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問いかけの意味と地雷2
しおりを挟むなにか言いたいことがあるのかと思えば、むっつりと閉ざされた口からそういうわけでもなさそうで。気まずさを抱えたままヘドヴィカはようやく食事を終えた。いつもと同じくらいの量を食べたのにも関わらず、胸焼けがするのはきっとこの視線に重圧を感じていたせいだろう。
ヘドヴィカはどうするか迷い、意を決して口を開いた。
「旦那様」
呼び方に違和感があったが、婚姻を結んだとなればこう呼ぶのが当然だろうと思った。
すると体をぴたりと止め、まじまじとヘドヴィカを見つめてきた。つい先刻までの目線の合わなさが嘘のようで、呼びかけた張本人でヘドヴィカも目をぱちぱちと瞬いて見つめ返す。
視線が重なってしばらくしてからようやく「なんだ」と返答される。反応があったことに一息つく。
低い声に対して、少しだけ表情が明るくなっているのは気のせいだろうか。まるでいたずらをして飼い主に叱られ落ち込んでいた犬が、しょうがないと許された後のようだ。期待に満ちた瞳を向けられると言いようもない罪悪感が押し寄せてくる。
ボジェクという意地悪の代名詞のような人が、そのような不似合いな顔つきができたのか。困惑が押し寄せる。
そんな心中の中、おそるおそる問いかけた。
「……入浴後は私が寝ていた寝室に行けばよろしいのでしょうか?」
「なんだと」
ボジェクの声が一段と低くなる。
眉根の皺が刻まれ、疑念が顔に出ていた。
「その……し、初夜の件なのですが」
尋ねにくいことを口にしている自覚はあった。
だが、夫婦にとっては必要なことだ。むしろそのための政略結婚であって、それを蔑ろにすることはできないと知っている上での問いだ。
「……お前は倒れたばかりじゃねぇか。それに俺に触れられらことが嫌なんだろう? 婚姻の儀で倒れてたし」
ボジェクの言葉には苛立ちと焦燥感が見え隠れしていた。強めの口調で責め立てるような言い方にヘドヴィカは漠然と不安を抱いたものの、それらを押し殺しながら口を開く。
「そ、それとこれとは関係ないと、思います……ふ、夫婦としての義務を果たさなければと思って──」
「──義務感で嫌々俺に抱かれようって?」
地雷を踏んだ。
ヘドヴィカはすぐに理解した。
まるで蓄積した不満が爆発したかのようにボジェクの声色が一気に変わる。
滲み出た怒りを感じ、ヘドヴィカは硬直した。直前までの静けさは怒りが爆発する前兆だったのかもしれない。
ボジェクは机を強く叩きつけ、舌打ちをした。椅子から腰を上げればカン、と食器と食器がぶつかり合う音が耳に届いた。緊張感が食堂を支配する。ヘドヴィカも肩を揺らし、突然の事態に戦慄いた。
彼はゆっくり移動を始め、ヘドヴィカの元へ歩み寄ってくる。近づく距離と比例するようにばくばくと心臓が早鐘をうち、全身が嫌な汗をかき始める。屋敷に入ってから距離を取り続けていたボジェクだったが、ついにヘドヴィカの腕が届く距離までやってきた。
口付けのせいで少しばかり耐性がついてしまったのか、失神できないのがもどかしい。
(なにを怒っているの!? いきなりどうしたの!?)
理不尽な怒りだと思った。
ヘドヴィカはボジェクも考えているだろうことを述べただけだ。彼も義務として結婚したのだから、貴族の義務──つまり子を成すことについて重々承知しているだろう。
後継を作り、次代へと繋ぐ。そのための政略結婚なのだから。普通に男と接するのが難しいからと言って、その役目を放棄するわけにはいかないことは婚姻する前から理解していた。
(触れられればきっと失神する。ならばいっそ最初に気絶している間に子作りしてくれれば、私の気も楽になるかもしれないわ)
意識のない体を弄ばれるというのも恐ろしい話だが、ヘドヴィカの男性不信を改善することができないのであればそれしか手の打ちようがないのだ。
(この人はどうせ私を嫌っている。そして私も同じ。起きていても寝ていても嫌なことも恐ろしいことも変わらない)
目前で立ち止まったボジェクは鋭い視線でヘドヴィカを見下ろし、不機嫌に彼女の細腕を掴んだ。乱暴な動作であったが、不思議と手首に痛みは感じなかった。
いきなりの接触にヘドヴィカの息は止まりそうになる。ぶるぶると震えながら男に掴まれた腕を振り払おうとするも、結局は無駄な抵抗に終わった。
「……っはぁ、はぁ」
「たったこんだけで怯えている奴のどの口がいってるんだ?」
乱れた呼吸を繰り返すヘドヴィカに一瞬だけ瞳を揺らしたような気がしたが、気のせいだろう。
ボジェクは顔を歪め、眼前のヘドヴィカを爛々とした瞳で見つめる。そして絞り出すような声色でヘドヴィカを責め立てる。
「はっ、どうせ嫌われてるんなら、もっと深いところまで落ちてやるよ。より一層嫌われて憎まれてやる。これで満足だろ? ヘドヴィカ、お前が言ったんだからな。俺はそれに従うだけだ」
「……っ」
「お前のお望み通り抱いて抱いて……嫌がってもやめてやらねぇ。これってほどないくらいに絶望させてやる。それで俺のことを好きなだけ憎めばいい!」
ボジェクは口元を歪め、笑った。
昔のボジェクと同じようにヘドヴィカを忌み嫌うように吐き捨てる。まるで天気のように移り変わる彼の感情の波にヘドヴィカはついていけなかった。
眩暈と吐き気が込み上げる。
真っ赤な瞳が自身を貫き、瞳の奥に潜む激情がヘドヴィカの身を焼きつくさんばかりに燃えている。
ぱっ、とヘドヴィカの腕を離したボジェクは足音を立てて歩き出す。ヘドヴィカは自失呆然と後ろ姿を目で追った。扉を開き、ボジェクは背中越しに告げる。
「──あの部屋で今夜お前を抱く。せいぜい震えて用意していろ」
彼はそう吐き残し、食堂を後にした。
残されたヘドヴィカは荒い呼吸をつきながら、ぶるぶるとその場で打ち震えるのだった。
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