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椿かもめ

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不審な行動1

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 どうやら眠ってしまっていたらしい。
 ヘドヴィカが目覚めるとすでに窓外は明るくなっていた。目を瞬き、ぼんやりと外を眺めていると次第に覚醒した脳裏に思い出されるのは。

「……昨日のあれ、なんだったの?」

 ヘドヴィカは鮮明とまではいかずとも、何をされていたのか覚えていた。昨晩、自分が酒だと思い口にしたものはどうやら体の自由を奪うような薬のようだった。

(まさかそんな薬だったなんて……説明はなかったけど、自分で飲んでしまったのは軽率だったわ)

 不思議と怒りや恐怖より、疑念の方が勝っているのはボジェクの不審な言動のせいだろう。
 世界で一番苦手な男が自分に肉体の制御を奪うような薬を勧めてきたきて、計画通りにそれを飲ませることに成功した。のはずなのに。

(……最後までされなかった)

 夕食のときはヘドヴィカに対してひどく苛立ちを見せ、今夜抱くと宣言していた。それなのにも関わらず、少しだけ触れた後、最後まですることなく急に部屋から飛び出していってしまったのだ。

 正直にいえば夕食の時に言われた言葉も驚きだった。
 彼はヘドヴィカのことを幼少期ブス、デブと忌み嫌っていて、きっと触れるのも嫌がると思っていたからだ。ヘドヴィカ自身も嫌々ながら初夜を過ごす予定で、互いに意に沿わない行為のはずだった。ヘドヴィカのことを抱きたいとも思ってないだろうから、もしかして白い結婚でいられるかもなどと淡い期待を抱いていた。そんな下心もあり、ボジェクに初夜の予定を尋ねたのだが。

 そんなことを考えていると、部屋の扉が叩かれてヘドヴィカ付き使用人のコリーが入ってきた。初夜を終えた新婚夫婦の寝室に躊躇なく立ち入ったことから、すでにボジェクがいないことを知っていたのだろう。

「おはようございます、奥様。ご朝食はいつでもご用意できます。まずはお召し物を」 
 
 そう言われてネグリジェを着替えようとする。
 肩紐を外そうとして、昨晩のことが頭に浮かんだ。

(そういえばネグリジェも少し脱がされて胸、見られたんだったわ……)

 使用人以外に肌を見せたことがないヘドヴィカは急に羞恥を抱き始める。年頃の男に一糸纏わぬ姿を見られた。
 ボジェクの指先は熱く、己の肌を這いずっていた。ぎゅっと目を瞑り、昨晩の光景を頭から追い出そうとすると、コリーは不思議そうに「奥様? いかがされましたか?」と口にした。

 そのとき自分の手が止まったいたことに気づき、急いでネグリジェを脱ぎ捨てる。
 
「……ぁ」

 肌を露出し、ヘドヴィカは気がついた。

(なに、これ……)

 己の胸元に咲く真っ赤なあざ。
 まるで花弁のようなそれが胸を中心にいくつも散っていたのだ。

 小さく息を飲み、まじまじと見ればどう考えても昨晩の行為の残滓であった。急激に身体が熱くなり、ヘドヴィカは顔を引き攣らせる。
 コリーはそれを目にした途端、丸い頬を真っ赤に染め「きゃっ!」と嬉しそうに目を輝かせた。対してヘドヴィカは見られてはいけないものを見られてしまったとばかりに、バツの悪い面持ちで急いで体を覆い隠した。

(こんな……跡になるものなの?)

 昨晩は半覚醒状態ゆえ、こんな跡をつけられていたなど知る由もなかった。たまにちくっとするなと思っていたが、まさかこんなことになっていたとは。
 どこか生々しいそれに、ようやく自分の身に起きたことなのだと実感が湧いてくる。

「大丈夫ですよ、奥様。旦那様以外には見られないような場所にちゃんとありますから! それにしても奥様がきちんと愛されていたようでなによりです。昨日、夕食の場にいた使用人たちはお二人が早速不仲だと噂していて、少し不安だったんですよ」

「ちがっ──」

「でもそんなのただの噂に過ぎませんでしたね。ふふふ、こんなふうに跡を残されるだなんて、旦那様って意外と独占欲強いんですね! 普段の姿から想像もできない……いや、出来るかも?……何はともあれとにかく驚きました!」

 にこにこと上機嫌なコリーはきっと悪気など微塵もないのだろう。
 自分より年下でお喋り気質な彼女は昨日一緒に過ごしていただけでもお調子者といわれるような性格なのだとわかった。とっつきやすさはヘドヴィカも好感が持てるが、人懐っこい一面が今だけは少し憎い。

 ヘドヴィカはどう答えるべきが悩み、無難にやり過ごすことに決めた。

「……そうね」

 そう。無難にやり過ごすつもりだったのに、どうやらヘドヴィカの返答が引き金となってしまったのか。コリーはさらに興奮して顔を紅潮させ、にやにやと口元を緩ませていた。嗜めるのも精神力を使いそうで、彼女の話を聞き流しながら支度を終えたヘドヴィカはそのまま食堂へと向かう。

「──そういえば聞かれましたか?」

 歩きながら突然コリーに問いかけられる。ヘドヴィカは「どうしたの?」と使用人の話に耳を傾ける。

「実は昨日の夕方ごろ、男性使用人のほとんどがベークマン公爵家の本宅に移動になったんです」

 その言葉を聞き、ヘドヴィカは立ち止まった。寝耳に水とはこのことで、目を丸くしてコリー見つめる。どうやら嘘は言っていなさそうだ。

 彼女の話を伺えば、どうやらヘドヴィカが夕食よりも少し前に寝室でくつろいでいた時間、使用人らは集められたのだという。そこで辞令があったのだ。公爵家から移動してきたばかりだというのに、突然の命令に皆戸惑ったという。
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