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椿かもめ

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幼少期のトラウマ2

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 突如2人の間に声が割って入る。柔和な声が悪態をつくお馴染みを戒めた。その瞬間、反射的にヘドヴィカの心臓がどくりと跳ね上がった。急激に体温が上がり、のぼせているのではと思うほど頬が熱くなる。

「うるせえな、アダム。お前には関係ねぇだろ」

「そんなことないよ。ベークマン公爵家の息子でもある君を戒めるのも分家の僕の役目だ」

 ヘドヴィカは顔を俯かせながらもちらりと視線を向けて話す少年を覗き見る。目線の先に佇むのは美しい金髪の美少年で、穏やかな貴公子然とした雰囲気に一層心臓が騒ぐ。
 
 アダム・ベークマン。

 伯爵家の嫡男で、王子様のような外見と性格を持つ同年代の男の子だ。ヘドヴィカを揶揄うボジェクの親戚に当たるらしい。

 周囲の令嬢から向けられる敵意の視線が強まったのは勘違いではない。この目の前のアダムはもちろんのこと、ヘドヴィカに意地悪を言うボジェクはこの茶会に参加している少年らの中でずば抜けた容姿をしていた。それにベークマン家といえば名門中の名門だ。だからこそ嫉妬を含んだ視線がぐさぐさと突き刺さる。

 けれど今のヘドヴィカにはそんなこと関係なかった。

「大丈夫? ヘドヴィカ嬢?」

 気遣わしげに顔を覗きこまれ、体温がさらに熱くなった。ゆっくりと顔を上げれば彼の碧い瞳とぶつかり、ヘドヴィカは思わず「ええ」と口にしていた。

 穏やかな雰囲気が流れる中、それを面白く思わない人間がいた。ボジェクだ。

「お前、俺の言葉は無視したくせにアダムには答えるのか。ヘドヴィカのくせに生意気だぞ」

 そう言い募り、ボジェクは舌を鳴らしながらそばにあったティーカップ手に取った。すでにぬるくなって放置していたものだ。

 ヘドヴィカはボジェクの行動をただ目で追うだけだった。何をするのかと思えば、彼は口元を歪めて嘲笑いながらそのティーカップの中身をヘドヴィカに向かってぶちまけたのだ。

「きゃっ!」

「おい、ボジェク!」

 赤い紅茶が桃色のドレスとヘドヴィカの銀色の髪を濡らす。思わず手の甲で防御したため、真っ白な手袋は赤く染まってしまった。

 ぽたぽたと横髪から水滴が垂れ落ちる。
 ヘドヴィカは呆然と目の前の黒髪の少年を見つめた。すぐに目の奥から熱が込み上げてきて、次の瞬間には眼球に薄い涙の膜を張る。目端から流れ落ちていく涙。喉の奥から漏れ出そうな声をどうにかして押し留めようと口元に手を当てた。

 人前で声を出して泣くことはみっととない。
 そう教育されたヘドヴィカの貴族としての矜持だった。

(こんなこといつものことよ。ボジェクが意地悪してくることなんて慣れてる)

 それでもなお涙が止まらないのは、羞恥心とやり返す勇気のない自分への怒りからくるものだった。

「ボジェク、いくらなんでもやりすぎだ。ヘドヴィカ嬢の家がいくらお前よりも爵位が低い伯爵家だからって、彼女の母は元皇族だぞ? 問題になったらどうするんだ! それに女の子にここまでやるなんて」

「アダム。こいつに優しくすんな。なにせ子豚姫だぞ? 姫って呼ばれてるのは皇族の血を引くからじゃなく、ふりふりの似合わないドレスを嘲笑ってのものだってお前も知ってるだろ」

「そんなこと今は関係ないよ。……ヘドヴィカ嬢、これ使って」

 ヘドヴィカの手元にハンカチが差し出される。アダムを見れば申し訳なさそうに眉尻を下げていた。

 そのときヘドヴィカは心を占めたのは、ボジェクに嫌がらせをされた怒りや悲しみよりも、好意を寄せているアダムに優しくされたことへの高揚感だった。優しい言葉をかけてくれることは度々あっても、アダムからハンカチを渡されたことのある令嬢はそう多くないだろう。

「あ、ありがとう……」

 ヘドヴィカは鼻声になりながら刺繍入りの綺麗なハンカチを受け取る。それで目元を押さえれば、薔薇の香りが鼻腔をくすぐった。

 この騒動で周囲から視線を集めていることは自覚していた。けれど今はそれよりもアダムと会話をできている、優しくされていることが胸を昂らせる。

 ヘドヴィカがわざわざこの居心地の悪い茶会に出席している理由はただ一つ──アダムに会うためなのだから。
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