お断ちになった恋愛感情は現在使われておりません。

椿かもめ

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遭遇1

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 謝罪されたヘドヴィカはタイミングがいいとばかりに自分の思いを口にする。

「……そうですね。無理矢理されたのは嫌でしたが……今回、気絶しなかったのは進歩だと思ってます。別荘に来たのだって少しずつ触れ合って男性不信を完全に克服するためでもありますし、今回だけは許してあげますから。その代わり、よりいっそう私に協力してくださいね? この別荘にいる間に本当の夫婦になれればいいなって思ってますので」

「ほんとうの、ふうふ」

「そうです。ええとつまり、身体をかさ──」

 ボジェクはヘドヴィカの言葉を押し留めようと「分かったから言わなくてもいい!」と遮った。

 その顔は先ほどと同じくらい真っ赤に染まっていた。
 そんな姿を目にして、ヘドヴィカは意外と彼にも純情な一面があるのだと少しだけ親近感を抱いたのだった。





 翌日、ヘドヴィカは護衛を一人連れて外出していた。
 ボジェクは王宮からの使いによる報告を受けたあと、なにやら急ぎの仕事が出来てしまったらしい。王都に戻るほどではないようだったが、今は屋敷の中で大量の書類に埋もれていた。

 一度は一人で街を回ってみたいと思っていたヘドヴィカはこの領地でも有名な湖に赴いてみることにした。屋敷の中でのんびり過ごすのもいいが、せっかく旅行へとやってきたのだから今までに見たことのない場所に行ってみたり、知らない世界を経験してみたりしたかった。

(冒険譚をいっぱい見てたからかしら。こんなにもワクワクするなんて)

 ほとんど屋敷からでなかったヘドヴィカは幼い頃から多くの物語を読んできたが、特に冒険譚が好きだった。剣一本で悪者を退治しに行く話や、果ての見えない大きな海を航海してお宝を探す話など、思い出せば数えきれないほどの冒険譚を読み込んできている。

 けれど男性不信という弊害のせいで、その冒険心を閉じ込め続けてきた。それが解放されつつある今、ヘドヴィカの目は外へと向き始めている。

 護衛はいるとはいえど、少しだけ緊張しながら外に出た。

 コリーは『私もついていきたいです!』と言っていたが、ただでさえ連日のバタバタで荷解きが済んでいないため、断念せざるを得なかったらしい。名残惜しそうな彼女の瞳を思い出し、ヘドヴィカはくすりと笑った。
 そう長く外にいるつもりはないため、結果として護衛のみを連れて屋敷を出たわけだ。

「ここがアルディラ湖……本当に綺麗」

 護衛を遠く置き、ヘドヴィカは湖のほとりでぼんやりと景色を眺めた。避暑シーズンではないためか、ひとけがほとんどない。

 青く澄んだ水が形作るそれは、まるで巨大な水溜りのようだった。新鮮な光景に興味深げに辺りを見回す。静まり返るその空間はどこか静謐さを感じさせるものだった。
 はじめてみる光景にヘドヴィカは目を輝かせ、備え付けられていた長椅子に腰掛ける。

 近頃は常に周囲に人がうろつき、寝るとき以外はそばに誰がが控えている状態だった。だからこそ、こうして一人きりになる時間は貴重で、久しぶりな感覚に少しだけ心が落ち着いた。
 さすが名門のベークマン公爵家で、実家にいる時とは大違いだった。

 誰かがそばにいることは嫌いではないが、何も考えず一人きりでぼんやりしたくなる時もある。
 ボジェクと婚姻を結んでからというものの怒涛の日々が続いており、少しだけくたびれることもあったのだ。
 ひとけの無い湖をこうして眺めていると、どこか浮世離れした空間のように感じた。

 そんなふうにして一人の時間を楽しんでいた。
 けれど、突如それは壊されることとなる。

「……あれ? もしかしてヘドヴィカ嬢?」

 昨日聞いたばかりの聞き覚えのある声が耳に届いた。
 ヘドヴィカは一気に現実に引き戻され、途端、緊張感で手汗が滲んだ。
 少しだけ冷たい風が頬を撫でた。嫌な汗が背中を伝い、ヘドヴィカは密かに身震いをする。

 壊れかけの人形のようにこわごわと振り向いたヘドヴィカの視線の先にいたのは。

「……アダ、……ベークマン伯爵令息様」

 名前で呼ぶのは子供の時だけだ。
 言い直したヘドヴィカはごくりと唾を飲み込んだ。

「やっぱりヘドヴィカ嬢だった」

 ヘドヴィカの名前を呼ぶアダム自身も驚いている様子だった。

 それもそうだろう。屋敷からさほど遠く無いとはいえ、肌寒い季節にわざわざ湖まで来る人は稀だ。湖を見るだけで何もない場所のため、わざわざ優先してこと場所にくる人は少ない。ヘドヴィカはそんなところが気に入って、今日この場を訪れたのだが。
 その湖で鉢合わせるなど、滅多に無いことだといえよう。

 ヘドヴィカはアダムを視界な捉えたまま硬直していた。あまりの偶然に驚いたというのもあるが、彼を前にして心が不安定になっていたためだった。 

 久方ぶりに眩暈を起こしそうになり、奥歯を噛み締めて耐えていれば、向こうもどうやら吐き出す言葉を悩んでいたのだろう。しばらく沈黙が続いた。
 アダムはまるで水面のような青い瞳を揺らし、少ししてから口を開く。

「……偶然、だね。昨日ぶりだ」
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