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37.すれ違い
しおりを挟む私はコルネリウスに告げた。
「来週末、バルテルが冒険者の任務から帰ってくる予定だと聞いてます。彼に……彼の告白の返事にちゃんと答えてすべてを終えたあとじゃないと、自分が納得できませんから」
バルテルからの告白の返事は未だ保留中だ。
あのときは動揺しているのもあったが、コルネリウスのことを男性として好きだと理解してなかったから、バルテルへの返事もあやふやなままにしてしまっていた。
それではダメなのがわかっている。
彼は今この地を離れているが、胸に抱いた感情をしっかり気持ちを伝えて、断らなければならないと思っていた。
コルネリウスは私の言葉に不満な様子を見せていたが、「お前がそういうなら」と気持ちを慮ってくれた。
彼は私の手を取り、唇を手の甲に落とす。
私の実家からの帰り道のときのような行動に、心がほんのりと温かくなった。
・・・
バルテルが帰ってきたのはコルネリウスの実家へ赴いた日から7日後のことだった。近隣集落に現れた魔物討伐の任務だったのだが、予想以上に魔物の数が多かったらしい。近場を捜索してみればその魔物の住処が見つかり、ついでということで住処を潰す任務も増えたとのことだった。もちろんギルドで受付をしていたときに耳にした話だ。
「話あるんだけど、時間取れないかな?」
「……ああ。今日の昼以降なら時間取れるぜ。今回の討伐についての報告したら、しばらく時間空くからな」
その言葉でバルテルとは今日の夕方、私の仕事が終わったあとに会うこととなった。バルテルと話すとは言ってあるが、それがいつになるかまでコルネリウスには報告していない。バルテルとの話が終わった後に伝えればいいかと考えていた。
「おう、待たせたな」
辺りが暗くなり、日は完全に落ちた時間帯。
バルテルと待ち合わせたのは近場の食堂だった。
ここは私も彼ももよく通っている冒険者御用達のお店で、なんと個室もあるのだ。
真剣な話になるのを予想し、個室へと案内してもらう。
私たちはいつも通り食事をした。
昔から変わらずバルテルは人一倍良く食べる男で、私の3倍は料理を注文していた。それだけ食べる姿を見ていると、優秀な冒険者はどこか人とは異なる特殊な体質でなければやっていかないのかもしれないなと思った。
食事はあまり喉を通らず、自分が緊張していることを自覚する。幼い頃から共に育った相手だからこそ、真面目な話を切り出すのに勇気が必要だった。きっとバルテルも同じ気持ちだったのだろう。
「バルテル」
食後、私は遠慮がちに名前を呼ぶ。
彼は「なんだ」と短く答えた。
震える声に気づかれないよう切り出す。
「あの時の答え、今伝えるね」
私の言葉にバルテルは密かに瞳の奥を揺らした。
そんな彼の赤い目をまっすぐ捉えながらはっきりと思いを言葉にした。
「ごめんなさい」
私はその場で頭を下げた。
それだけで答えは分かっただろう。
一瞬の間ののち、バルテルはまるでその答えが最初から分かっていたかのように言った。
「あの騎士だろ」
「……っ」
今度は私が押し黙る番だった。
見透かされるようなまっすぐな瞳に思わず息を呑む。
バルテルはふっ、と微笑をこぼし、頬杖をついた。そしてわざとらしく大きくため息をつく。
「んなこと、あいつとステレの姿見た時からなんとなく分かってたっつーの」
「えっ、な、なんで」
「そんなんお前のこと何十年も見てきたからな。あの騎士野郎と一緒にいる時のステレは俺が昔から見てきたステレ
違うって漠然とおもっただけだ。ようは勘ってやつだな。まあ、あの時はステレ自身も自分の気持ちを理解してねぇだろうなって思ってたが」
バルテルが吐露した考えにムキになって言い返そうとするも、上手く言葉が出てこなかった。
それほど自分はわかりやすかったのだろうか、と羞恥心で頬が赤くなっていくのを感じた。
「んで、今あの男とはどうなってんだ。あんとき師匠たちの前でプロポーズされてただろ? 俺もあれには驚いたが……」
まるで何事もなかったかのようにからっとした表情をしているバルテル。私が気負わないように気を遣ってくれているのだろうと、思いやりの心に胸が温かくなる。
振ったばかりの男にこんな話をするのは申し訳ないと遠慮しようとする私の気持ちを先回りしてくれている。そのことがありがたかった。
気持ちに甘えて己の気持ちや事情を話そうとしている自分はまだまた妹分を抜け出せていないのかもしれない。
それでも今はこの優しさに甘えてみようと言葉にする。
