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椿かもめ

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ボジェク10

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 そして5年が経ち。
 一年前に留学から戻ってきたボジェクは行政官として城に勤務し、歳の近い皇太子のサポートも行っていた。
 留学から戻ってきたあと、ボジェクはヘドヴィカの元を訪ねるかどうか迷ったが結局断念していた。
 彼女は自分が留学していたことなど知る由もない。
 そんな男が数年越しに、突然屋敷を訪ねることなどドン引きされるかもしれない。
 ただそれだけが恐怖で、一歩が踏み出せずにいた。

(あいつが俺のことを忘れてたらどうすればいいのかわかんねぇ)

 留学先でも何度女に誘惑されたかわからない。
 きっと自分の初恋は叶うことないだろうと自暴自棄になり、他の女に触れようとしたこともある。
 けれど直前になって手が止まってしまうのだ。

 ヘドヴィカの笑顔、泣き顔、顔を青褪めさせて気絶したときの表情が瞼の裏に蘇ってくる。

 そうしているうちに結局別の女を見る気力もなくなって、ボジェクはモテるのにいまだ女を知らない。
 これは誰にも言えない秘密だ。

 留学から帰って一年程度が経ち、突然皇帝陛下に呼び出された。

「バリーク領を狙っている貴族がいることを知っているか?」

「バリーク領、でしょうか」

 陛下の話はこうだった。
 ここ数年災害による赤字続きのバリーク領に資金提供をして、あわよくば乗っ取ろうと画策している貴族がいる。
 だからそれを食い止めるために、何か対策を打ちたい。
 自分の妹も嫁いだバリーク領の今後が心配なのだ。

 そして陛下はこう続けた。

「話は変わるが、ボジェク。お前は未婚で、婚約者もいないとのことだったな。お前の父がどの女と婚約させようとしても白紙にさせてばかりだとぼやいていたからよく覚えているが」

「ええ、その通りでございます」

 何度もも婚約者候補を連れて来られたが、その度に相手から断らせようとわざと傍若無人に振る舞ったり、そもそも顔合わせの現場にすら行かなかったりと拒絶し続けてきた。

「ならばこういうのはどうだ? お前が私の姪っ子と結婚することで繋がりを持たせ、ベークマン公爵家に援助をさせるというのは」

「……っ!」

 心臓が飛び跳ねた。
 これ幸いと陛下の提案に飛びつくように、即座に頷く。

「もちろん! へ、陛下のご提案となればお受けいたします」

「……この提案を皇太子の側近となったフィリプに告げたのだが、ものすごい顔をされた。遠回しにやめてほしいと言わんばかりだったが。まあ私の知らぬところで企み事をする奴の思い通りにさせないこと、それこそがなにより今優先すべき事柄だ。お前が了承してくれたのは助かるな」

 陛下の一言により、気がつけばヘドヴィカとの婚姻が決まっていた。
 そのときのボジェクは夢心地で、まるで地に足がついていなかった。

 ボジェクは浮き足立ちながらも久方ぶりにヘドヴィカの屋敷を訪れた。
 
(……話はすでに済んでいると聞いたから、さすがに追い返されたりはしないだろうが)

 不安が過りつつも、なにより10年ぶりに初恋の人に会えることが心をうわつかせていた。

 久方ぶりに会った彼女はあまりに美しすぎた。
 はっと息を呑み、目を見張り、透けるような銀髪と変わらない紫の瞳を目に焼き付ける。

 心の中を覗かれれば、みっともないと皆口を揃えていうだろう。
 それほど今のボジェクは舞い上がっていた。
 彼女を前にまるで10年前に戻ったような錯覚を覚える。

「久しぶりだな、ヘドヴィカ」

 声が震えて聞こえないか、それだけが心配だった。
 
「返事も出来ないのか?」

 やけに高圧的な言葉が勝手に飛び出る。
 羞恥と焦りからくるものだった。
 彼女は怯えたようにボジェクの顔をちらちらと覗き見てくる。それを見て急激に申し訳なさが押し寄せる。

「それはそうかもな。いきなり訪ねてきたのは……その悪かった。驚かせたことはわかってるが、お前も聞いただろ? 婚姻の話」
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