましく思ってる。が、いくら訓練だからって無茶すれば、それがクセ付いちまう」
え?好ましいって言った?
「え、私、シューに嫌われてると思ってたんだけど…」
「勘違いしてんじゃねぇ!努力する姿勢は好ましいって言ってんだ!フリフリ着飾って、男の気を惹く事しか考えてない奴より、よっぽどマシってだけだ!!」
そんなふうに思ってくれてるんだ。
私なんて完全否定かと思ってたから、ちょっと嬉しい。
「とにかく!次から無茶はするな!俺だって剣技で魔物にダメージを入れられる。俺とお前で力を合わせて倒せばいい。そんな強力な魔法は必要ねぇからな!」
そう言い捨てて出ていった。
ってか、剣士の訓練場って離れてるんだけどな。
何で私が倒れたの、分かったんだろう?
---
それから数ヶ月、特に大きな事件などもなく、私たちは訓練に励んでいる。
私とシューの仲は、連携練習をする内にだんだん打ち解けてきた…と思う。
あの日以降、略して呼んでも何も言わないし、私の事も家名で呼ばなくなった(変わりに「おい」とか「お前」で呼ばれるんだけど)。
それから僻んでいた令嬢達も、私たちのペアを解消するのは諦めたみたい。
だってシューが私を訓練に引きずり出し、汚い口調で指示飛ばして、ミスるとめちゃ怒るもんね。
普段の丁寧なシューしか知らないお嬢様方は、私を女ではなく「使い勝手の良い召し使い」ぐらいに思ってるのかも。
それでも突っ掛かってくるのが数人…。
地位が高い人達ばかりだから、本気でシューの婚約者の座を狙ってるんだろうね。
こんな小者相手に怒ってどうすんの?って思うんだけど…。
そんな平和だった日常に、嫌な変化が訪れた。
この国、ローベルト王国は、北側が魔の国に接している。
そのため国境は騎士が常に見張り、こちらに来た魔物は容赦なく討伐する。
そして数年~数十年に1度、理由は不明だが魔物が大量に発生する時期があるのだ。
「最近魔物が頻発している。国境に常駐している騎士だけでは対応しきれなくなってきた。お前達も入団してもうすぐ1年。少し早いが実戦に移ってもらう」
国境から伝令を持ってきた騎士が、訓練場の新米騎士達に告げる。
「内容は哨戒。討伐は常駐のベテラン騎士が行う。ただ、駆け付けるまでに多少時間がかかるため、その間の牽制をしてもらう事になる。直接対峙せず、時間が稼げる方法をペアで考えておくように」
隣にいるシューと、思わず顔を見合わせる。
少しザワついたので、皆とまどっているんだろう。
そりゃそうだよね、今まで魔物を倒す訓練しかしてなかったんだから。
「あー、静かにしろ!とりあえず、剣士・術師に分かれて、牽制に使える武器や、属性別の一般的に使える技を教えてやる!」
訓練場は今までにないざわめきで埋め尽くされている。
私とシューもその中の1つ。
お互い聞いた話の報告と、自分達にはどんな方法が使えるかの検討中だ。
「俺は剣がメインだが、牽制には槍とか長さのある武器が良いらしい。それと投擲に使える短剣だな。剣だとどうしても近付きすぎるから、討伐になっちまう」
「確かにそうね…。でも投擲となると、技や属性の付与はどうなるの?」
剣士の技は、魔力を筋力や速さに変換した肉体強化と、
剣などの武器に属性を付与する方法とがある。
また属性付与と一口に言っても、自分で発動するタイプ(炎を纏わせるとか、風で遠距離に衝撃波を飛ばすとか)と、攻撃をして初めて発動されるタイプ(触れた部分から凍っていくとか、重力が増加されるとか)に分かれる。
シューが得意なのは肉体強化。今までの訓練でもこれしか見たことがない。
金髪のシューは土属性なので、武器に石化や重力の付与も出来るらしいが、本人曰くセンスがなく時間も魔力も大幅にかかるので、実戦で使うのは無理らしい。
なら、あらかじめ付与しておけば?と思うが、効果時間が短く、持って精々10分ほど。万全な状態で「こっちから仕掛ける」時に付与するぐらいかな。
なので瞬時に武器に属性付与出来る騎士は一握りだという。
