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9.提案
しおりを挟む私を置いて会話をする二人。その間に無理やり割り込む。
母がどうして冒険者ギルドにやってきたのか、なにか目的があったのか、私は疑問をぶつけた。
すると母は呆れたを滲ませた顔でため息をつき始める。
「実はね、マイクが腰を痛めてしまったのよ。だから、今週の剣術指南は出来なくなってしまったってことを伝えにきたの」
マイクとは先ほど話にも出ていた、元冒険者である私の父の名前であった。10年前に冒険者業を引退したものの、王国のギルドの最高クラスであるSランクの名は伊達ではなく。ギルドから直々に頼み込んで、高位ランクの冒険者の剣術の指導を行っていた。本人曰く、指導とはいっても趣味の一環であるというのだが。
「お父さんまた無理したんでしょう? 自分の歳も考えないで」
「ステレちゃんの言うとおり! 近所の手伝いで『これくらいなら余裕だ!』なんて言って丸太を何本も持ち上げるから……」
完全に自業自得だと思っていれば、職員用の扉の奥から私の上司でもあるギルドマスターがやってきた。冒険者たちを統括するというからには巨体の男性を想像する者も多いが、実際にはステレよりも小柄な女性だった。いつも分厚い眼鏡をかけているベテランの元受付嬢で、今はこの冒険者ギルドの全てを仕切るリーダーである。
「カレン先輩、お久しぶりです。本日はどういったご用件で?」
「お久しぶりね、ティルちゃん! あ~、今はそう呼ぶは駄目よね、ギルドマスター! それがね────」
母はギルマスの問いに対する答えを簡潔に説明した。ギルマスが先輩と呼んだのは、母が受付嬢時代の先輩であるからである。
「それならば仕方ありませんね。他の方依頼することにいたします。マイクさんにはくれぐれもお大事にとお伝えください。完治したらまたご指導をお願いします」
「もちろん伝える! 本当に助かったわ、ありがとう」
二人の会話が終わったため声をかけようとしたのだが、それよりもコルネリウスが口を開く方が早かった。私の斜め後方で待機していた彼は、「少しよろしいですか」と神妙な面持ちでギルマスに問いかける。
「朝早くにどうされたのですか。騎士団か冒険者に何かトラブルでも?」
ギルマスは眼鏡をきらりと光らせ、その奥から鋭い眼光を向けた。この視線は冒険者連中はおろか、騎士団の面々をも震え上がらせるのだ。
けれどコルネリウスはその目に一切の怯みを見せることなく、いつもの仏頂面で告げた。
「しばらくの間、私情により、ステレ嬢をしばらくの間預からせていただきたい」
「まあ!」
コルネリウスの言葉に私はひどい眩暈を覚えた。
後ろでちゃっかり聞いていた母は嬉しそうに声を上げ、相対するギルマスは無言を貫いている。
いくらなんでも言い方が不味すぎる。
もう少しなにか違った形で伝えられなかったのか。
喚きたい気持ちが溢れるものの、グッと堪えて蓋をする。
早出出勤の同僚らも見るからに聞き耳を立てており、すぐに噂の的となってしまうだろう。
頭が痛い私をよそに、ギルマスは平常運転で応答する。
「私情、ですか。それならばお断りさせていただきます。スレテはギルドにとって大事な戦力。確かに騎士や冒険者と違って実際に戦っているわけではありませんが、私達の戦場はこの場所なのです。むやみやたらに戦力をお貸しすることなどできません」
「それはそうですが──」
「ですが。ステレのその困りようと、騎士であるコルネリウス様を連れていらっしゃったところを見て察するに、何かやむを得ない事情があるのかと推測いたしますが、どうでしょうか」
ギルマスの視線はいつのまにかコルネリウスから私へと向かっていた。眼光炯々と見られれば、思わず冷や汗が吹き出す。重圧感を前に肯定の意を示そうとするが、その前に第三者──母からの介入があった。
「ん~、なんか面白そうな話じゃない! 私も混ぜてちょうだい」
その一言を機に、立ち話もなんだからと2階の応接室へと通された。ギルマスは母の一度首を突っ込めばそう易々と引き下がらない性格を知っているのか、追い返すこともなかった。結果、ギルドの応接室で昨日から起きた様々な現象──性的な接触以外──について話すこととなったのだが。
「ええっ、ステレちゃんってば《妖精のイタズラ》受けちゃったのね! 昔から妖精との親和性が高かったけれど、コルネリウス様もステレちゃんと同じ体質だし! うふふ、なんだか運命を感じ──」
「「感じません」」
重なったのはもちろん私とコルネリウスの声で。
それを聞いた母はさらに微笑みを深めて意味深な視線を送ってくる。ギルマスはというと、相変わらず鉄仮面崩すことなく慎重に話を自分の中に落とし込んでいるようだった。
突っ込み役の不在で、部屋は沈黙に包まれた。
居心地の悪い状況に、隣に腰を下ろしていたコルネリウスはわざと咳払いをしていた。
そんな中、ギルマスは神妙な様子で私とコルネリウスはの手首に視線を送る。
「私には何も見えませんが、ここには妖精との親和性の高い人間だけが視認できる拘束具があるのですね」
「はい……あ、やっぱり普通の人には見えないんですね。昨日、大聖堂に足を運んだとき、大神官様は見えていらしたので」
ギルマスの言葉に対して思ったことを告げれば、コルネリウスが口を挟んできた。
「あの人は俺たちよりも妖精との親和性の高い。おそらくだが、この国1ではないだろうか。だからあの地位にいるんだろうな」
昨日は手枷の件で動揺して、当たり前のように手首を見せていた。
だからこそ、先ほどのギルマスの反応で改めて認識させられる。この手枷という存在は、普通の人にとっての当たり前ではないのだということを。
私一人が妖精を見ていたときは異なる状況なのだ。
今後はより一層、コルネリウスとも協力していかねばならないと決意を新たにする。
そんな中、母が朗らかに告げた。
「ねえ。それならステレちゃんが働かない間、私が久しぶりに復帰するっていうのはどうかしら?」
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