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1.不運
しおりを挟むその日はいつも以上に不運の連続だった。
仕事が久しぶりに休みのため、有名なスイーツ店で美味しい甘味を買おうと遠出をしていた。けれど行く道先々で酷い押し売りに会ったり、すれ違いざまに財布と小物入れをすられそうになったり。ようやく到着したと思った矢先、目にしたのは『本日休業』の看板。とことんついていない日だった。
「こんなことなら欲を出さずに近所に売ってる甘味でも買って、家でゆっくりしとけばよかったわ」
ため息をつきながら帰路についていると、手のひらサイズの妖精たちがふわふわと飛び交っているのが目に入った。まるで不運な私を労うかのような行動に少しだけ心が温まる。
不可視とも言える妖精を目にできるのは私、ステレ・リートの力で、生まれつき持つ特別な能力であった。
私の住むバルテリンク王国は昔から妖精と共生している国。四方を海と森で囲まれており、世界でも有数の貿易港を持つ一大国家である。
妖精たちは私たち人間に様々な恩恵をもたらしてくれる存在なのだが、特段力の強い妖精以外は基本的に不可視の存在であった。けれど、まれに妖精との親和性の高い人間が生まれることがあるのだという。それが私なのだ。
妖精の愛らしさに頬を緩めていると、すれ違う人々が不審そうな面持ちでこちらに視線を寄越してくる。
ああ、またやってしまった。
人には見えないものが見えることの欠点を味わいながら、羞恥で赤らんだ顔を伏せ早足で歩いた。
実際に見えている者を見えていないように振る舞うというのはなかなか難しく、昔から変わり者として扱われることが多かった。それもそのはず、虚空を見つめて一人で笑ったり驚いたりしているのだから。
特別な力による弊害を味わい、苦虫を潰したような顔で歩いていると、どうやら前方に人だかりが出来ていた。奇妙に思いながら側へと足を向ければ、どうやら揉め事があったようだった。先ほどから歩いている場所は大通りから少し外れた小道で、まれに商人同士のいざこざが起きる場所なのだ。今回はというもの、巡回していた騎士たちのおかげでどうにか場を納めることが出来ているようだった。
「……あ、」
そんな中、騎士たちの中に見知った顔を見つけ、私は咄嗟にフードを深く被った。けれどその行動は一足遅かったようで、その相手──コルネリウス・ホーエンハルトと視線がかち合ってしまった。まずい、と思ったのも束の間、途端コルネリウスは眉根を寄せ、まるで私を咎めるような視線を向けたあと、飽きたのかすっとを逸らす。
数秒前まで野次馬となった市民たちを解散させようと普通に職務に励んでいたはずなのに。まるで私の存在を目にして不快だと言わんばかりの対応に、腹の中からムカムカと怒りが込み上げてくる。
人混みに押し流されながら怒りに打ち震えていると、気づけばコルネリウスたち騎士は解散したようでその場から消え去っていた。やり場のない怒りは急激に鎮火し、今日の不運も相まって気鬱さが押し寄せてくる。
以前より、私はコルネリウス・ホーエンハルトという男に嫌われているようだった。
きっかけは思い出せない。というよりも、何度か挨拶をしたことがある顔見知り程度の存在なのだ。
私は2年前──20歳の頃から冒険者ギルドで受付嬢として働いていた。母親が元受付嬢であったという安直な理由だったが、かなりの激務かつ休みを取りづらい点以外は優遇された環境であった。給与面に関しても、その激務を労うかのように同年代の人間に比べれば稼ぎは良いし、共に働く仲間たちも信頼のおける人ばかりだ。
だが何事も例外はあり。コルネリウスというという男だけは別だった。
冒険者ギルドは国の防衛を目的とし、ときどき騎士団と共同で演習などを行う。それ以外にも冒険者という人種は荒くれ者も多く、頻繁に巡回として騎士がやってくるのだ。
何かと接点が多いゆえか、ギルド職員と騎士は恋人や夫婦となることも多い。騎士は基本的に男性ばかりで、ギルドには受付嬢など女性も多く所属しているからだ。必然的に出会いの場となるのも納得できる。
かくいう私も、就職する前はエリート職の代表格とも言える騎士との恋を夢見ていたのだが──そんな理想はいとも容易くぶち壊された。それもこれもコルネリウスのせいだ。
彼は初対面の頃から私にだけ当たりが強かった。
ギルドへの巡回で顔を合わせた時も──。
『おつかれさまです、コルネリウス様』
『…………なんだ、いたのか』
ぎろりと鋭い視線で睨まれ、挨拶を返すことなく去っていく。他の受付嬢に対しては、にこやかとは言い難いが『お疲れ様』と普通にコミュニケーションをとっているのに。
一体私がなにをしたというのだろうか。
コルネリウスが冷たいことの弊害なのか、彼の部下たちも私に対してはかなりぎこちない。妖精の件から稀に虚空を見て笑ったりする変わり者だと噂されることもあるが、そこまで距離を置かれるのは心外である。
おおかた、お貴族様──コルネリウスが嫌ってる人間なのだから、それに付き従う人も接しづらいのだろう。
そうこう考えているうちに自宅まで辿り着く。
すでに空は燃えるような赤一色で、夕暮れ時を感じさせた。手荷物をテーブルに置き、私は窓辺にある植木鉢に声をかけた。
「ただいま、リーフ」
その瞬間、親指サイズの妖精が姿を現し、私の周りをくるくると飛び回る。リーフと名付けたその妖精は私の育てている植物を住処としており、一人暮らしを始めたときからの相棒ともいえる存在であった。
就職祝いとして両親から贈られた植木鉢に妖精が住み着いていたことには驚いた。元々妖精とは会話ができないのだが、その愛くるしい姿を目にするだけで癒される。
それゆえ、何か辛いことや楽しいことがあったときには一方的に話しかけ、気持ちを共有しているつもりだった。
リーフは妖精の中でも感情豊かな方だ。私が同居人であると理解し、先ほどのように周囲を飛び回ったり、頭や肩に乗ったりすることもある。
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