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事件1
アダムの言い分を素直に受け止めるのは癪なのか、ボジェクは彼は大きく舌打ちをしながら顔を逸らした。
対するアダムは肩をすくめている。
そのあとヘドヴィカの方へと顔を向けると、どこか真剣さの帯びた面持ちで告げてきた。
「……僕だってそれなりのリスクを負って助言をしているんだ。身内を売るような真似、本来ならやりたくなかった。仮にも自分の父親だしね。……でも、きっとそうは言っていられなくなる気がするんだ。このままでは──」
深刻そうに顔を俯かせていたアダムは唇を噛み締め、物思いに耽っているようにみえる。
その表情を見て、ようやく事態の深刻さを認識したヘドヴィカは思考を巡らせた。
(……実際にまだ被害は受けていないけれど、用心しておくには越したことないわ。きっとアダム様もいろいろ考えて、私たちに話してくれたのね)
ヘドヴィカはアダムに向かって頭を下げた。
「ありがとうございます。アダム様がおっしゃっていた話を念頭に入れて行動させてもらいます」
顔を上げ、しっかりと彼を見据える。
ヘドヴィカのかしこまった行動にアダムは不意をつかれたようだ。
何度か瞬きを繰り返した後、口角を上げて目を細めながら──。
「……ああ、よろしく頼むね」
と微笑みを浮かべた。
真正面から見るアダムの笑みは小さい頃と変わっていなかった。
優雅で優しく──そしてなぜか孤独を感じさせる。
幼い頃、ヘドヴィカが恋に落ちたのは彼からの細やかな優しさがきっかけだったが、こっそりと様子を見ているうちにいつしか彼の中にある孤独を感じ取っていた。
ふと、寂しげに見える優しい横顔の記憶が蘇ってきたのだった。
アダムはまるでどこかへ消えてしまいそうな笑みを残し、屋敷から去ってしまった。
ボジェクは見送ることもなく、部屋の中でむっつりと黙り込んだままだった。
「……アダム様は帰られましたよ」
「そうか」
一言口にした彼はそのまま会話を途切れさせ、応接室でじっと考え込み続ける。
(アダム様の話で機嫌を損ねたのかと思っていたけれど、今の旦那様を見る限り、そういうわけでないのかもしれないわ)
不機嫌ゆえに最後の方はアダムとコミュニケーションを拒否していたのだと思っていたが、どうやらその考えは外れていたようだ。
深く考え込んでいる彼に話しかけるわけもなく、ヘドヴィカが部屋を出ようとする。途端。
「……おい、ヘドヴィカ」
突如、声がかけられる。
いきなりのことで自然とボジェクの方へと顔を向けていた。彼はその場から立ち上がり、ずかずかと足を進めてヘドヴィカの目の前に立ち塞がる。
そして彼女の細腕を手に取った。
「……!」
「お前はしばらく一人になるな。できれば、俺のそばから離れないようにしていてほしい」
神妙な口調だった。
普段と異なる真面目な顔つきにヘドヴィカは戸惑うことしかできない。
彼の願いを無碍にはできず、やっとの思いで吐き出せたのは「はい」と了承を伝える言葉だけで。
いつかにも感じた、意味もないモヤモヤした感情と妙な浮き足立つ感覚が全身を満たしていた。
彼の願いを聞くように、この数日をヘドヴィカはなるべくボジェクのそばから離れないように過ごした。
そして明後日には王都へと帰宅する予定の日。
その日はあいにくの雨模様で、ヘドヴィカも自室の窓際で読書と編み物に精を出そうと事前に予定を立てていた。
けれどその予定はあっけなく崩れることもなる。
「──っ、奥様! どうか娘を助けてください」
最初、何を希われたのかさっぱり理解が追いつかなかった。
「エスメ……一体どうしたというの?」
ベークマン公爵家の使用人頭であるエスメが顔を青褪めさせてヘドヴィカのドレスの裾を握りしめている。
その場に崩れ落ちるように座り込み、頭を下げ続けるエスメの姿はいつもの頼りがいのある彼女からは縁遠いものだった。想像すらできないものだ。
「娘をって……コリーのこと!? 今朝からあの子の姿が見えないと思っていたけれど、どういうことなの!?」
「そ、それが……」
ぶるぶると震えるエスメの肩と腰を抱き寄せるように支え、ソファへと座らせる。
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