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22.初めての挫折 玲二side
しおりを挟む『お前さ、高校卒業したらどうすんだ?』
『いきなりなんですか……』
『いいから答えろよ』
どこか迷った様な声色のこはるに問い詰める。そういえば、いまさらながら俺はこはるのプライベートのことをほとんど知らない。
学校に通っていることは分かっているが、そこでどんなふうに過ごしているのか、何を学んでいるのかを詳しく聞いたことはなかった。
それもそうだ。
いつも会うあの場には互いの母親もいる。こはるの話題が出ることもあったが、彼女自身あまり母親にも自分のことを話していない様子だった。
花宮いつきとは側から見てもどこか他人の様な距離感を感じさせていた。大方、忙しい母親とコミュニケーションがうまく取れていないのだろう。
だからこその質問だった。
こはるのことをこはる自身の口から話してもらいたい。俺はハンドルを強く握りしめる。
『べつに、普通に大学に行こうかなと思ってますが』
『……こはる、おまえ嘘ついてるな』
なんとなくだがこはるが嘘を言っていることはわかった。俺の言葉にぐっと息を呑む音が耳に届く。そこからは沈黙が跨った。
車のBGMとして海外のロックバンドの楽曲がかかっており、その音楽が沈黙を紛らわせてくれている。
助手席に座っていたこはるは窓の方を向き、肘をついた。そして小さくため息をつく。
『……突然人の中にズケズケ入り込んできて、いったい何様なんですか? 私があなたなんかに自分のことを話さなければいけない理由がどこにありますか?』
冷たく、拒絶を感じさせる声だった。
こはるの顔を覗き見ることは叶わない。
心臓が嫌な音を立て始める。
腹立たしかった。
何故拒絶するのか、意味がわからない。
俺は苛立ち紛れに鼻で笑い、言葉を紡ぐ。
『……俺相手に話せない様なことでもするのか? 何故話さない、話せよ』
語彙が強かったことは認める。
それでも突如拒絶された苛立ちを抑え切ることはできなかったのだ。
こはるはそれでも引かなかった。
先ほど以上に強い拒絶を含んだ声で言う。
『…………私、あなたのそう言うところ嫌いです。自分勝手で人の気持ちなんて顧みないところ』
『……なんだと?』
『もう私に構わないでください。話しかけられるのもうんざりする。……私が世界で一番嫌いな人種、なんだか分かりますか? 女性にだらしなくて、人を大切にできない人です。あなたが女性を泣かした上に酷い言葉を投げかけるの見てから、私の中であなたは関わりたくない人になったんですよ』
こはるは怒気を含んだ声でいい募る。
俺はあまりのことに呆然とした。
こはるにその様な場面を見られていたことなど知りもしなかった。たしかに一度寝た女にしつこく迫られたために強い口調で追い払ったことはあった。その瞬間を見ていたのだろう。
ここまでこはるに拒絶されるだなんて、信じられなかった。今まで俺が接してきたものは皆、擦り寄ってくるか逆に遠ざかるかの二択だった。
まれに命知らずか妬みをぶつけてくることはあったが、少し脅せばすぐに目の前からいなくなることはあった。
特に女は色目を使ってくることが多く、こはるのように強い拒絶を示されることなど一度もなかったのだ。
怒りすら忘れて言葉を失う俺に対し、こはるは端的に呟く。
『ここでおろしてください。もう家はすぐそこなので』
俺は黙ったまま車を止める。
そして車の扉を開けて出て行くこはるの後ろ姿を見送った。
『もう会うことはないと思いますけど、どうかお元気で。ご飯美味しかったです。もし料金請求するなら、母を通してください。自分の分くらいは全学お返し致しますので。…………さようなら』
最後にこはるは言い残していった。
取り残された俺はくたりとソファに身を委ねる。身体の力が抜けていた。
何故だろう、怒りよりも込み上げてくる感情があるのは。たった17の小娘に拒絶された程度で自失呆然としているなんて、俺らしくない。
ふと、俺は気づく。
今まで俺のことを真っ向から否定し、拒絶してきた人間がいただろうか。いや、いない。
俺の人生はこれまで順風満帆だった。
俺が願えばなんでも欲しいものは手に入ったし、勉学や運動も今までずっとトップを走ってきた。出来ないことなど何もなく、月ノ島の後継者ということで多少窮屈な思いはしていたがそれ以外は特別悩みなどなかった。
そう。
俺はこはるという女を通して挫折を味わったのだ。
初めて折れたプライド。
こはるが女遊びが派手な男や人を大切に出来ない人間を嫌っていることはなんとなくわかる気がした。彼女の父親はそのあたりが適当で、母親のいつきも相当困らされたようだったから。
着用していたスーツのポケットから煙草を取り出し口に咥える。ライターで火をつけ、煙を目一杯吸うと少しだけ心が満たされたような気がした。
今まで誰かを欲しいと思ったことがなかったから、こんな気持ちは初めてだった。
こはるの目に自分が映る事がこんなにも心を沸き立たせるものなのかと。
彼女の視線を自分だけに向けさせたい、独占したいと言う気持ち。溢れて止まらなかった。
ーー多分、初恋だったのかもしれない。
そう自覚した途端、俺は俺の初恋が終わってしまったのだと気がつく。
俺はこの日、どうやら失恋したみたいだった。
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