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30.プロポーズは突然に
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「……何を言っているのか私にはわからないな。聞こえない。知りたくもない。何も見えてない」
首を振って同じような文言を繰り返す。
まるで壊れてしまった人形のようだった。
リート家の中は混沌と化していた。
当事者であるコルネリウスはというと冷静で顔色ひとつ変えていないのが恐ろしい。
私は呆然としながら彼の横顔へ視線を移す。一瞬視線がかち合った。どくりと心臓が跳ね上がる。先に逸らしたのはコルネリウスで、彼の横顔はみるみるうちに朱に染まっていった。首まで真っ赤にし、私を視界に入れないように背を向ける。
娶ると宣言をし、バルテルに言い返したときの仏頂面がまるで嘘のようだった。別人のように変貌したコルネリウスに目眩がしてくる。何がどうなっているのだろう。
知らぬうちに全身の血流が上がり、体が熱くなった。
私もその場の空気に流され、おかしくなっているのだろう。
今一度言葉の意味を確認しようと唇を開きかけたそのときだった。
「きゃー!! すごいもの見ちゃった!!」
突如、闖入者──母が現れたのだ。
怒りを撒き散らすバルテル、抜け殻のような父、顔を真っ赤にして背を向けるコルネリウス、今にも喜びの舞を踊りそうな母。
「これって公開プロポーズよね!? 今時の子ってこんなにも大胆なのね! いやーん、こっちが恥ずかしくなっちゃうわぁ」
さらに無法地帯となったリート家内を見て、私の頭は急激に冷えていった。目から光を失ったように立ちつくす私。そこに近寄ってきた母は耳元でぼそりと囁く。
「勝手な騒いじゃってたけど、こういうのは当事者の問題だから外野がとやかく言うものじゃないわよね。じっくり考えて、結論を出してね。私はいつでもステレちゃんの味方だから。……ふふっ、ステレちゃんにもようやく春がやってきたのね~」
赤くなった頬をおさえ、腰をくねらせる母。天真爛漫なその姿は10歳は若返っているように見えた。
しばらくの間混沌は続いたが、母がバルテルに対し「あのあとギルドに急ぎの仕事が舞い込んできたみたいで、あなたに伝言をお願いって頼まれたの」と告げて一旦は幕引きとなった。バルテルはまだ気持ちの整理がついていない様子だったが、「っ、仕事ならしかたねぇ」と舌打ちをして家を後にした。
壊れた人形のようだった父はだんだんと気力を取り戻していったのか、鋭い視線でコルネリウスを睨みつけ、以降は一切口を聞くことはなかった。
帰り際に、不機嫌に黙り込む父に「腰、大事にしてね」と言葉を掛ければ、瞳を潤ませて鼻を啜りながら頷いてくれたので数日経てば元に戻るだろう。
私とコルネリウスは母といくつか世間話をしたのち、実家から帰宅することにした。
帰り道、二人きりになった途端、沈黙が流れた。
コルネリウスは元々話したがりではないため、二人でいるときは私の方が率先して会話を盛り上げようとしていた。けれど今までどのようにして彼と話してきたのか分からない。
気が急いていて無難な話題を語る。
「全然呪いについての話は出来ませんでした。まあきっと母がそれについては話しておいてくれるので大丈夫だと思いますが。なんのために来たのやらってちょっと思ってましたが、父に顔を見せられたのでまあいいかなって思ってます」
気持ちに余裕がないため、ただ一人で語るだけという時間が続く。コルネリウスが話を聞いているのかわからないが、会話のない時間は気まずいので必死に口を動かし続けた。
つい先ほど爆弾発言をしたばかりのコルネリウスに対し、どう向き合えばいいのか分からなかった。
彼がどういう意図を持って『娶る』だなんて宣言したのか。
結局のところ性的な行為は最後まで行っていないし、無理矢理されたというわけでもない。流れというのももちろんなくはないが、私も同意して行ったのだ。
だからこそ彼がそこまで責任を感じていたことに気が付かなかった。
『責任』という言葉を聞いて痛む胸はきっと気のせいに違いない。
無理に笑みを張り付け、家までの道のりを歩く。
分かれ道が近づいてきた。左に行けば私のアパート、右に行けばコルネリウスの屋敷。
別れを前に私は「さようなら」と告げようと振り返った。
けれどコルネリウスはぐいっと私の腕を掴み、蒼い瞳でこちらの顔を覗き込んできた。漆黒の髪が夕日に照らされ、毛先がキラキラと輝いて見える。端正な顔にまつ毛の影が落ちる。
町外れだからだろう。
周囲にひとけはなく、あたりは静まり返っていた。
どくどくと心臓の音が耳に届く。
最初に口を開いたのは私で、この重苦しい空気を変えようとした。
「……っ、さっき私の実家で言ってたことならあまり気にしていませんから! コルネリウス様が責任を感じる必要なんてこれっぽっちもないんです。め、娶るとかそういうのは大丈夫で──」
「俺は真剣だ」
彼ははっきりと告げた。
いつもの仏頂面は消え、頬、首、耳のすべてを紅潮させ、俯きながら私の腕を掴む。思わず目を見張っていれば、あたりを静寂が支配していた。固まる私をよそに、コルネリウスは喉の奥を震わせながら言葉を紡いでいく。
「責任、とかそんなのは言い訳だ。誤魔化してるだけだった。俺はお前と結婚がしたい」
「……結婚」
言葉を反芻する。
