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42.臨時講師
しおりを挟む夏が過ぎ、秋風が吹き始めた頃。
私は音楽に合わせて声かけていた。
「はい、次はロンデジャンプアテールいきますよ。準備して」
スタジオの中で私はレオタードに身を包んだ子どもたちに声をかける。みな髪の毛をお団子にまとめ上げており、その表情は真剣だ。
「はい、今日のレッスンはここまで。注意されたことを忘れないようにして、次回のレッスンで生かせるように頑張ってください。お疲れ様でした」
私がレヴァランス────バレエのお辞儀をすると、子どもたちも同じように頭を下げた。
そのままぞろぞろと練習場を出て行き、私も片付けをしたあと、事務員の方に戸締りをお願いして外に出た。
「お疲れ様、紗雪! 今日も代わりにレッスン見てくれてありがとうね」
「そんな、とんでもないです。私もいい経験になりますし」
目の前で微笑みを浮かべるのはステファニアさんだった。
私は今、ステファニアさんのバレエスクールで先生として働いている。
「ところで、今日は体調大丈夫ですか? 先日はかなり辛そうでしたが……」
「そうね、今日はいい感じ。この子もかなり主張し始めてたまにお腹を蹴ったりするの」
嬉しそうに話すステファニアさんのお腹は大きく膨らんでいた。
そう、ステファニアさんはこの春めでたく妊娠したのだ。本来ならば子供は難しいだろうと言われていたが、継続していた不妊治療のおかげか新しい命を育むことが出来たのだ。
私はそんなステファニアさんに代わってバレエスクールの代理講師を務めていた。
妊娠が分かった際、子供たちに説明をして一時お休みにしようと考えていたということだったが、私がバレエの講師を目指し始めたと聞いてよければどうかと頼まれたのだった。
当初は生徒たちな申し訳ないと迷ったのだが、その子供たちから出来るのならばレッスンを続けたいとの申し出があり、引き受けることになったのだ。
「うぅ、少しだけ寒くなってきたね」
「風邪を引いたら大変ですよ。早くお部屋に戻って────」
「ステファニアー! どこー!」
熊沢さんの大声が聞こえ、私たちは顔を見合わせた。最近、熊沢さんの過保護が重症化し過ぎており正直鬱陶しいと言っていたステファニアさんは呆れた顔でため息をついた。
熊沢さんの気持ちも分からなくはない。念願の子がお腹の中にいるのだから、過保護にもなるだろう。
私たちは「また明日」とお辞儀をし、別れの挨拶をした。
「明日、楽しみにしてるから!」
そう言ってステファニアさんは元気そうに手を振った。
私も手を振りかえし、そのまま熊沢宅を後にした。
外に出ると見覚えのある黒い外車が一台停まっており、私は目を瞬かせる。
「あれ、啓一郎さん?」
車のそばには見慣れた男がぼんやりと空を眺めており、思わず声をかける。
私の声に気がついた男────啓一郎さんははっとしたあと私に向かって歩き出した。
「紗雪! 今日は少し遅かったね。少し心配したよ」
「ステファニアさんと途中で会ったんです。今日は体調がいいみたいで。あ、お腹大きくなってましたよ。……ステファニアさん明日ほんとうに大丈夫かな……」
考え込むように俯くと、啓一郎さんは私の顎を掴み、いきなり口付けを落とす。
まさかの路チューかと驚いていると、満足したのかようやく離れてくれた。
「明日は大切な日なんだから、今日は早めに休んで備えましょうね」
「……家でもう少しだけ触れるくらいならいいでしょ? 本当なら紗雪とは1秒だった離れていたくないんだ」
その言葉に私は苦笑する。
……正直、啓一郎さんも熊沢さんに負けず劣らず過保護である。
ステファニアさんの気持ちが分かったところで私たちは車に乗り込み、自宅へと帰還した。
自宅に到着し、部屋着に着替えた私たちはそのままリビングのソファでのんびりしていた。
昨日までにやるべき準備は全て整えてあり、残すところは本番だけだ。
「明日、本当に楽しみだ。紗雪の綺麗なウエディングドレス姿を見られるなんて、俺は幸せ者だね」
「私も楽しみです! 啓一郎さんは白色が似合うので一生分目に焼き付けておきます!」
互いに惚気合う私たちは他人から見ればよく言えばおしどり夫婦、悪く言えばバカ夫婦だろう。
そう。
明日は待ちに待った結婚式なのだ。
気分がいつもに増して高揚するのは仕方がないことだ。
結婚指輪を渡された新婚旅行のあと、啓一郎さんが会場を押さえてくれていたため年内に催すことができたのだ。
夏にはウエディングドレスを選んだり、どんな披露宴にするか悩んだりとやることが目白押しだった。そのため今年の夏は忙しく動き回っていた思い出ばかりだ。
あとは啓一郎さんの妹さんである春佳ちゃんのお墓参りにも行った。
綺麗に整えられていた墓石や新鮮なお花から頻繁に人が訪れていることが伺えた。ちなみに啓一郎さんも海外にいたときから年に一度は日本へ帰国し、春佳ちゃんのお墓参りをしていたそうだ。
「明日も早いしそろそろ寝ようか」
啓一郎さんの声に私は頷き、いつものダブルベッドへ潜り込む。
私たちはお休みのキスをし、待ちに待った結婚式に備えて目を閉じた。
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