そりゃあセンスがあれば術師を希望する人だっているもんね。
少数だけど男性術師もいるし。
「投げるスピードは俺の筋力強化で問題ない。付与は…ちょっともったいねぇが、短剣に魔道具を仕込んで、何かに当たれば目潰しの光や煙が出るように出来ないか考えてるとこだ。技術的には可能だが、後はいくらコストを押さえられるか…だな」
後は槍を習う!と意気込んでいるシューはほんと前向きで凄いと思う。
それに比べて私は…
「そっか、じゃあ私は魔物を見付けたら直ぐに伝令魔術を飛ばして…その後はシューのフォローするね?」
自信無さげに言うと、シューが目を見開く。
「お前は風魔術があるんじゃ…?」
「そうなんだけど…私、メインが火で、風はあんまり強いのが使えなくて…」
魔物を討伐する目的で編み出した、火魔術に風魔術を少し加えて高温の炎を作るのが私の十八番。
でも今回は牽制だから、無闇に火魔術を使うと周りの森に燃え移ってしまう。
そのため、火魔術は確実に魔物に当てられる時以外は使ってはいけないとされている。
かといって、風魔術は髪色からも分かるように、あまり強いのは使えない(メインは赤髪で、そこに薄く緑が混じって黄色に見える場所もある程度)。
「それでも、風を吹かせて砂埃をあげたり、一瞬の突風で怯ませたりは出来るんじゃねぇか?」
珍しく落ち込んでいる私を、シューが慰めてくれる。
「…そうだね、今まで風魔術単体で使った事がなかったから、どれだけ出来るか試してから考えてみるね」
「一人で背負い込むなよ、ペアなんだから」
シューは私の頭をクシャっと撫でて、剣士の訓練場に向かった。
…もう!子供じゃないんだからね!
---
国境に出発する1週間前。
私はまだ風魔術が上手く発動出来ずにいた。
リール先生の見立てでは、目眩まし程度の砂埃が舞う「つむじ風」は起こせるらしいんだけど、そよ風程にしかならない。
これでは術単体で戦闘に役立つはずもなく…。
「うーん、子供の頃から火魔術ばかり練習したのが仇になったのかしらねぇ?2属性を持つ人は少ないから確定ではないのだけれど、風魔術の分の魔力を、無意識に火魔術の魔力に変換しているのだと思いますわ」
私の髪色を見る限り、本来、私の魔力の配分は火が8・風が2ぐらいなのに、今は火が9以上・風が1以下らしい。
これは努力の賜物で、研究機関で調べたいレベルに珍しい事らしいんだけど、今回はほんと喜べないよ…。
「先生、じゃあ哨戒で私が出来る事はないのでしょうか…?このままシューとペアでいても足を引っ張るだけですし、何なら解消して裏方でも…」
リール先生は顎に手を当てて、うつむきながら何か思案していたようだったが、私の言葉を聞いて、少し困った顔を向けてきた。
「そうですわね…。教官としては、このままのあなたを戦場に出すことは反対致しますが…。ただ、シューロアさんが納得するとは思えないですわ」
「シューは…今でも毎日、私の役割を考えてくれています…」
「そうねぇ、それにシューロアさんは強いから、いざとなったら一人で囮になる気でしょうね」
「そんな!私はそんな事、シューにさせたくありません!」
まさか、シューがそこまで思ってくれているとは思わなかった。
私の努力が好ましいって言ってたから、努力が無駄にならないように、それにペアを解消してシューの気に入らない相手がペアにならないように、Win-Winの関係だと思っていた。
「…あなた達を見てると、どうもお節介を焼きたくなりますわね。以前、わたくしが「魔力の底上げが出来れば」って言ったのを覚えてらっしゃる?」
「たしか…魔力枯渇で倒れた時、医務室で…。でもそんな事、出来るんですか?」
「新人には伝えない規律になっているのだけれど…。今回は特例ですし…。ただ、わたくしの独断では決められないので、ペア解消の件も含めてスヴェン教官と相談しますわ。17時頃、2人揃って教官の執務室にいらっしゃいな」
私を安心させるように微笑むと、リール先生は執務室に向かって行った。