掴まれた腕は微かに震えており、あの憎らしいコルネリウスという人物はここにはいない。ひどく臆病で生真面目な一人の青年がいた。
心臓がうるさかった。
寒いはずの外の空気がいまは心地よい。
首を振って同じような文言を繰り返す。
まるで壊れてしまった人形のようだった。
リート家の中は混沌と化していた。
当事者であるコルネリウスはというと冷静で顔色ひとつ変えていないのが恐ろしい。
私は呆然としながら彼の横顔へ視線を移す。一瞬視線がかち合った。どくりと心臓が跳ね上がる。先に逸らしたのはコルネリウスで、彼の横顔はみるみるうちに朱に染まっていった。首まで真っ赤にし、私を視界に入れないように背を向ける。
娶ると宣言をし、バルテルに言い返したときの仏頂面がまるで嘘のようだった。別人のように変貌したコルネリウスに目眩がしてくる。何がどうなっているのだろう。
知らぬうちに全身の血流が上がり、体が熱くなった。
私もその場の空気に流され、おかしくなっているのだろう。
今一度言葉の意味を確認しようと唇を開きかけたそのときだった。
「きゃー!! すごいもの見ちゃった!!」
突如、闖入者──母が現れたのだ。
怒りを撒き散らすバルテル、抜け殻のような父、顔を真っ赤にして背を向けるコルネリウス、今にも喜びの舞を踊りそうな母。
「これって公開プロポーズよね!? 今時の子ってこんなにも大胆なのね! いやーん、こっちが恥ずかしくなっちゃうわぁ」
さらに無法地帯となったリート家内を見て、私の頭は急激に冷えていった。目から光を失ったように立ちつくす私。そこに近寄ってきた母は耳元でぼそりと囁く。
「勝手な騒いじゃってたけど、こういうのは当事者の問題だから外野がとやかく言うものじゃないわよね。じっくり考えて、結論を出してね。私はいつでもステレちゃんの味方だから。……ふふっ、ステレちゃんにもようやく春がやってきたのね~」
赤くなった頬をおさえ、腰をくねらせる母。天真爛漫なその姿は10歳は若返っているように見えた。
しばらくの間混沌は続いたが、母がバルテルに対し「あのあとギルドに急ぎの仕事が舞い込んできたみたいで、あなたに伝言をお願いって頼まれたの」と告げて一旦は幕引きとなった。バルテルはまだ気持ちの整理がついていない様子だったが、「っ、仕事ならしかたねぇ」と舌打ちをして家を後にした。
壊れた人形のようだった父はだんだんと気力を取り戻していったのか、鋭い視線でコルネリウスを睨みつけ、以降は一切口を聞くことはなかった。
帰り際に、不機嫌に黙り込む父に「腰、大事にしてね」と言葉を掛ければ、瞳を潤ませて鼻を啜りながら頷いてくれたので数日経てば元に戻るだろう。
私とコルネリウスは母といくつか世間話をしたのち、実家から帰宅することにした。
帰り道、二人きりになった途端、沈黙が流れた。
コルネリウスは元々話したがりではないため、二人でいるときは私の方が率先して会話を盛り上げようとしていた。けれど今までどのようにして彼と話してきたのか分からない。
気が急いていて無難な話題を語る。
「全然呪いについての話は出来ませんでした。まあきっと母がそれについては話しておいてくれるので大丈夫だと思いますが。なんのために来たのやらってちょっと思ってましたが、父に顔を見せられたのでまあいいかなって思ってます」
気持ちに余裕がないため、ただ一人で語るだけという時間が続く。コルネリウスが話を聞いているのかわからないが、会話のない時間は気まずいので必死に口を動かし続けた。
つい先ほど爆弾発言をしたばかりのコルネリウスに対し、どう向き合えばいいのか分からなかった。
彼がどういう意図を持って『娶る』だなんて宣言したのか。
結局のところ性的な行為は最後まで行っていないし、無理矢理されたというわけでもない。流れというのももちろんなくはないが、私も同意して行ったのだ。
だからこそ彼がそこまで責任を感じていたことに気が付かなかった。
『責任』という言葉を聞いて痛む胸はきっと気のせいに違いない。
無理に笑みを張り付け、家までの道のりを歩く。
分かれ道が近づいてきた。左に行けば私のアパート、右に行けばコルネリウスの屋敷。
別れを前に私は「さようなら」と告げようと振り返った。
けれどコルネリウスはぐいっと私の腕を掴み、蒼い瞳でこちらの顔を覗き込んできた。漆黒の髪が夕日に照らされ、毛先がキラキラと輝いて見える。端正な顔にまつ毛の影が落ちる。
町外れだからだろう。
周囲にひとけはなく、あたりは静まり返っていた。
どくどくと心臓の音が耳に届く。
最初に口を開いたのは私で、この重苦しい空気を変えようとした。
「……っ、さっき私の実家で言ってたことならあまり気にしていませんから! コルネリウス様が責任を感じる必要なんてこれっぽっちもないんです。め、娶るとかそういうのは大丈夫で──」
「俺は真剣だ」
彼ははっきりと告げた。
いつもの仏頂面は消え、頬、首、耳のすべてを紅潮させ、俯きながら私の腕を掴む。思わず目を見張っていれば、あたりを静寂が支配していた。固まる私をよそに、コルネリウスは喉の奥を震わせながら言葉を紡いでいく。
「責任、とかそんなのは言い訳だ。誤魔化してるだけだった。俺はお前と結婚がしたい」
「……結婚」
言葉を反芻する。
掴まれた腕は微かに震えており、あの憎らしいコルネリウスという人物はここにはいない。ひどく臆病で生真面目な一人の青年がいた。
心臓がうるさかった。
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