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11.新婚の初夜は
しおりを挟むとうとうこのときがやってきた。
お風呂から上がり、髪も乾かしてリビングルームのソファに腰掛ける。いつもとは異なるシャンプーの香りに落ち着かない気分でテレビを眺めていた。番組内で芸能人たちが何やら盛り上がっているが、会話の内容など耳に入らない。
「おい」
突如声をかけられ、びくりと肩が跳ねる。
心臓も早鐘を打ち始め、逃げ出したい気分に陥った。
人形のようにぎこちない仕草で声の主ーー玲二を見やる。
「なに固まってんだ?」
「別に固まってなんて……」
「いや、どう見ても固まってんだろ。……もしかして、緊張でもしてんのか? ……お前、まさか処女だったりーー」
下世話な話題に怒りが込み上げ、ソファを勢いよく立ち上がる。そして悪感情を込めて玲二を睨みつけた。
「ば、馬鹿にしないでください! わ、私別に処女じゃないです! ほんっとデリカシーのない……」
「ふうん、お前みたいなお子様を相手にする男なんて物好きなやつもいたもんだな」
どこか不満げな様子でいい募る玲二に売り言葉に買い言葉で言ってしまう。
「豊富とまではいきませんが、あなたの知らないところでそれなりに経験積んできてるんです。子供扱いしないでください」
「そうか、なら今晩お前を泣かせても問題ないわけだ」
「え、」
言葉を続ける前に玲二は私の腕を掴み、自身の身体に引き寄せる。急激に距離が縮まることにより、ふわりと石鹸の香りがした。いつもは大人びた香水の香りに加え、ほんの僅かに苦い煙草の香りを纏わせているがお風呂上がりのためか私と同じ香りがした。
けれど玲二の身体から漂っているものだと考えるだけで、心臓がぎゅっと締め付けられる感覚を覚えてしまうのは私が男性慣れしてないからだろう。
玲二にはああ言ったが、私はそこまでら経験を積んではいない。むしろ友だちの話を聞くと同年代の中では少ない方なのではと思わされるほどだ。
「い、いきなりなにを……」
「髪、いつもよりしっとりしてるな。適当に乾かしたな? それに石鹸の香りが濃い」
「…………っ」
玲二は私の頭に顔を近づけ、後頭部を片手で押さえる。抱き込まれるような体勢になると、反抗心が徐々に萎びていく。
どくどくと脈打つ鼓動が眼前の玲二にまで届いてしまいそうなほどで、狼狽していることにはすでに気づかれているだろう。
「すげぇ顔。赤くなりすぎ」
「そ、れは……」
苦手なはずなのに。
どうしてこんなにも彼の体温は私を落ち着かなくさせるのだろう。
女遊びが派手な様子はよく見ていたのに。
異性と抱き合うことも玲二は慣れっこだろう。
「は、離してください……色んな女性と親しい玲二さんにはわからないかもしれませんが、普通こんなことしません」
「俺たちは普通の関係じゃない。すでに夫婦だ」
「……っ、ふざけないでください」
胸元を押しやり、抵抗の意を示す。
だが力の差がありすぎて、玲二はびくりとも動かなかった。私も緊張で体に力が入ってないことも関係あるだろう。
私を抱きすくめる玲二はすぐに反応を示すことはなかった。けれど。
「ーーーーふざけてなんかない。俺は本気だ」
耳元で囁く声は官能的であり。
そしてなにより聞いたことがないほど甘かった。
あまりの色っぽさに影響されて私は目元を潤ませる。そのまま頭上にある玲二の顔を見上げた。
ばっちりと視線がかち合う。玲二が息を呑むのがわかった。その瞬間。
「……んっンンン!」
甘く、噛み付くように唇が合わさる。
3回目のキスも、また熱く一方的に奪われるようなキスで。
これもまた俺様な玲二らしいキスに翻弄された私は反射的に目をぎゅっと閉じる。
玲二の熱く濡れた舌が私の唇の輪郭をなぞり、口唇を無理やり開かせて内部へと侵入すら。ぬるりとした厚みのある舌に背中がぞくりと震え、目端から涙が一粒こぼれ落ちた。
縦横無尽に動き回る舌が私のそれに絡みつき、息苦しさに口を開き酸素を取り入れようとするものの玲二は許さない。
ゆっくりと唇同士が離れたとき酸欠で頭がくらくらするほどで、私は肩を息をする。
目の淵に溜まった涙が頬を濡らした。
眼前の玲二に視線を送ると目の奥に宿るのは男の欲望で。
私は息を切らせながらも背中に電気が走り去るように体を震わせる。
嫌じゃなかった。
初めてされたときは異なり、嫌悪感などまったく浮かぶことなく、むしろキスの甘さに酔いしれてしまった。玲二と混じり合うことにふわふわとした自分でもよく分からない気持ちが溢れてくる。
「……すげぇ可愛い顔」
言葉に頬を染め上げる。
可愛い、など初めて玲二の口から聞き心臓がはち切れそうだった。
虚げな私の頬を優しく撫で上げ、手の甲でくすぐる。まるで小動物の相手をするかのような優しげな手つきに胸がキュンと高鳴ってしまう。
一体どうしたのだろうか。
夢見心地のような私は自然と玲二の唇に自らのそれを合わせていた。素面ならば出来ないことだったが、この甘すぎる雰囲気に流されてしまっているのが自分でも分かっていたのだが。
「……くっ、」
触れた瞬間、玲二の喉が鳴るのが分かり、知らず知らずのうちに視線を向けていた。
視線が合わさったそのとき。
玲二は今まで纏っていた空気が嘘だったかのように急激に頬を染め上げ、私の肩を突き放した。
くらりと身体が倒れそうになる私をよそに玲二は言い捨てるかのように口を開く。
「……くそっ、ほんとに襲うぞ。このバカ」
「………………いいですよ」
私の口から自然と言葉が紡がれる。
抱かれてもいい。むしろ玲二の熱を感じてみたい。状況に流されているだけなのかもしれないと思いつつ、私は不思議とそう思っていた。
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