【完結】スパダリ医師の甘々な溺愛事情 〜新妻は蜜月に溶かされる〜

椿かもめ

文字の大きさ
19 / 44

19.告白と失恋

しおりを挟む


 私が帰宅したのは夕方だった。
 今日の啓一郎さんは早めに帰れるとのことで、家に辿り着いたときにはすでに彼はリビングのソファに座っていた。

 私を見つけるとソファから立ち上がり、こちらへと足を向けてくる。

「おかえり、紗雪」

 私は「ただいま」と返した。
    いつもと同じの挨拶ですら、緊張で声が震えてしまう。

 今日はバレエ団の見学へ行くということを事前に伝えていたため、帰りが遅めだったことについてはなにも指摘されなかった。

 夕食は外に食べに行くと決めていたため、啓一郎さんの装いは部屋着ではなくカジュアルな私服だ。

 まだ外食しに行くまでには時間があったため、家で過ごすことにする。

 今日は少し前に録画予約をしていた面白そうな映画をソファに並んで観ることにした。

 隣には啓一郎さんの肩。

 私はここで彼に好きだと告げようと決めていたが、ここに来て弱気な心が出てくる。

 録画したアクション映画には全く集中できない私は啓一郎さんはばかり意識している。
 隣でそわそわしていることに気が付いたのか、啓一郎さんは気遣わしげな視線を向けた。

「大丈夫? もしかして映画楽しくなかった?」

    違うと首を振り、私は啓一郎さんの服の袖を掴んだ。
 緊張で手が汗ばみ、心臓は弾けてしまいそうなほど早鐘をうっている。

 それを甘えた素振りだと勘違いしたのか、啓一郎さんは私の手を取り指を絡める。
 
「あっ……手汗が」

「緊張してるの? 可愛いね」

    気にした風もなくより強く握りしめた啓一郎さん。
 私は恥ずかしいので手汗を拭わせて欲しいと願ったが、彼には却下されてしまった。

 手を繋ぎ、まるで愛し合っている夫婦のような理想の姿に胸が刺すような痛みを訴える。  

 曖昧な言葉で逃げては駄目だ。
 きちんと伝えて自分の心を整理しなければ、私は二度と前に進めない。

 気づかれないように小さく深呼吸をし、私は心にずっと抱き続けてきた思いを告げようと決める。

 あの日、怪我をして傷ついた身体と心を労ってくれた温かい手。
 一緒にリハビリを頑張ろうと励ましてくれた言葉。

 私は気づいたのだ。

 あのとき、私はすでに恋に落ちていたということを。

 引き伸ばし続けてきた『好き』を伝えるため、私は口を開く。

「啓一郎さん、聞いて欲しいことがあります。私……………………啓一郎さんのことが好きです」

     そう言って私は瞼をぎゅっと閉じた。
 恥ずかしすぎて啓一郎さんの顔を見ることができなかった。

 人生初めての告白で、こんなに心細い気持ちになるなんて思いもしなかった。

 じっと反応を待つ。

 だが、啓一郎さんは一切なにも言わない。

 私はおそるおそる閉じていた瞳を開こうとしたそのとき────。



「ごめん」



   呟きが聞こえ、私はゆっくり目を開ける。
 
 いま、私は謝られた。


 どうして。
 一体なにを。

 動揺し、繋いでいた手が離れる。
 啓一郎さんの手は先ほどとは比べ物にならないほど力が入っていなかった。

「啓一郎さん……ごめんって……」

「すまない…………俺、は──」

    謝る啓一郎さんの顔に視線を送る。
 なにも考えられなかった。
 
 啓一郎さんは顔を青ざめさせている。
 沈黙が部屋を満たしていた。

 ほろりと何かがこぼれ落ち、私の太ももを濡らす。

 自身の顔に触れると頬が濡れていた。

 「……っ」

     青ざめながら私を見る啓一郎さんは息を呑んだ。

 濡れた指先を見る。
 私はどうやら泣いているらしい。

 それに気づいた私はソファから立ち上がった。
 次々と溢れ出る涙を見られないよう、啓一郎さんに背を向ける。

 私はそのまま歩き出す。

「待ってくれ! 紗雪っ!」

     後ろで声が聞こえる。
 
 もう、どうでもよかった。

 私は自宅を出て、足早に歩く。

 とにかくはやくどこか遠くへ行きたかった。

 しばらく歩き続けると、無理して酷使をしているせいか少しずつ足に痛みを感じるようになってきた。

 それでも足よりももっと痛いものがあった。

 ──心が痛くてたまらなかった。

 心と比例するように涙が溢れて止まらず、思わず道端にしゃがみ込んだ。

 通行人が何事かと視線を寄越してくるが気にならなかった。

 そうしてしばらく泣き続け、私はようやく理解した。


 ──私は失恋したのだ。


 私の『好き』に対し謝ったということは、啓一郎さんは私のことが『好き』ではなかったのだ。

 私の初めての恋は叶わなかったということ。
 よく《初恋は叶わない》というが、あながち間違いではなかったということだろう。

 告白してくれた長谷川くんは本当にすごいと思う。
 こんな気持ちを味わいながらも私を応援してくれた。

「私も……もっと強ければ……」

    気づけば天候は雨に変わっていた。
 歩く人々は傘を差し、水溜りにネオンが反射している。

 私は濡れるのも気にせずにぼんやりとそれを眺めていた。
 

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あの夜、あなたがくれた大切な宝物~御曹司はどうしようもないくらい愛おしく狂おしく愛を囁く~

けいこ
恋愛
密かに想いを寄せていたあなたとのとろけるような一夜の出来事。 好きになってはいけない人とわかっていたのに… 夢のような時間がくれたこの大切な命。 保育士の仕事を懸命に頑張りながら、可愛い我が子の子育てに、1人で奔走する毎日。 なのに突然、あなたは私の前に現れた。 忘れようとしても決して忘れることなんて出来なかった、そんな愛おしい人との偶然の再会。 私の運命は… ここからまた大きく動き出す。 九条グループ御曹司 副社長 九条 慶都(くじょう けいと) 31歳 × 化粧品メーカー itidouの長女 保育士 一堂 彩葉(いちどう いろは) 25歳

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

睡蓮

樫野 珠代
恋愛
入社して3か月、いきなり異動を命じられたなぎさ。 そこにいたのは、出来れば会いたくなかった、会うなんて二度とないはずだった人。 どうしてこんな形の再会なの?

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

叱られた冷淡御曹司は甘々御曹司へと成長する

花里 美佐
恋愛
冷淡財閥御曹司VS失業中の華道家 結婚に興味のない財閥御曹司は見合いを断り続けてきた。ある日、祖母の師匠である華道家の孫娘を紹介された。面と向かって彼の失礼な態度を指摘した彼女に興味を抱いた彼は、自分の財閥で花を活ける仕事を紹介する。 愛を知った財閥御曹司は彼女のために冷淡さをかなぐり捨て、甘く変貌していく。

婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜

紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。 連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。

処理中です...