「うん、受けることにした。私、コルネリウス様と結婚する」
「そうか。おめでとう……って言いたいところだが、相手があの騎士だからな。くそっ、あいつじゃなきゃもっと素直に喜べたんだが」
ちくしょう、と拳で机を叩く。
表情は苦悶を訴えるような面持ちに思わず笑ってしまいそうになった。そりの合わない二人だからこそ、その相手への反応が面白い。
くすくすと笑った後、少しだけためらった。
今の状況を誰かに伝えてもいいのか分からなかったからだ。けれど誰にも吐き出すことなく数日の間燻り続けた感情を、いい加減誰かに聞いてもらいたかった。
「私はコルネリウス様のことが好きになった。……でも、コルネリウス様は私のこと好きじゃないの。これは契約結婚……みたいなもので──」
「……? 何を言ってるんだ? 契約結婚?」
「うん。本人からそう言われたわけじゃないんだけど……」
バルテルは瞬きの間考え込む。
そしてその後「なに言ってるのかわっかんねぇ」と私の意見をより聞こうと前のめりに問い詰める。
「だからね。結婚してくれって言われたけど、ただそれだけっていうか──」
「つまり好きだとか愛してるだとかも言われてねぇし、この結婚が契約結婚的なやつなら、その説明もされてねぇってことか?」
「うん、そういうこと」
それを聞いた瞬間、バルテルは大きな声で「ばっかじゃねえの!!」と先ほどより一層強く机に拳を叩きつけた。
ばん、と強い音とともに机に置かれているグラスがぐらりと揺れる。間一髪倒れることはながったが、ガラスの中のエールはギリギリ溢れそうになるまで波立っていた。
私もびくりと肩を揺らし、鳩が豆鉄砲を食ったようにバルテルを見つめる。固まった私を置いて彼は続けた。
「あの男! 意気地なしなのか? それともただ単にアホなのか? あんな野郎にステレを取られたなんて……くそっ」
「ちょ、ちょっとバルテル! 落ち着いて! あんまり騒いでると店の人来ちゃうよ」
苛立ったように歯を剥くバルテルは「そんなの知るか」とそっぽを向く。
そしてどうやら本当に店の人が来てしまったようで、突如個室の扉がガラリと開けられた。当然ノックされてからだと思い込んでいた私は驚きで扉の方に頭を向ける。
「ステレっ!」
けれどそこにいたのは食堂の店員ではなく──今ちょうど話題に上がっていたコルネリウスその人だった。
なぜこんなところに、と疑問をぶつけるより先にコルネリウスは私の方へと駆け寄る。のだが──それよりも一歩早く動いたのはバルテルだった。
「意気地なしの男にステレはやれねぇ」
コルネリウスと私の間に立ち塞がったバルテルは突然訳がわからないことを言い出した。怪訝な表情を浮かべるコルネリウスをよそに、いきなり私の腕を掴んだかと思えば自分の胸に抱き寄せた。
「てめぇの女の気持ちもわかってねぇくせに、一丁前に怒ってんのか?」
バルテルはコルネリウスを挑発するよう吐き出す。
コルネリウスはといえば、私とバルテルを相互に視界に入れた後、鋭い瞳で赤髪の男を睨みつけた。
私はというとこの状況に置いてけぼりを食らっており、我を忘れたように二人のやりとりに気を取られていた。
「ステレを離せ」
「無理だ。さっき言ったろ? お前にステレは渡せないって」
「……っ! おい、お前もなぜこんな奴に抱かれて黙ったるんだ? 俺の婚約者だということを忘れたのか?」
矛先が変わり、コルネリウスに問われた言葉でようやくふっ、と正気に戻り「そんなことないです」と否定の言葉を口にした。
けれど返答に答えたのにも関わらずコルネリウスの不機嫌さは変わらず、眉間に深い皺を残したまま鼻を鳴らして吐き捨てる。
「……っ、前も言ったがお前はやはり好色な女なのか? 俺に何も告げずこんな個室で男と二人きりとは。それに勝手に男の胸に勝手に抱かれて平然としている──っ、下品な女だ!」
鋭い言葉が胸を抉った。
彼が血に頭が昇ったせいでつい口にしてしまったと分かっている。彼がバルテルと私の仲を疑っているのはすぐに理解した。
けれど連日の出来事で自身を無くし過ぎたせいか、コルネリウスの追求がやけに辛く思えてくる。今すぐにでもここから立ち去りたいと思ってしまった。
彼の責めるような瞳が痛くて仕方がなかった。
何もできない自分は一体彼に取って何の価値があるのだろうと、全く関係ないことまで考えてしまう。
私はバッグからいくつか金を取り出して机に置いた。
勢いだけの行動だった。その場にいた2人の様子を見る余裕もなかった。
そして涙を飲みこみ、その場から逃げるように立ち去った。
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