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8.久しぶりの顔
しおりを挟む「ええと……そういえば今更なのですが、一体ここはどこですか?」
周囲を見渡すとシックな家具がいくつか置かれているが、あまり物がないように見える。棚にはいくつか写真立てが並んでいるだけで、他に目立つものはなかった。
私の質問に対し、コルネリウスは片眉をぴくりと動かして答え始める。
「……俺の家だ。昨晩お前が気をやって眠った後、わざわざ担いで運んだんだ。あんなところで寝ていては風邪をひくだろう」
「コルネリウス様のご自宅ですか!? ほ、本当に申し訳ありませんっ」
「……まあ不幸中の幸いだったのは、俺が元々大聖堂の近くに住んでいて長い距離を担ぐ必要がなかったことだけだな」
どこか皮肉めいた様子で言い募る彼。異議を取ることなどできず、ぐっと押し黙ることしかできなかった。そのあと絞り出した声で感謝を伝える。
「……ありがとうございます。そうだ……最後の方はほとんど記憶がないのですが、べとべとしていた気がして。もしかしてメイドさんが綺麗にしてくれたんですかね」
「…………メイドはいない」
コルネリウスはそっぽを巻きながら端的な告げた。
「ここは俺が個人的に購入した家だからな。基本は騎士団の宿舎で寝泊まりすることも多いからたまに帰る程度の場所だ。ゆえにメイドを常駐させることはない」
「ええとそれはつまり……」
コルネリウスの言葉を聞く前にすでに彼の言いたいことはわかっていた。つまるところ、私の身体を懇切丁寧に拭ってくれたのはコルネリウス自身で。
その考えに至った瞬間、私は顔から火が出る思いだった。あのような性的な触れ合いをしたのも凄まじい経験であったのに、後処理まで行わせてしまうだなんて。
今度こそチリになって消えてしまいたい衝動に駆られた。コルネリウスは無愛想にそっぽを向きながら言う。
「……女をほったからしにしておくほど、俺も非道な人間ではないからな」
「そ、そうですよね……本当に再三ご迷惑をおかけしてすみません」
意外にも責任を取ると言う意味ではマメであることを知ってしまった。羞恥心もあったが、それよりも地位も名誉も自分より遥か高みにいるエリート貴族にこのようなことをさせてしまった申し訳なさが先立つ。反射的に殊勝に頭を下げた。
私は彼が苦虫を噛み潰したような顔をしていることに気が付かなかった。
一拍置いたあと、顔を上げようとした私に降り注ぐのは一方的な言葉だった。
「──迷惑をかけたと思うならば、今後は俺の仕事を優先させてもらう。冒険者ギルドには直接俺から出向いて説明してやるから、休暇を取るんだ」
まるで手のひらを返したかのように不機嫌さを醸し出すコルネリウスに口角がひくつく。
たしかにこのままの状態ではまともに仕事はできないだろう。解呪の方法が分かったとして、それは性的な接触で。日夜問わず試し続けるのは人間性を欠くことだし、なにより私たちには仕事がある。何回接触を重ねれば解呪が出来るのかも分からない。もしかすれば100回、200回の繰り返さなければならない可能性だってある。
であるならば出来る限り普段通りの生活を送り、合間を縫ってに解呪を試すのが合理的であるのだが。
冒険者は日夜問わずに詰めかけてくるため、毎日対応に追われている。営業時間外での臨時対応などザラにあるし、食事をする暇もないときだってある。
つまりはギルドの受付嬢もそう易々と休めるものではないのだ。昨日の休暇だって1ヶ月ぶりであった。
正直なところ、ギルドマスターが許可を出してくれるのか甚だ疑問ともいえる。だが、そのことを今伝えたところでコルネリウスは『だからなんだ』と突っぱねる事は分かっていた。
私は心の中でため息をついて頷いた。
「……分かりました」
・・・
冒険者ギルドにつくと、久しぶりに会う見知った顔に目を瞬いた。
「お、お母さん!? どうしてここに!」
「あらあらステレ! 元気にやってる?」
投げかけられた言葉に「うん」と頷き、驚きながらもそばへと近寄る。
ギルド内には元受付嬢であった私の母がいた。齢40を超えているのにも関わらず、私以上にぴちぴちの肌をしている女人は巷でも噂の美人である。
忙しさに忙殺されてここ数ヶ月ほど実家には帰れていなかったが、久方ぶりに顔を合わせるのが冒険者ギルドとは予想だにしなかった。
驚きを隠せない私をよそに、母──カレンは視線を私の後方へと向けた。思いもよらない出来事に存在を忘れていたが、今の私には付き添い人──もとい、コルネリウスがいたのだ。
「ええと、この方は騎士団に所属しているコルネリウス様で……」
「はじめまして、ステレ嬢の御母堂さま。わたくし、ホーエンハルト侯爵家次男で、現在は王国騎士団第二部隊に所属しておりますコルネリウス・ホーエンハルトと申します」
無愛想な面持ちは変わらないものの、穏やかな口調で礼儀正しく頭を下げるコルネリウスは別人のようだった。いつも私を睨みつけてくる男とは打って変わった姿に、あなたは一体誰だと物申したくなる。
慇懃な対応を目にした母は「あらあら」とにこやかな笑みを浮かべ、私に意味ありげな視線を送った。
そこで私は己の置かれた状況を振り返る。
朝一からひっつき虫のように寄り添う男女。それはまるで恋人のようではないか。
何かを勘違いされていると気づいたのも束の間、母は嬉しそうに告げる。
「ステレちゃんにも春がやってきたのね。私、とっても嬉しいわ~」
「誤解ですから!!」
反射的に声高々に叫んでしまい、周囲にいる冒険者や職員はどうしたのかと言わんばかりにこちらへ視線を送ってくる。挫折感に挫けそうになる私に変わってコルネリウスは告げる。
「それよりも、なぜステレ嬢のご母堂様がこちらに?」
「もうっ、さっきからご母堂様って堅苦しいですわ! 私のことはカレンさんって呼んでくださいませ、次期団長候補のコルネリウス様!」
「……わたくしのこともご存知でしたか」
母は「もちろん」と肯定し、にこやかに話を続ける。
「引退したといえど、夫もいまだ騎士団やギルドと関わりがあるのです。なので色々と話が回ってきますのよ」
「ああ……元Sランク冒険者のあの方のことは私も深く存じております。それならば納得せざるを得ませんね」
二人の話を間で聞きながら、私は疲労感に打ちひしがれていた。一部では傍若無人を絵に描いたような女と言われる母と、私に対してのみ弾圧的で上から目線の男。その二人が噛み合わさればどんな会話が繰り広げられていくのか。考えただけでも頭痛がしていた。
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