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7.ぎこちない朝
しおりを挟む朝、小鳥の囀りが聞こえ始めた頃。目が覚めた瞬間、まず視界に映ったのは恐ろしいほどの形相をしたコルネリウスであった。腕を組み、仁王立ちしている姿はまるで寝物語に登場する大魔王のようで。
「…………ええと、おはようございます」
場違いなれど、とりあえず挨拶をするも彼はむっつりと口を結んでいる。いつにもして険しい面持ちでわたしを睨みつける蒼い目の下には珍しく隈ができていた。そこでようやく自分が昨晩なにをしでかしてしまったのか思い出した。
「…………っ!」
声にならない声を上げ、枕に顔を突っ伏せる。それでもなお記憶に刻まれた自らの犯した痴態がフラッシュバックし、身体中の熱が顔に全て集まってきたかのように赤面する。
「ようやく思い出したか。よく平然と挨拶できるなと感心するところだった」
「……ええ、昨晩はその……色々ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
ベッドに正座をしながら俯きがちに謝罪する。本意ではないといえど、あられもない姿を見せてしまった事実は変えられない。
テオドルスは私が身の置き場のないほど縮こまっている様子を余程不憫に感じたのだろう。あからさまなため息をついたあと「もういい」とこぼす。そしてそのまま続けた。
「だが、これこらはあのように勝手に行動するのだけはやめろ。……まあ、お前の身体を張った検証のおかげで色々と分かったこともあるのは認めるが。1メートル程度が離れることのできる許容範囲とかな」
私はこくりと首を縦に振る。そして昨日起こったことの原因とも言える手枷に視線を送った。
どうやら互いが離れてしまうと気絶するだけと思っていたが、それは全くの間違いで。
「……身体が燃えるように熱くなって、それからわけが分からなくなりました。何と言えばいいのか。気持ちよくなりたいって気持ちに頭が支配されて、押し流されていって……制御が効かなくなる感じです」
「そうか。最初、お前の家で気絶したのも身体が突発的な発情というものに耐性がなかったからとも考えられるな。……だが、冷静に考えれば、あの時の拘束具は今以上に光を放っていた気がする。二度目のときはそうでもなかったから気がついたのだが……」
「うーん。もしかすると、あのときは手枷の呪いを受けたばっかりだったので、呪い自体の制御がうまくいってなかったり、暴走していたり……とかもありそうですね。考えたらキリがなさそうですが」
コルネリウスは眉間の皺をさらに深め、無愛想に頷いた。そして口を開いた。
「結局のところ、離れたら発情するということは分かった。何とも馬鹿げた話だが。しかし、次回は発情ではなく、怒りに支配されるとか笑いが止まらなくなるだとか……変化する可能もなくはない」
変化する可能性。
あるにはあるが、昨晩のことが身に沁みた私にとって、また試してみようと気はすでに消えていた。怒りや笑いが止まらなくなるであれば、どれほどマシだったか。
男性経験のない私にとって、初めての性的な接触があのようなアクシデントによるものだったというだけで心が折れそうだった。痴女の如く、自ら胸を擦り付けにいったところなどできれば忘れていたかったのに。
気を抜けば、奇声を発してどこかへ消え去ってしまいたい衝動に駆られる私に対し、コルネリウスは一言告げた。
「だが、確実な収穫はあった」
そしてサイドテーブルに置かれた分厚く汚れた古本を手に取る。
「──ここに解呪の方法が書かれている」
「ほんとうですか!?」
聞けばあのあと気を失った私を横に、コルネリウスは目的の書物を探し出してくれていたらしい。1メートル以上離れられないという制限のせいで多少手間取ったらしいが、さすがの優秀さである。
そのせいで隈を作っていれば申し訳ないと思い、尋ねれば「それはなくはないが……」と言って視線を外し、押し黙ってしまった。
常であれば、文献探しにはほぼ協力できなかった私を責め立てる場面であるのに。あの人らしくないと頭を捻っていたが、それより今は喜びの感情が大きかった。
コルネリウスの言動を尻目に、私は少しだけ浮かれていた。目標であった呪いの解呪に大きく近づいたのだから。
にこやかな私とは裏腹に、彼は苦悶の表情で古書を睨みつける。まるで親の仇に相対したかのような形相で目的のページを開いた。
「ここにはこう記されている──『不破昵懇の術は対象者2名を拘束具で繋ぎ、強制的に打ち解けさせる呪い。親密度が定められた目標値を超えた場合に解呪される』とのことだ。ちなみに一定距離を離れたときに関する記述は文献になかった」
「そう、なんですね……不破昵懇の術。それが私たちにかけられた呪いの名前……それに親密度って。大司教様がおっしゃってた通りの話ですね。どうやって測ればいいんでしょうか」
思い悩む私に対し、コルネリウスは思い詰めた様子で黙り込んでいた。だが意を決したのか、再度口を開き始める。
「そうだな。親密度だなんて言われても俺たちには目に見えないものだからどうしようもない。そのことだが……文献には続きがあった」
「続き……ですか?」
「ああ──『親密度は心と身体の触れ合いによって高まる。具体例として挙げれば、性的接触を幾度か重ねることで解呪した記録がある』とのことらしい」
性的な接触──昨日のようなことを繰り返す?
コルネリウスの言葉は冷静さを吹き飛ばすものだった。
「つまり昨日のあれを何回もしないと解けないってことですか!?」
「…………ああ」
コルネリウスはバツが悪そうな様子で目を逸らした。
そしてようやく合点が入った。彼の様子が先ほどからおかしいことの──。
「だからさっきから言いづらそうだったんですね。昨晩のアレみたいやことを今後も繰り返さないといけないって分かって……」
ぎこちない沈黙が部屋に広がった。
コルネリウスがどう考えているのかは分からないが、性的な接触をしなければ日常生活もろくに送れなくなる。いつまでもこのままであるなど絶望的という他ない。今は殊勝な様子も垣間見えるが、コルネリウスという男は本来、私のことを特に嫌っているのだ。嫌味や高圧的な態度などを繰り返す人間と一生離れられないなど気が狂うこと間違いないだろう。
「……解呪をするために必要なことならばやりましょう」
「……仕方がないな」
互いの思いは一致した。
同時に部屋の外からはカーンカーンと鐘の音が聞こえてきた。朝を知らせるその音により、人々は活動を始めるのだが。
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