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見舞いに来たわけじゃない2
しおりを挟む改めて自分の状況を認識したヘドヴィカはこんなふうに落ち着いて会話できることを不思議に思った。
また会話が途切れたが、今しがた入室してきた時に比べて空気は軽い。
そんな中、先に口を開いたのはボジェクの方で。
彼は決まりが悪いといった面持ちでぽつりとこぼす。
「──俺のせいだろう。昨日、薬飲ませて……勝手に色々したから」
「えっと。今日の体調不良はただ単に食事を食べすぎたせいで消化不良になってしまっただけですよ。昨晩の出来事は関係ありません」
厳密に言えば、ボジェクとの食事の気まずさに無心で食べ物を口に運び続けたためなのだが、それをすべて彼のせいにするつもりはない。
ボジェクは気色ばんだかと思えば、前のめりで言い募る。
「お前、昔と比べて痩せすぎなんだよ! だから簡単に体調を崩すんじゃないのか。あの頃は甘いものばっかり食べててもっと──」
その続きは耳に届かなかった。
聞いた瞬間、言葉の続きが簡単に予想できてしまったからだ。
同時にヘドヴィカの脳裏に昔の光景が甦る。
『デブでブスなんて終わってるな』
『子豚姫? お前にぴったりなあだ名だな』
揶揄うよう、茶会で顔を合わせるたびに放たれてきた言葉の数々。
(昔はもっと──なに? 太っていたって?)
思い出したくもない過去の記憶が些細な言葉をきっかけに掘り返されていく。過敏になりすぎているとも思うが、ボジェクから放たれた言葉だと思うと余計にトラウマを刺激していく。
そのとき彼はようやく過去の出来事を思い返すような発言をしたことに気がついたようだった。
押し黙った様子のヘドヴィカを見てボジェクは自分の発言の軽率さを感じ取ったのか、「あっ」と小さく声を漏らした。そのあと、視線を揺らして背中を丸めた。
きっとヘドヴィカはひどい顔をしているに違いない。
そんな彼女を視界に捉えたボジェクは何を考えたのか、信じられないことに。
「っ、悪い」
最初は部屋に誰が別の人間が隠れている可能性を疑った。
それほどまでに目の前の男と口から出た言葉は不釣り合いで、ヘドヴィカは呆然と目を見開く。
(今、謝られた? どういう風の吹き回しなの? 遠回しの嫌がらせが始まったのかしら?)
警戒心を高めるヘドヴィカの内心などいざ知らず、ボジェクはそのまま口を結んで一言も話さなくなってしまった。その表情はまるで拗ねているようにも見える。
(……なんなの、この人。謝ったかと思えば、拗ねたように黙り込んで。まるで子供みたい)
トラウマを刺激され不安を煽られていたつい先刻までの心中は、今や困惑と疑念が渦巻いていた。
流石に無視するわけにもいかないため、ヘドヴィカは顔を引き攣らせながら声を出す。
「な、何を謝っているのかは分かりませんが……別に私は──」
言葉が続かなかった。
気にしていない、などと軽率にいうことをためらった。
彼が何に対して謝ったのかは分からない。昔の古傷を突いたことに対しての謝罪なのか、単にヘドヴィカの異変を察知してつい口にしたのかもしれない。
けれど『平気だ』と伝えることは、公然と嘘をつくことにほかならないことだけは確かだ。
ヘドヴィカはボジェクの対して全ての行いを気にしているし、傷つけられた過去をなかったことにするなどできないと思っているから。
また沈黙がやってくる。
新婚夫婦とは思えないほどの深刻な雰囲気が場を満たす。険悪とまではいかないものの、自分の態度で空気を悪くした自覚があったヘドヴィカは誤魔化すように「もういいですから、楽にしてください」と告げ、苦笑いを浮かべた。少しだけ空気が緩む。
雰囲気を断ち切ろうと考えたのか、ボジェクは思いもよらない言葉を発した。
「……そういえば前々から気になってたんだ。お前なんで敬語なんだ」
突然、彼に問い詰めら、ヘドヴィカは困惑した。
(いきなりどうしたの? 敬語なしで話せってこと? それこそ無理な話じゃない。それにそこ、気になるところなのかしら)
予想外な言葉に狼狽し、口籠っている彼女を見てボジェクは続ける。
「昔はタメで話してたじゃねえか。そうやって畏まられるとやりずれぇ」
「うーん、昔は子供でしたから、今とでは色々と異なりますし。この方が話しやすいんです」
「だが──」
ボジェクは見るからに納得していなかったが、ヘドヴィカにとっては敬語の方が気楽だ。
そんな些細なところが気になるのか。彼女は不思議に思った。
ヘドヴィカとしてはいきなりタメ口で話せと言われて複雑な思いもあった。敬語というのは心の壁であり、ボジェクに対して常に警戒しているのが本人に伝わっているのかと身の置き場のない心地がしたからだ。
息を飲んだヘドヴィカはわざと大袈裟に溜息をつき、話題を切り替えた。
「……そろそろ疲れたので、もう休みたいと思います」
「あ、ああ。わかった」
「最後にその……改めて言いますがお花、ありがとうございます」
ヘドヴィカは遠慮がちに微笑んだ。
少し強張ってしまったが、ボジェクは彼女の表情をみて少しだけ顔を緩めた。若干口角が上がっているように見えるのは気のせいだろうか。
礼の言葉は本心だった。
たった1日で望郷の念に駆られていたが、この話を見たおかげで多少なりともそれが薄まったように思う。ほんの少しだけではあるが。
ボジェクはまるで名残惜しいとばかりにヘドヴィカの顔をじっと見続けていた。
(……なんでこんなに見てくるのよ)
再度襲いくる居心地の悪さに顔を逸せば、ボジェクはようやく見るのをやめた。そそくさと歩き、足を扉の方へと向かっていく。
がちゃりと自室の扉が閉まったと同時にヘドヴィカは手に持った花を今一度目に映した。
「……ほんとにきれい。あの人、覚えたのね」
心の傷が疼くと同時に、郷愁を感じた。
あの頃の自分はまだ何も知らず、あどけなかった。
まさかボジェクと婚姻を結ぶことになるとは、幼少期の自分に聞かせたら腰を抜かすだろう。嘘だと忌避感に打ち震えるかもしれない。
そんなことを考えていれば、気がつけたのか次第に睡魔が襲ってくる。ヘドヴィカは本能に身を任せ、瞼を閉じて眠りについた。
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