お断ちになった恋愛感情は現在使われておりません。

椿かもめ

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触れる指先1

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 夕食を終えたヘドヴィカは初めて自室とされる部屋に案内された。寝室と同様、白を基調とした家具だがさらに女性らしい華やかな雰囲気のある内装だった。かと言って落ち着かないほど派手派手しさがないのが好ましい。

(……可愛い部屋)

 見渡せば花瓶に刺さった花や観葉植物なども置かれており、どこか安心した。日課で庭園の散歩をしていたヘドヴィカにとって、植物鑑賞は趣味の一つのようなものだからだ。

 先ほどまでふらついていた身体は調子を取り戻し、ふぅとため息をつきながらソファへと腰掛けた。

「奥様、ご入浴の準備が整いました」

 使用人の言葉に頷き、浴室へと案内された。
 そこでは使用人らに念入りに身体を現れ、花の香る香油を塗り込まれる。入浴と聞いた瞬間から今晩のことを思い、極度に緊張していたが少しだけほぐれたような気がした。

(ここまで丁寧に入浴の手伝いをしてもらったことはなかったわ。さすが公爵家の使用人ね)

 どうやらこの屋敷で働く使用人たちはもともとベークマン公爵家で働いていたものたちで、ボジェクが引き抜いてきたものがほとんどだという。ヘドヴィカの世話をする使用人の中には幼い頃のボジェクを担当していたという人もいた。どうやらその人が使用人らを統括する頭のようで、エスメという名前らしい。
 
 エスメの『ボジェク様はとても我の強い方ですから、きっと奥様も大変でしょう』という言葉に苦笑いを浮かべることしかできなかった。それでも彼女はヘドヴィカのようにボジェクのことを恐れているようには見えず、不思議に思って問えば。

『ですがあの方は分かりやすいですから、心配なさらずとも大丈夫ですよ。……こんなことを知られれば怒られてしまいますね』

 と穏やかに笑っていた。どうやらお茶目な一面あるらしい。
 ヘドヴィカはボジェクのことなど全く分からないので共感できなかったが、そう思う人もいるのだと感心した。
 そうこうしているうちに気づけば寝床につく時間が近づいてきていた。自室で髪を梳かされながら不安に顔を曇らせていれば、後ろで若い使用人が熱いため息をつく。

「本当に奥様はお綺麗ですよね。思わず見惚れてしまいます」

 ヘドヴィカ付きの使用人となったその子はコリーといい、自分よりもいくつか年齢の若い少女だった。どうやら彼女は先ほどボジェクのことを話していた使用人頭のエスメの娘らしく、とてもよく顔が似ている。

「……そんなこと言われたのは初めてかもしれないわ」

「ええ! みなさん口に出さないだけで、絶対そう思ってますよ! 特にこの髪! 銀色の髪なんて初めて触らせていただきましたが、艶々と輝いていてまるで宝石みたいです」

 ぐいぐいと迫ってくるコリーに礼を告げるも、ヘドヴィカはその褒め言葉を素直に受け止めきれなかった。卑屈な性格はこういう時に難儀なものだ。笑顔を取り繕っていれば、コリーは褒め続ける。

「お肌もシミひとつない真っ白な肌ですし、お顔立ちも文句のつけどころがありません……はぁ、何時間でも見ていられます」

 熱烈な視線に少しだけ居た堪れなさを感じてしまうのはヘドヴィカの自信のなさが原因だった。
 鏡に映る自分を見て、ヘドヴィカはすっと目を逸らした。屋敷に篭り続けていたヘドヴィカは家族以外の人間に褒められてことなどない。子供の頃にバカにされた記憶ばかりが染みつき、素直に受け止めきれないのだ。ゆえに突然コリーに絶賛されてどうしていいのか分からなかった。

 髪は綺麗に整えられたあと、ヘドヴィカはネグリジェを纏った体にカーディガンを羽織った。コリーと並びながら寝室の扉の前に立つ。

(ついに来てしまったわ……)

 先刻まで横になっていた部屋に来ることがこれほどまでに疎ましいと思うなんて。ぶるりと震えながら両手で自分を抱くように二の腕を掴む。準備の段階ではなるべく考えないようにしていたが、安易なことをいってしまったのかもしれない。今更後悔しても後の祭りなのだが。

(あんなに怒るだなんて。……資金援助を受ける側で家格も格下。乱暴にされたり、何をされても文句なんて言えない)

 自分から閨についての話題を提示したくせに今更なにをと思うが、恐ろしいものはどうしようもなかった。
 今から起こるであろうことを思えば、言葉通り恐怖で失神してしまうだろうことは想像に容易い。

 寝室にはすでにボジェクが待っていた。
 バスローブを見に纏った彼はどこか憂鬱そうな面持ちで窓辺の椅子に腰掛けていた。ヘドヴィカが部屋に入ったのを確認すると、ゆっくり視線を寄越す。

「……っ」

 目線がかち合い、ヘドヴィカは思わず後退りした。すでに背後の寝室の扉は閉められ、これ以上後には引けない。
 そんな彼女を一瞥したボジェクは皮肉げに口元に弧を浮かべる。

「きたか」

 普段に比べて一層低い声でつぶやいた。
 地に響くような低音にヘドヴィカは思わず身震いする。

「来い」

 口数少ない様子が異様で、ヘドヴィカはごくりと唾を飲み込んだ。そして恐る恐るといった歩調でボジェクの元へと歩く。すると途中に置かれたテーブルを指差し、ボジェクは一言告げた。

「それ飲めよ。楽になるぜ」

「……え?」

 そこにはグラスと琥珀色の液体の入った瓶が置かれていた。ヘドヴィカは訝しげにボジェクを見たあと、指差されたものを視界に捉える。

(これは……お酒かしら?)

 あまりにも意外だった。
 ボジェクから酒を勧められるだなんて。

 どうやら彼の手元にも同じ色の液体の入ったグラスがある。どうやら晩酌しているようだ。
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