私は…シューにこの件を伝えなくちゃいけないんだけど…。
最初から暴言は吐かれたけど、でもなぜかシューからペア解消なんて言われた事がないし、正直反応が怖いな…。
今の私を引き止めて欲しいなんておこがましいし、かといってアッサリ解消しようって言われるのも辛い…。
…私、いつの間にかシューの事、離れるのが辛いって感じるぐらいに思ってたんだな。
もし今回はこのままペアを組み続けられるとしても、いつかはシューも婚約して結婚するし、私だって地方とはいえ領主の娘、政略結婚は余儀なくされるだろう。
男は嫡男以外は結婚しても騎士団に残る人が大半だが、女は相手の家に入るのでそうはいかない。それに遅くとも妊娠したら辞めないと、危険な仕事だしね。
…そう考えると、シューとペアでいられるのも、長くてあと数年なのかも。
自分でも言い様のない虚しさが心に広がる。
…とりあえずシューに会わないと…と、周りに気を配っていないのが悪かった。
「あなた!なぜこんな所にいるのかしら?」
「そんなボロボロで私達のテリトリーに入ってこないで下さる?」
シューの宿舎の門前で、厄介な取り巻きお嬢様達に見付かってしまった。
シューは騎士学校出身者用の豪華な宿舎・通称新館、私は普通の宿舎・通称旧館。
こんな所でも格の違いを見せ付けられるんだから、嫌になるなぁ。
そして私みたいな一般人が豪華な新館前をウロウロすると嫌味を言われるから、シューと話すのは訓練場だけ。
どうしても用事がある時は、他の新館の人に伝言を頼んで訓練場まで出てきてもらっている。
うっかりここまで歩いて来てしまった私が悪いんだけど…。
このタイミングで会うとか、ほんとツイてないな…。
「まさか、シューロア様に用事じゃないでしょうね?」
「お情けでペアを組んでいただいているのに、図々しいにも程がありますわ!」
周りで騎士達が横目に見ているが、取り巻きお嬢様の方が地位が高いのか、誰も助けてくれない。
凹んだ気持ちでは上手い言い訳も思いつかず、黙ってる私に気を良くしたのか、口々に暴言を浴びせる。
このままじゃ教官と約束した時間に遅れるな…あ、これをシューに伝えに来たって言えばいいのか…と、回らない頭で考えていた時。
「これはこれはお嬢様方。私のペアがどうかしましたか?」
「シューロア様!」
私には見せた事のない笑顔を張り付けて、シューが現れた。
誰か呼んできてくれたのかな、だったら嬉しいな。
「いえっ、これは、宿舎の違う者がいたので、注意していただけですわ」
「宿舎間の往き来は、秩序の乱れに繋がりましてよ!」
一応の団規則を知らないんだろうか。
"便宜上"1つでは手狭なので新館・別館と分けているだけで、身分による宿舎の差はないというのが公式なのに。
「…そうでしたか。私の躾不足で申し訳ない。今すぐ追い出すので、ご容赦いただきたい」
シューも訂正して揉めるのを避けたかったのだろう。
私の背中を押しながら、宿舎から離れる方向へ歩き始めた。
一瞬見えたお嬢様たちの顔が、悔しそうに歪んでいたのが気になる…が、リール先生との約束まで時間がないのでスルーするしかない。
「なぜこんな所に来た?」
遠巻きに野次馬がいるので、シューが小声で聞いてくる。
「スヴェン教官から呼び出し…と、その前に内容の説明。急ぎだったから…勝手に来て、騒ぎを起こしてゴメン」
「いや、構わないが…場所を変えよう」
宿舎の近くだと誰が聞き耳立ててるか分からないもんね。
私たちは訓練場に戻る事にした。
誰もいない訓練場…だけど、リール先生が秘密だって言ってたし、念のため真ん中まで移動する。
風魔術に「風の暴壁」っていう音や攻撃を散らす術があるから、それが使えたらいいんだけど…。
って、そんなの使えたら、今の悩みなんて全部解決だよね。
「ちょっと重要な話をするから…怒らないで聞くって約束してね。あと、先に言っとくと、17時にスヴェン教官の執務室に呼ばれてるから、疑問は教官にお願いします」
