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2.手枷
しおりを挟む「今日は本当に不運の連続だったのよ。行く途中でも色々巻き込まれるし、結局限定スイーツは買えなかったし…………それになにより、コルネリウスにも会うなんて」
こちらを咎めるような視線を思い出し、大きくため息をつく。視線が重なるたびに睨まれ、そしてすぐに背かれる。せめて少しでもコミュニケーションを取って仲の改善を図ろうとしても、向こうから断固拒否されるのだからどうしようもない。
「だめだめ! あの人のことを考えるなんて時間の無駄ね。日も暮れてきたことだし、そろそろ夕飯の支度でもしようかしら」
いつのまにか肩に乗ったリーフを落とさないよう、私はその場で伸びをする。よし、と呟きキッチンへ向かおうとしたのだが、突如コンコンと扉を叩く音がした。
「……誰かしら? もしかして大家のおばあちゃんが夕飯のお裾分けにきてくれた?」
私は「はーい、今行きます」と声高に返答し、部屋の出入り口へと向かう。ノブを回し、少し古びた扉を開ければ──。
「────え」
思わず小さく声を漏らす。
目の前にいるのは意外な人物、そして今の今まで自分を悩ませていた元凶──コルネリウスだった。
私は目を瞬き、呆然と彼のサファイアのように澄んだ蒼い瞳を見つめた。端正な顔立ちでこちらを見下ろしていたコルネリウスは頭に被っていた帽子のつばを下げ、目元を隠す。一連の仕草を眺めていた私はようやく我に帰り、おずおずと口を開いた。
「あの、一体どのようなご用件で……それに自宅の場所をどうして……」
「これ、お前のだろう」
コルネリウスはそう呟いてぶっきらぼうに『何か』を差し出す。彼の手元には見覚えのある顔写真や名前、住所の並んだ身分証があった。恐る恐るそれを手に取れば。
「これ、私のギルド証です……」
「先ほど捕まえた窃盗犯が所持していた」
そう言われて思い返せば、確かに行く道で小物入れと財布をスられそうなった。急いで部屋にある手荷物をひっくり返せば、小物入れからギルド証だけがなくなっていた。
「窃盗犯は2人組で囮役が引きつけた後、もう一人が油断したターゲットから盗むという手口らしい。最近は身分証の違法取引が横行している。窃盗された心当たりはあるか?」
「……はい。今日は外出していたので、おそらくそのときに。…………その、届けていただいて本当にありがとうございます。これがなければ明日出勤するときに困るところでした」
騎士の仕事の延長線上とはいえ、街の端にある私の自宅まで来るのに時間もかかったことだろう。一方的に嫌われてはいるが、仕事に対して真面目で忠実であることは尊敬できる。そんなふうに見直しかけていた矢先、コルネリウスは口を開いた。
「仕事だから仕方がなくき来ただけだ。そうでなければ誰がこんなところに……」
そう言って不快そうに眉根を寄せ、私の住むアパートを見回す。築年数がかなり経っているそれはお世辞にも綺麗とは言えない。場所にもよるが、床はギシギシと音が立つし、キッチンのコンロがつかないこともある。けれどそれを実際に住んでいる人間、しかも親しくもない相手の前でいうのか。
私は持てる理性をかき集め、感情を抑え込みながら愛想笑いを返す。しかしながらそれを無に返すかのように、コルネリウスは続けた。
「よくこんなところに住めるもんだ」
ギルド職員は世間一般で見ればそれなりの給与を頂いているが、私はまだ2年目の若輩者。ベテラン職員や眼前のエリート騎士に比べれば雀の涙ともいえよう。
王都の家賃は全体的に高く、町外れで女一人で暮らすともなればそれなりに治安のいい場所でなくてはならない。今私が住んでいるアパートも人通りの多い通りに面しており、古びているとはいえ給与の3分の1程度はかかるのだ。だからこそ王都に出てきたばかりの若者は住み込みか寮付きの仕事を選ぶ。だがそう言う仕事は、基本的に額の低いものが多かった。
そんなことも知らず、貴族の恵まれたお坊ちゃんがなにを言っているのか。
これまで腹に据えかね続けた感情も相まって、ぶちりと何かが弾けた音がした。
「……っ、どうも汚い場所でごめんなさい! でも、私の自宅です! あなたが住むわけじゃないですよね! 不快なら別の方を寄越すか、明日の巡回時にでも渡していただければよかったのに! 届けていただいたことには感謝しますが、その言い方は配慮にかけてると思いませんか!?」
気づいたときにはもう遅かった。反射的に鼻息荒く詰めより、そのあと一瞬で我に帰る。
二人の間を沈黙がまたがった。
コルネリウスの顔を見ることが居た堪れなく、私は視線を逸らし続けることしかできない。
相手は仮にも貴族。そしてエリート中のエリートでもある騎士。そんな人間に反抗的な態度を取ってしまうだなんて。
脳裏に浮かぶのは今年騎士見習いとして採用された弟、フレディであった。
ただでさえ平民という足枷があり、姉が将来の騎士団長候補として名高いコルネリウスに嫌われているのだ。直接本人から聞いたことはないが、身の置き場のない気分を味わっているだろうに。これ以上嫌われれば一体どんな影響が出るのだろう。
先ほどの態度から一変、あわあわと冷や汗を流す私とは対照的にコルネリウスからは何も反応がなかった。
私はおっかなびっくり手を伸ばす。コルネリウスの腕を掴み、言いすぎてしまったとに対する謝罪の姿勢を見せるつもりだった。
だが、伸ばした手が腕へと触れる前に。
突如、今まで大人しく肩に座っていたリーフがふわふわと飛び、私と彼の間に割って入った。
同時に今まで口を噤んでいたコルネリウスも不意に後退りし、なせだが身構えるような姿勢をとる。
「っ、なにをっ」
コルネリウスは低い声で警戒心をあらわにしていた。
私は理解が追いつかず、ただ立ち尽くすほかなかった。
二人の間を浮かぶ妖精リーフはくるくると踊り出す。
今までに見たことがない不思議な舞に加え、リーフから光の粒が漏れ出した。そして吐き出された粒はリーフ自身を飲み込み、一瞬のうちに散会する。
気がつけば右手首がキラキラと輝きを帯びていた。光の粒はまるで輝くブレスレットのように私の手首を一周している。
「なに、これ」
ただ一点、普通のブレスレットとは異なることがあった。私の手首を一周した『それ』からは、紐のような、鎖のような線が伸びており──行き着く先はコルネリウスの左手首だった。
お揃いブレスレットであれば、仲睦まじい恋人のように見えたのかもしれない。けれどこれは。
「────ま、まって、これって手枷!?」
消えたリーフが残したのは。
紛れもない、私とコルネリウスを繋ぐ拘束具であった。
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