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椿かもめ

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新婚旅行1

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 ボジェクはその場で固まった。
 まるでヘドヴィカの言葉など聞こえていないという様子にこちらが困惑しそうになる。
 しばらくして気を持ち直したのか、彼は探るような視線を向けた。

「……自分が何を言っているのか分かって言ってるのか?」

「もちろんですわ」

「お前は男のそばにいると発作が起きると──」

 その言葉にヘドヴィカは頷く。
 同時に一歩一歩踏み出し、ボジェクの元へと近づいていく。そして手を伸ばせば届くといったところまで近づき、口を開いた。

「旦那様、どうか協力していただけませんか。私が男性不信を完治するために」

「……どういうことだ?」

「この距離、今までならばきっと震えていたでしょう。けれどその……口付けなどの触れ合いを経て、私も少しずつ慣れてきていると自覚しました。これならばきっといずれ、男性不信を克服できるんじゃないかと思っています」

 ヘドヴィカは想いを吐き出しながら、ゆっくりとボジェクへと腕を伸ばす。そして彼の腕に触れた。
 びくり、とボジェクの方が揺れる。同時にヘドヴィカの鼓動も早まり、息苦しさを感じ始める。だが、耐えられぬほどではなく──。

 震える声で絞り出す。

「触れる練習の相手となってください。今後の社交のためにも」

「……っ」

 ボジェクは目を白黒させて絶句する。
 気弱だと思っていた妻から出た言葉とは思えないのか、まじまじと彼女を見ていた。ヘドヴィカは続ける。

「そのために提案したのが旅行です。……旦那様は元々来週まで私と新婚旅行に行くことを予定しておられたんですよね?」

「そ、れは……なんでお前知って──」

 動揺したように言葉を詰まらせたが、ヘドヴィカはすかさず述べる。

「そんなことは今はいいでしょう? どうですか、せっかくですので気分転換と私の男性不信の克服も兼ねて新婚旅行、一緒に行きませんか?」

 側から見ればボジェクとヘドヴィカの姿は10年前の立場が逆転したように、いじめっ子といじめられっ子のようにも見えるだろう。ボジェクはヘドヴィカの勢いに萎縮しているようにも見えた。

 けれどそこは元祖いじめっ子の威厳なのか、気を取り直して言う。

「し、しょうがないな、お前がそこまで言うなら行ってやるよ」

 ボジェクは気がついていない。
 ヘドヴィカの勢いに乗せられていることを。

 彼は己の頬が緩みっぱなしなことにも自覚がないのかもしれない。高慢な物言いの中であっても嬉しさを隠しきれていなかった。

(そんなに旅行に行きたかったなんて……きっと行政官はろくに休暇も取れないような過酷な仕事なのね。確かにお兄様も忙しすぎて目が回りそうだと手紙でぼやきを綴っていらっしゃるし)

 きっとこういう機会でもなければ遠出すらできないのだろうと考えたヘドヴィカは、眼前で頬を紅葉色に染めるボジェクを不憫に思った。

 そんなこんなで2人は新婚旅行へと赴くことに決まった。ヘドヴィカは「そういえば」とぼやく。

「……元々どちらに赴く予定だったんですか?」

 一瞬場が固まる。
 ボジェクは呆れたように嘆息し、肩をすくめた。

「知らずに新婚旅行とかのたまってたのか?」

 馬鹿にするような、からかうような口調が少しだけ腹立たしい。その言葉を受けてヘドヴィカは無愛想に頬を膨らませた。
 
(仕方ないじゃない。勢いだけで書斎に来たんだから)

 思い立ったが吉日とばかりに私室を飛び出したので、ボジェクの思った通りなのだが。勝手に新婚旅行に行く予定を立て、勝手に取りやめ、その上でその件すべてをひっくるめて秘密にしていた男に言われたくはない。

「勢い任せの行動だったんですもの」

「ふんっ、ヘドヴィカらしいな。昔も頭に浮かんだら即行動って性格してただろ。懐かしいぜ」

「っ、今はそんなこといいでしょう! それで、どこへ行くつもりだったんですか」
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