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24.抱いてください

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 その後、舞踏会は何事もなく無事に終わった。アデリーナをエスコートしていたロレンシオと帰宅した私は現在彼の部屋で二人きりだ。

 帰り馬車では互いによそよそしかっただろう。
 何を話せばいいのか分からず、混乱していた。
 ロレンシオの顔を見ればどうしてもバルコニーでのキスを思い出してしまう。あの柔らかさと温かさを。

 私たちは沢山のエッチなことをしてはいたが、唇を重ねることはなかった。
 意識していたことではないが、やはり互いに気持ちがすれ違っていたのかもしれない。

「…………」

「…………」

 お互い黙ったままのため、部屋には沈黙が続く。

 私は照れる心を押し殺し、ロレンシオに近づく。彼は少し息を飲むが、その場から動くことはない。

 気がつけば身体と身体が密着しそうなほど接近していた。
 私は熱に浮かされたようにその薄い唇に己のそれを重ねた。本日3回目のキスだった。

「……んんっ」

 ロレンシオは私の下唇を軽く喰むようにして啄む。思わずは鼻から息が漏れてしまい、己の嬌声に恥ずかしくなった私はどこか居た堪れない気持ちになった。
 それを見通してか、ロレンシオはふっと顔を綻ばせるのが伝わってきた。

 ゆっくりと唇同時が離れる。
 重ねていたのは数秒程度だったが、ひどく長い時間だったような錯覚を覚えた。

「……どうしてバルコニーでキスしたんですか? どうして今、私からのキスを受け入れてくれたんですか?」

 思わず尋ねる。
 答えを聞きたい思いと聞きたくない思いが混ざり合い、胸中はざわついていた。

「…………俺にもよく、わからん」

 眉を寄せて悩むロレンシオ。
 私は思わず笑ってしまった。

「ふふっ、なんですか、それ」

「分からんもんは分からないんだ。……仕方がないだろ……」

 さらに困惑の表情を深めるのを見て、私は心を決めた。

「じゃあ仕方ないですね! ……そんなロレンシオ様に一つ、頼み事をしてもいいですか?」

「……なんだ、頼み事とは……」

 私は満面の笑みで言った。


「私を抱いてください! もちろん最後まで!」


 ロレンシオはぐっと押し黙る。
 それでも私は続けた。

「三つ目の未練をどうか一緒に……王都にお買い物にも行きましたし、舞踏会も参加できました。残る一つは気持ちのいいエッチだけです」

「……それは──」

「それがなくなれば、私は成仏できる……と思います。まあ成仏した事ないんで確証はないですけど……」
 
 ロレンシオはどこか戸惑ったように私の瞳を真っ直ぐ見つめる。私は負けじと見つめ返した。

 今、心の底から彼に抱かれたいと思った。
 初恋だったアーベンでも他の人でもなく、ロレンシオという一人の男に。

「お願いします……」

「俺はお前の頼みに弱いのかもしれない…………はぁ、分かった。今日は最後までする。────覚悟しとけよ?」

「……っ、はいっ!」

 そうして私は力強く頷いた。




 暗い部屋で私とロレンシオはベッドに腰掛け、向かい合っていた。

「で、ではっ、お願いしますっ!」

「緊張しすぎだ。それじゃあ色気もクソもない」

「だ、だって最後までするのははじめてですし……ドキドキしちゃうんです」

 俯きながら体をモジモジさせていると、ロレンシオは肩をすくめて笑う。

「どこの誰だっけな。はじめて会話した日に俺にセクハラしてきたやつは……」

「ぎくっ」

「添い寝したいですって押しかけてきて、胸触って下さいって言ってきたこともあったな……」

「ぎくぎくっ」

 挙動不審に目線を彷徨わせる私に苦笑したロレンシオは私の両頬を片手でつまむように掴む。飛び出た唇によって大方タコのようになっているだろう。

「……お前は本当に面白いやつだ。それに────すごく可愛い」

「ど、ど、ど、どうしたんですか、突然! ロレンシオ様、どっかに頭でもぶつけちゃいました?」

   ロレンシオの口から出たとは思えないほどの甘い声と言葉に心臓が跳ね、ひどく落ち着かない気分にさせた。
 気にした素振りもないロレンシオは両頬をを掴んでいた手を離し、優しく輪郭を撫で上げた。その官能的な触り方に思わず身体がびくびくと震える。

「……んっ」

 甘い声も漏れたそのとき、ロレンシオは再び唇を重ねてきた。
 けれど今回のキスは重ねるだけのキスではなく、貪るような大人のキスだった。
 何度も啄み、舌で私の唇の輪郭をなぞられればゾクゾクと身体の中から快楽が広がっていく。

 息が苦しくなり酸素を求めようとして口を僅かに開ければ、口内に分厚い舌が侵入する。ぬるぬると歯列や上顎をなぞり、私の舌でに絡める。どちらとも言えない唾液が口端からこぼれ落ちると、ロレンシオはそれを舌で掬い上げた。

 まるで全てを食い尽くされてしまうようなキスに身体からは力が抜け、呼吸が乱れる。
 酸素不足で頭が朦朧としてきてからようやく唇同士が離れた。

「はっ、はっ、はっ、はっ──」

 呼吸を荒げる私をロレンシオはゆっくりベッドに押し倒した。生理的に溢れ出た涙が眦からこぼれ落ち、シーツにこぼれ落ちる。
 ロレンシオは私の一筋の涙を親指で拭い、もう一度唇を重ねた。
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