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椿かもめ

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アダムの密告1


 ヘドヴィカは頭を傾げた。

(今日もこの屋敷へ来るの? しかも旦那様と二人で待っていて欲しいってどういうことかしら?)

 疑念が膨らむ。
 ボジェクは大袈裟なほど大きな舌打ちをした後、悪態をつく。

「急な話ばかりで振り回されるこっちの身にもなってみろって言ってやりてぇ」

「うーん、なにか重大な話でもあるんでしょうか? 旦那様はどう思われますか?」

「……アダムはずっと留学で海外にいたんだ。前にこの屋敷に来た時が2年ぶりくらいの再会だったから、あいつ自身のことはわかんねぇ。だが──」

 ボジェクは言葉を止めた。
 ヘドヴィカを一瞥し、口をつぐんだ。言い淀んだようにもみえる姿が彼らしくない。
 不思議に思ったが、「……あいつが来たときに全部わかる話だ」と突っぱねるように言われてしまえば、口を出すこともできなかった。
 
 朝食を終えた二人はしばらく互いに自由な時間を過ごした。
 アダムはじとりとした瞳でヘドヴィカの背を追ってきていたが、逃げるように自室へこもった。
 昨晩の出来事でぎくしゃくとしているのもあってか、今は顔を合わせづらいという思いがあったのは否めない。

 アダムの差し出した手紙にはお昼頃に訪ねると記されていたらしく、少しの猶予があった。
 ヘドヴィカは読みかけの本の続きを読みんでいれば、気付かぬうちに指定の時間が差し迫っていたようだ。

 アダムは昼よりも少し早く屋敷を訪ねてきた。
 応接室の中、ヘドヴィカの隣には不機嫌に口を尖らせてそっぽを向くボジェクと、にこにこと柔和な笑みを見せるアダムがいた。
 何もかもが対照的な二人はしばらく会っていなかったのが災いしたのか、見るからに険悪だった。

(……なんて居心地の悪さなのかしら。昔はあんなにも息が合っていて、お茶会ではいつも一緒だったのに……時間って残酷なのね)

 アダムはボジェクの横暴さが手に負えなくなり、合わせることをやめたのだろうか。
 それとも誰にでも優しい八方美人なアダムを、いつの間にかボジェクは信用しきれなくなったのだろうか。
 その両方か。
 様々な推論が頭に思い描かれる。

 見る限りどちらもあり得そうだ。
 真相は定かではないが、真実として二人の間には不穏な空気が漂っているのは確かだった。

(私も変わったのだから二人が変わるのもしかたないことなのよね。それにしても……この空気はどうにかして欲しいものだけれど)

 緊張感あふれる空気を一番初めに壊そうとしたのはアダムだった。
 ヘドヴィカからでもわかるほど、見るからに胡散臭い笑みを貼り付けてボジェクへと声をかける。

「そんなに物騒な表情をしていたら、隣の素敵な奥さんに逃げられちゃうよ? 君は似合わない魅力的な子なんだと自覚したらどうだい?」

 顔に似合わない辛辣な言葉にヘドヴィカは唖然とした。 対してボジェクはというと、驚く様子もなく眉間の皺を一層深くして口走る。

「猫被り野郎に言われたくねぇな。俺の後ろを追っていた貧弱男なくせに、言うようになったじゃねぇか」

「傍若無人な君に鍛えられたおかげで、晴れて貧弱は卒業したんだ。猫をかぶるのが得意? ちがう、単純に我慢強いだけなんだよ。昔から君の後始末ばかり任せられていたんだから。愛嬌がなければやっていられなかったしね」

 ばちばちと両者の間に稲妻が迸る。
 どちらも引かないいがみ合いに、この場で唯一の外野であるヘドヴィカは白い目を向けていた。
 表情をなくす彼女を尻目に二人は罵り合いを続けていた。

 初めは『いつか終わるよね』と気楽に捉えていたヘドヴィカであったが、まるで自分の存在を無視するように反発しあう二人を見て、ついに堪忍袋の尾が切れた。

「っ、いい加減にしてくださいっ! 互いに悪口を言い合いたいのなら、私がいないところでどうぞお先に二人きりでやってください。話がまったく進みませんし、時間がもったいないです!」

 顔に見合わぬ剣幕で声を張り上げたヘドヴィカにボジェクは渋い顔をし、アダムは申し訳なさそうに頭を下げた。

「ちっ、分かってるよそんなこと! こいつが何かと突っかかってくるからだ。昔からじゃ考えられねぇくらい生意気になりやがって」
 
 ガキ大将な姿が顔を見せる。
 対してアダムからは狡猾な狐の姿がだぶる。

「……ボジェク。君のそういう横柄な態度が人をどれだけ苛立たせるのか、自覚して欲しいな。……っと、ごめんごめん。ヘドヴィカ嬢に迷惑をかけるつもりは毛頭なかったんだ。こんなやつは無視して、本題に入らなきゃね」

 ちくちくと互いの急所を狙い続けるような口論は未だ続いているように見えたが、ヘドヴィカは突っ込みを入れるのも面倒でとうとうその場で黙殺を決め込んでいた。
 そうしていれば、ようやくアダムはぽつぽつと語りはじめる。

「……今日訪ねてきたのは、他でもない。君たちは二人に注意喚起をしにきたんだよ」

「なんだ? 注意?」

「そう。……僕の父に対する、ね」

 アダムの言葉を聞き返したボジェクはそれを耳にした瞬間、はっと息を止めた。
 隣にいるヘドヴィカはさほど表情を変えることがなかったが、単に言葉に現実味を持てなかったからだ。

(アダム様のお父様? ってことはベークマン伯爵様? 確か以前旦那様宛に手紙を送ってきていたわよね)

 先日バークマン伯爵の代わりにアダムがやっと来たことが記憶に新しいが。
 一体アダムが何を伝えたいのか想像もつかないが、真剣な眼差しに思わず背筋が伸びる。彼は続けた。

「父には昔から壮大な計画があったんだ。……ベークマン家を完全に自分の手中に収めるっていうね」

「完全に自分のものにするってことか? お前の父はすでに伯爵の地位にいるはずだ? 完全もなにもないが……」

「ボジェク。君、知ってるだろう、あの件を。……以前僕と隣国の王女の婚約が結ばれそうになって、直前で取りやめになったこと」

 ヘドヴィカは初耳だった。
 まさかアダムが隣国の王女を娶る可能性があったなんて。青天の霹靂とはこのことをいうのかもしれない。
 ヘドヴィカの反応に対し、ボジェクは平然とした様子で頷く。

「……ああ。うちの中でも話題に上がっていたからな」

「やっぱりね。……実のところ、本当はボジェクに嫁がせるって話だったのに、君ったら『俺は俺が決めた相手としか結婚したく──』」

「っ、おい! その話は今いいだろう!」

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