【完結】私にだけ当たりの強い騎士様と1メートル以上離れられなくなって絶望中

椿かもめ

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3.副作用?

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 手首から伸びるそれは、本物の手枷とは異なり重さは感じない。ほのかに温かさを感じるだけだった。

「おい、なんだこれは」

 コルネリウスはそう言いながら自身の左手首を見る。私は思わず目を瞬きながら質問を返す。

「コルネリウス様、これが見えるんですか?」

「なにを言って…………」

 先ほどの状況からこの手枷は妖精リーフが作り出したもので間違いないだろう。妖精という存在はいわゆる魔法の元素──魔素の塊のようなものであり、魔素は人間には視認出ないのだ。だからこそ、コルネリウスにも見えないものだと思っていたのに。

 そんなことを考えていると、突然思いもしないところから声をかけられ、びくりと肩を揺らした。

「そこのお二人さん、どうしたんだい?」

「あ、大家さん……」

 現れたのは私の住むアパートを管理する老婆であった。リーフの舞という幻想的な光景があまりに衝撃的で気を抜いていた。周囲にコルネリウス以外がいることに全く気が付いていなかった。
 大家は古びた鍋を抱え、私と彼へと視線を行き来させている。

「お夕飯を作りすぎちまったから、お裾分けにきたんだよ。でも……なにやらお取り込み中かね」

「……っ、いえいえ! 決してそんなことは! 騎士様が私の失せ物を届けてくれたのでお礼を言っていたんです」

 反射的に否定し、コルネリウスへと視線を移す。第三者の加入で動揺しているのか、彼は居心地の悪そうな表情で「……ええ、まあ」と口にした。
 どうやら年配の方に対して敬う気持ちがあるようで、内心ホッとする。

「そうかい。そんじゃあ、ついでにステレちゃん家でお夕飯も食べて行ったらどうかね? この子一人じゃ食べ切らん量を持ってきておるから」

「えっ、ちょっと……」

「ほらほら騎士様も! どうぞ遠慮ならさず!」

 そう言いながら腕に抱えていた鍋をコルネリウスに無理矢理渡した。受け取った当人はというと、あまりの勢いに押されたのか思考が停止しているようだった。所々で口を開くものの、声を出すことなく顔を引き攣らせていた。

 彼もこんな顔をするんだと、少しだけ胸がすく思いをしていたのは後にも先にも秘密だ。

 だが、よくよく考えれば人ごとではなかった。対岸の火事のように見守っていたが、大家は「食べていけ」と言っている。立ちつくしている背中を大家は力強く押し、私を自宅の中へと押し込んだ。そして背中の温もりが消えたかと思い振り返れば、鍋を抱えたコルネリウスが私と同様に部屋へと押し込まれる。

「きゃっ」

 急に迫りくるコルネリウスに反応し、思わずバランスを崩して悲鳴を上げる。だが彼は驚異的な反射神経で右手に鍋を抱えながらも、空いた手で私の腰に腕を回して身体を受け止めた。

 コルネリウスの背後でばたん、と扉が閉まる音がする。
 どうやら大家は二人を部屋に押し込み、去って行ったようだった。

 ふとシトラス系の爽やかな香りに加え、落ちついたほのかな体臭が鼻腔を通り抜ける。きっちりと軍服を着込んだコルネリウスの胸元から漂うそれは、清潔感と男性らしさを感じさせるもので。心臓がどくりと脈打つのを感じた。

 同時に今置かれた状況を思い出す。

 コルネリウスの顔は頭上にあり、身体は密着している。──つまるところ抱きしめられていた。

 カッと頭に血が上り、ばくばくと早鐘を打った鼓動が耳まで届く。衝動的に目の前の逞しい胸を押したが、触れた男の身体はびくともしなかった。反対に私が追い返され、後退りをする。

「…っ、え、あ、あの……すみません!」

 羞恥で顔を見ることもできず、目を泳がせながら謝罪をした。父親以外の男にあれほどまで近づいたことはなく、男性経験のない私にとって衝撃的な出来事であった。

 今なお心臓がどくどくと高鳴っている。一方のコルネリウスは微動だにすることなく、むっつりとおし黙ったままだった。しん、と静寂が部屋全体を包む。恐る恐る顔を上げようとすると、コルネリウスが突如声を発した。

「……き、気をつけろ」

 私は思わず目を瞬く。
 不用意に密着してしまったこともそうだし、ボロ屋だと馬鹿にしていた家に押しこめられたこと。さらにリーフの件より前に色々と感情をぶつけてしまったこと。どれも無礼だ、不快だと責め立てられる覚悟をしていたというのに拍子抜けだった。
 
 けれど許してもらえるならありがたいことこの上ない。
 私は気は逃すまいと口元に笑みを作る。そしてコルネリウスが抱えていた鍋をさっと奪い取った。

「……あのっ、ええと、大家さん! 結構面倒見が良くて。こういうふうによく差し入れとかくれるんですよ。ちょっと強引なところがあるけどいい人なんです! 怒らないでいただけると助かります」

 手に持った鍋は温かく、よく煮込まれた野菜の香りが鼻腔をくすぐる。私はそのまま続けた。

「これ……食べて行ったらって言ってましたけど、大家さんのお節介なので気にしないでください。コルネリウス様のお口には合わないと思いますし」

 鍋に一瞬視線を送り、遠慮がちに微笑む。貴族の彼が私の家で食事などするわけないのだが、一応言葉にしておくべきだろう。

 けれど。
 予想に反しコルネリウスは先ほどとは打って変わった様子で腕を組み、ふてぶてしく言い募る。

「はぁ、口に合わないかどうかは食べで見なければ分からない。私が食わず嫌いをする人間とでも?」

「ええと……そんなことは……」

「ならばいただく。大家の好意を無碍には出来ない。……それにお前とは話さなければならないことがあるからな」

 コルネリウスは己の手首に視線を向けたあと、私の手首へと移した。光を帯びた拘束具が視界に入り、一緒の食事に加えて手枷の件までとはどこまでハードルが上がるのかと、頭を抱えそうになった。

 結局私が押し切られる形で共に食事をすることになったのだが。

 鍋を温めるためにキッチンへ向かおうと歩き出す。互いの手枷が引っ張られるが、温かさ以外の感覚もないそれを気にしていなかった。しかし、突然腹の奥から何かが込み上げてきて。

 ──突如、意識がブラックアウトした。
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