「…分かった」
怪訝そうな顔をしながら、シューは先を促す。
「まずね、国境へ出発する1週間前な訳だけど…ごめんね、風魔術を使うには、風属性の魔力が足りないから無理なんだってさ。シューが色々牽制方法を考えてくれたのに…ほんと、ごめん」
「…それは無風なのか?」
「そよ風ぐらいは出るけど…」
「だったら魔物が嫌う薬草を粉末にして、そよ風で撒けばいいんじゃねぇか?工夫次第でどうとでもなるだろ」
私を否定しないシューに、涙が出そうになる。
「違うの!考える事を放棄したわけじゃなくて、このレベルじゃムリだってリール先生に言われたの…」
「教官に、か…?」
新人騎士を指導している教官の存在は大きく、上官のように決定権があるので、教官がムリと判断すればそれに従うしかない。
シューもその意味を理解したようで、呆然とした目でこっちを見ている。
「でも続きがあって…。もし私の魔力がすぐに上がれば、その分風属性の魔力も上がるから、つむじ風ぐらいは出せるようになるかも?って」
「魔力をすぐに上げる?そんな方法があるのか?」
「私も知らないの。でもリール先生があるって言ってて。ただ規律で言えない事になっているから、その方法を教えていいか、スヴェン教官に確認してくれてるみたい」
「…そんな事が…。じゃあその方法を教えてもらうしかねぇな!で、つむじ風を使った目眩ましだが…」
パン!と自分の拳と掌を打ち付け合わせ、風魔術が使える前提で話し始めるシューを急いで止める。
「ちょ、ちょっと待ってよ!教えてもらえると決まった訳じゃないでしょ!それに秘密にされるぐらいだよ!?凄く危険とか、適正がないとダメとか、きっと何かあるんだよ!」
「うるせぇな!どんな条件だろうが「乗り越えてやる!」って気概を持てよ!努力は得意だろうが!」
「私だって!努力でどうにかなるなら、風の魔力が欲しいよ!でも適正とか、実験的とか、変わりに何かをなくすとか、そんな条件なら、無理かも、選べないかも知れない!」
思わず感情的になって言い返してしまった。
今まで必死にやった体力作りが無駄になるとか、
ここ数日の風魔術の出来なさに絶望した気持ちとか、
さっきお嬢様に言われた罵詈雑言とか、
何よりシューとペア解消しなきゃいけないとか、
色々気付かない振りをしていた感情が、一気に押し寄せてきた。
「…うっ、うううっ…」
「…っおい、泣くなよ…」
シューがおろおろしてる。困らせたい訳じゃないのに、涙は止まらない。
「ううっ、シューと…、シューとペア解消するの、嫌だ…」
「俺も…お前以外と組みたいと思わねぇ…」
「ぐすっ、でも、このままじゃシューに迷惑かけちゃう…」
「お前を守りながら戦うなんて屁でもねぇ!」
「ひっく、そっ、そんのやだぁ…、しゅ、シューがやられちゃうよ…!」
泣いてしまって上手く喋れない私を、シューは力強く抱き締めた。
「…!」
「心配すんな、俺は強い」
そう、強くはっきり言われながら、頭をポンポンとされるともうダメだった。
「…うぇっ、うわぁぁぁぁん!」
自分でも良く分からない感情に流され、シューの胸の中で思いっきり泣いた。
「…ぐすっ、ずずっ…」
「どうだ、落ち着いたか?」
「…うん、ありがと、ごめんね…。あと、…ずずっ、服もゴメン」
「そりゃあ、あれだけ派手に泣けばな…」
くくっ、とシューの笑う気配がする。
あやすように右手でずっと頭を撫でてくれていて、それが心地好くて離れ難い。
子供扱いされてる気がするけど、これだけの失態を見せた後だ。
妹でも何でも、親しく思ってもらえるなら何でもいいや。
グリグリと、シューの服に涙やら鼻水やらを擦り付けて、顔を上げる。
「ちょ、お前!胸を貸してやったのに、それはないだろ!」
負の感情が全て涙となって流れていったようで、入団したての、清々しい気持ちを思い出した。
私は、私に出来る事を頑張ろう!
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