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椿かもめ

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熱い夜

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 吐息が重なり、そのあとゆっくりと離れていく。
 そして再び口付けをした。
 柔らかな感覚が心地よく、体が溶けていきそうだった。

 舌先で唇の間をこじ開けられ、ヘドヴィカは遠慮がちに口を開けて侵入を許した。
 ボジェクは少しだけぎこちない様子で舌を絡ませてきた。まるでヘドヴィカの心の内を探るかのように恐る恐るといった様で。
 甘い口付けが身体を痺れさせていった。

 しばらくしてようやく重なった唇が離れれば、息絶え絶えとなっており、くたりと身体をふらつかせた。
 それを察知したボジェクが腰を支えてくれる。

「……はぁ、ヘド、ヴィカ」

「旦那様……いいえ。ボジェク」

 名前を呼びあい、額を重ね合わせる。
 急に実感が湧いてきて、支えられた腰から伝う彼の手の温もりが落ち着かなくさせてくる。

(……口付けってこんなにも胸をドキドキするものなのね)

 半分無理矢理されたような口付けばかりを経験してきていたヘドヴィカにとって、今この瞬間にする口付けは初めて自分から望んで受け入れたものだった。

 彼に身体を押し倒され、その晩、ヘドヴィカは全てを捧げた。
 甘い疼きと労るような手がヘドヴィカの傷ついた心を癒す。そんな夜だった。

 
 全てが終わったあと、ボジェクに腕枕をされながら話をする。

「──俺、お前のことずっと好きだった。素直になるやり方なんてしらねぇから、意地悪ばっかした。……本当にごめん。傷つけてごめん。謝って許されるって思ってはねぇけど、それでも俺はヘドヴィカのことを好きなのをやめられないんだ」

 懇願するような口調が印象的だった。
 ヘドヴィカもそれを受け入れ、彼の黒髪を指ですいていく。

「……私たちは夫婦になったんですから、今日ですべてを水に流します。これからボジェクは私のことだけを見て、愛してください。そうしてくれるのなら……私はあなたを許します」

 ヘドヴィカの返答にボジェクは押し黙った。
 不思議に思い、彼の顔を覗き込めば。

(嘘っ、泣いてる!? あのボジェクが!?)

 赤い瞳は水の膜を張り、切れ長な目端から一筋の涙をこぼしていた。
 その涙の意味はヘドヴィカにはわからない。
 けれどこの瞬間がボジェクにとって非常に意味のあるものなのだろうということだけは分かった。

「っ、見んな! 見るんじゃ、ねぇ」

「ボジェク」

「……約束、するに決まってるだろ。俺が何十年お前のことだけを思って生きてきたと思ってんだ。……そのせい生まれてこの方女を抱くこともできなかったんだし」

 ボジェクの独り言のような囁きが耳に届き、ヘドヴィカは「え」と声を上げ、目を見開いて彼を見据えた。

(あ、あのボジェクが……自信たっぷりな自己中の化身が!? 私も人のことは言えないけど、もしかして初めてだったの!?)

 口に出すことは憚られ、動揺を心の中へと押し込む。
 男の沽券に関わる問題で、きっと深く追求すれば傷つけてしまうに違いない。
 ヘドヴィカは夫を労るような優しい視線を送り続けた。

 生暖かい目を向けられたボジェクは「なんだ?」と眉根を顰め、怪訝な顔つきをする。

 そのあと、再度ボジェクはヘドヴィカを押し倒してきた。
 ふたりの熱い夜、月が二人を照らし続ける。

 愛されることがこれほどまでに幸せなのか。

 知らなかったことを知り、ヘドヴィカは寝台の上で彼の腕に包まれて微笑みを浮かべた。

 婚姻を疎んでいた自分がボジェクを受け入れ、当たり前にその温もりを受け入れている。過去の自分がいたら大層驚くに違いない。
 
 けれど今の彼女は後悔なんてしていなかった。
 これからもボジェクの隣にあることを想像する。見えるのは希望だった。
 ヘドヴィカは未来に期待を抱きながら、瞼を閉じた。
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