58 / 83
ボジェク10
しおりを挟むそして5年が経ち。
一年前に留学から戻ってきたボジェクは行政官として城に勤務し、歳の近い皇太子のサポートも行っていた。
留学から戻ってきたあと、ボジェクはヘドヴィカの元を訪ねるかどうか迷ったが結局断念していた。
彼女は自分が留学していたことなど知る由もない。
そんな男が数年越しに、突然屋敷を訪ねることなどドン引きされるかもしれない。
ただそれだけが恐怖で、一歩が踏み出せずにいた。
(あいつが俺のことを忘れてたらどうすればいいのかわかんねぇ)
留学先でも何度女に誘惑されたかわからない。
きっと自分の初恋は叶うことないだろうと自暴自棄になり、他の女に触れようとしたこともある。
けれど直前になって手が止まってしまうのだ。
ヘドヴィカの笑顔、泣き顔、顔を青褪めさせて気絶したときの表情が瞼の裏に蘇ってくる。
そうしているうちに結局別の女を見る気力もなくなって、ボジェクはモテるのにいまだ女を知らない。
これは誰にも言えない秘密だ。
留学から帰って一年程度が経ち、突然皇帝陛下に呼び出された。
「バリーク領を狙っている貴族がいることを知っているか?」
「バリーク領、でしょうか」
陛下の話はこうだった。
ここ数年災害による赤字続きのバリーク領に資金提供をして、あわよくば乗っ取ろうと画策している貴族がいる。
だからそれを食い止めるために、何か対策を打ちたい。
自分の妹も嫁いだバリーク領の今後が心配なのだ。
そして陛下はこう続けた。
「話は変わるが、ボジェク。お前は未婚で、婚約者もいないとのことだったな。お前の父がどの女と婚約させようとしても白紙にさせてばかりだとぼやいていたからよく覚えているが」
「ええ、その通りでございます」
何度もも婚約者候補を連れて来られたが、その度に相手から断らせようとわざと傍若無人に振る舞ったり、そもそも顔合わせの現場にすら行かなかったりと拒絶し続けてきた。
「ならばこういうのはどうだ? お前が私の姪っ子と結婚することで繋がりを持たせ、ベークマン公爵家に援助をさせるというのは」
「……っ!」
心臓が飛び跳ねた。
これ幸いと陛下の提案に飛びつくように、即座に頷く。
「もちろん! へ、陛下のご提案となればお受けいたします」
「……この提案を皇太子の側近となったフィリプに告げたのだが、ものすごい顔をされた。遠回しにやめてほしいと言わんばかりだったが。まあ私の知らぬところで企み事をする奴の思い通りにさせないこと、それこそがなにより今優先すべき事柄だ。お前が了承してくれたのは助かるな」
陛下の一言により、気がつけばヘドヴィカとの婚姻が決まっていた。
そのときのボジェクは夢心地で、まるで地に足がついていなかった。
ボジェクは浮き足立ちながらも久方ぶりにヘドヴィカの屋敷を訪れた。
(……話はすでに済んでいると聞いたから、さすがに追い返されたりはしないだろうが)
不安が過りつつも、なにより10年ぶりに初恋の人に会えることが心をうわつかせていた。
久方ぶりに会った彼女はあまりに美しすぎた。
はっと息を呑み、目を見張り、透けるような銀髪と変わらない紫の瞳を目に焼き付ける。
心の中を覗かれれば、みっともないと皆口を揃えていうだろう。
それほど今のボジェクは舞い上がっていた。
彼女を前にまるで10年前に戻ったような錯覚を覚える。
「久しぶりだな、ヘドヴィカ」
声が震えて聞こえないか、それだけが心配だった。
「返事も出来ないのか?」
やけに高圧的な言葉が勝手に飛び出る。
羞恥と焦りからくるものだった。
彼女は怯えたようにボジェクの顔をちらちらと覗き見てくる。それを見て急激に申し訳なさが押し寄せる。
「それはそうかもな。いきなり訪ねてきたのは……その悪かった。驚かせたことはわかってるが、お前も聞いただろ? 婚姻の話」
131
あなたにおすすめの小説
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
大嫌いな幼馴染の皇太子殿下と婚姻させられたので、白い結婚をお願いいたしました
柴野
恋愛
「これは白い結婚ということにいたしましょう」
結婚初夜、そうお願いしたジェシカに、夫となる人は眉を顰めて答えた。
「……ああ、お前の好きにしろ」
婚約者だった隣国の王弟に別れを切り出され嫁ぎ先を失った公爵令嬢ジェシカ・スタンナードは、幼馴染でありながら、たいへん仲の悪かった皇太子ヒューパートと王命で婚姻させられた。
ヒューパート皇太子には陰ながら想っていた令嬢がいたのに、彼女は第二王子の婚約者になってしまったので長年婚約者を作っていなかったという噂がある。それだというのに王命で大嫌いなジェシカを娶ることになったのだ。
いくら政略結婚とはいえ、ヒューパートに抱かれるのは嫌だ。子供ができないという理由があれば離縁できると考えたジェシカは白い結婚を望み、ヒューパートもそれを受け入れた。
そのはず、だったのだが……?
離縁を望みながらも徐々に絆されていく公爵令嬢と、実は彼女のことが大好きで仕方ないツンデレ皇太子によるじれじれラブストーリー。
※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。
あなたへの愛を捨てた日
柴田はつみ
恋愛
公爵夫人エステルは、冷徹な夫レオニスを心から愛していた。彼の好みを調べ、帰宅を待ちわび、献身的に尽くす毎日。
しかし、ある夜会の回廊で、エステルは残酷な真実を知る。
レオニスが、未亡人クラリスの手を取り囁いていたのだ。
「君のような(自立した)女性が、私の隣にいるべきだった」
エステルは悟る。自分の愛は彼にとって「重荷」であり、自分という人間は彼にとって「不足」だったのだと。その瞬間、彼女の中で何かが音を立てて砕け散る。
狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します
ちより
恋愛
侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。
愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。
頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。
公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?
すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。
人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。
これでは領民が冬を越せない!!
善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。
『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』
と……。
そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫」と笑った夫。~王宮から私が去ったあと「愛していた」と泣きついても、もう手遅れです~
水上
恋愛
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫だ」
夫である王太子はそう笑い、泣き真似が得意な見習い令嬢ばかりを優先した。
王太子妃セシリアは、怒り狂うこともなく、静かに心を閉ざす。
「左様でございますか」
彼女は夫への期待というノイズを遮断し、離縁の準備を始めた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる