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37.愛してるんだ 玲二side

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 その様子を横目に俺は続ける。

「だから逃げた。俺はーーーーこはる、お前のこと愛してるんだ」

「……え?」

 初めて口にしたその言葉。
 こはるは目を丸くして呆然としていた。
 対して俺は平然としつつも、気持ちが先走っているのを自覚していた。

 かけていた椅子から立ち上がり、こはるの前で膝をつく。そして彼女のほっそりとした手を取り、甲に唇を落とした。
 こはるの肩がびくりと跳ねたのを視界に捉えたが、そのまま真面目に語る。

「お前はどうだ? 俺のこと、どう思ってるんだ?」

「わ、私は……」

 唇を落とした手を引き抜き、胸元に寄せるこはる。その顔は恥いっているのか、林檎のように真っ赤に染まっていた。
 俺は気持ちが逸って仕方がなかった。早くこはるの答えを聞きたくて。だが、なかなか答えないこはるに痺れを切らし、不敵に笑む。

「そんなに目を潤ませるくらい嬉しいのか? 俺にキスさせんのも、抱かれるのも嫌じゃねえんだろ?」

 俺の言葉にこはるは真っ赤な顔を頷かせる。そしてようやくその桃色の唇を開いた。

  
「私も………………玲二さんのこと、好きです」


 そう言った途端、こはるは跪いていた俺の首に手を回して飛びついてきた。ふわりと甘い石鹸の香りが鼻腔をくすぐる。いきなりのことに驚きつつ、愛らしい態度に思わず顔が緩んでしまいそうになった。

 ーーああ、なんで可愛いんだ。

 そんな感情が心を支配し、いっそこのままこの場に押し倒したいという欲望を覚える。そんな煩悩に悩まされている俺とは裏腹に、こはるは俺の肩口に顔を埋めていた。
 そしてぽつりと呟く。

「……玲二さんの匂い…………安心します」

 思わず息を呑んだ。不自然に喉が鳴ってしまうのは致し方がないことだろう。
 好きな女のそばにいて欲望を抱かない方がおかしい。こはると結婚してからは違う女を抱くことなんて考えることさえ出来なくなった。こはるだけが欲しくて仕方がなかったからだ。

 思わずこはるを引き離し、陶器のように白い頬を撫で上げる。

「ああ、だめだ。抱きてぇ」

「え、えぇ! こ、ここでは駄目です! どこだと思ってるんですか」

「そう言うと思った。じゃあすぐ帰るぞ。帰ってすぐに俺のものにする。ーーああ、お前が欲しすぎておかしくなりそうだ」

 こはるは耳の先まで紅潮させ、俺に対して目を三角にする。けれどその表情はどこか柔らかく、先ほどまでの陰鬱そうな影は一切ない。

 応接間を出ると、劇場を案内してくれた初老の男とばったり会った。先に声をかけてきたのは相手側だった。

「おや? お帰りですかね。……花宮くんもどうやら表情がすっきりしたみたいだね。よかったよかった」

「団長…………ここ数日、大変お世話になりました。団長のおかげで、色々見失っていた自分に気づくこともできました」

「そうか、それはなにより」

 団長と呼ばれたその男は朗らかな笑みを見せる。俺もこはるが世話になったことに対して礼を述べ、劇団を後にした。

 車に乗り込み自宅へ向かう途中、俺は助手席に座るこはるに尋ねる。

「……疑問に思ったんだが、どうして自宅じゃなくてあの劇団にいたんだ?」

「玲二さんと行き違いがあって、家にいると色々思い出してしまって。最初は香澄先輩の家に誘われて自宅から離れたんですけど、先輩の婚約者さんが帰ってきたのにずっといるわけにもいかなくって」

「ああ、前に言ってた劇団の先輩か」

「そうです。……そうしたらちょうど団長から連絡があって、私が思い悩んでいるとバレて。それでその悩みを話したところ、心が整理できるまで劇団にいればいいって言ってくれたのであそこにいたんです」

 なるほど、と思った。
 それにしてもーー。

「お前はあの団長のこと好きなのか」

「ええ、はいもちろん………………ってもしかして色々勘違いしてます? 団長は私のお爺ちゃんみたいな存在ですからね」

「…………どうだか」

 団長のことを話すこはるは非常に明るく、楽しそうで。むくむくと嫉妬の炎が心を埋め尽くすしてしまう。
 そんな俺の様子をみたこはるは小さく息をついたあと、くすくすと笑った。

「なんだ」

「もう玲二さんって……ほんと嫉妬深いですよね。前から思ってましたが」

「うるさい」

 子供のような言葉しか出てこないのは、こはるの言う通り嫉妬に身を焦がしているからだろう。こはるの関係することに対して俺の精神年齢はぐんと低くなってしまう。
 それほどまでに心をコントロールするのが難しくなるのだ。

 未だむっつりと口を結んでいる俺に対し、こはるは運転する俺の横顔を見つめて言い放つ。

「そんな玲二さんも大好きです」

「………………っ」

 不意打ちだった。
 これは狡いと思いながら、反射的に心臓が早鐘を打つ。けしてバレないように表情を変えないことを心がけた。だが。

「玲二さん、耳が真っ赤」

「だまれ。運転に集中できねえだろうが」

「わかりました」

 そんな些細なやりとりも今は愛おしくて仕方がない。俺の顔を見て微笑む顔も、真っ赤に染まって照れる顔も、すべて大切にしたいと思った。
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