お断ちになった恋愛感情は現在使われておりません。

椿かもめ

文字の大きさ
82 / 83

幸せの中で微笑む1

しおりを挟む

 王都での日々の暮らしは順風満帆だった。
 優しく穏やかな日々を送っていると、ヘドヴィカの心も快方に向かい、全ての物事に積極的になっていった。
 外出も、人──特に男性との会話も、今では人並みにこなせるようになった。

(今日の予定はというと……王城の書庫に入らせてもらった後、城下町の仕立て屋で新しいドレスを仕立てるってプランだったわね)

 男性不信もよっぽどのことがない限り表に出てこなくなったため、行動範囲も広がった。
 
「おいヘドヴィカ! 支度はもう終わったのか?」

「ボジェク! お待たせして申し訳ございません! 今行きますわ」

 そそくさと廊下を歩く彼の後を追った。
 玄関を出て、馬車の前で待機しているボジェクの元へと足早に駆け寄った。
 
「……って、わわっ」

「っ、危ねぇな!」

 ドレスの裾を踏み、転びそうになったヘドヴィカを支えてくれた彼は呆れ顔を見せる。

「おまえそそっかしいんだから、もっと注意して動けよな。……怪我なんてしたらしんぱ──許さなねぇからな」

「ふふっ、分かってますよ」

 言葉に対し素直に頷けば、ボジェクは手を差し出してくる。
 すぐにエスコートだと理解し、己の手を添えて馬車へと乗り込んだ。

 馬車の座席に向かい合って座りながら、ヘドヴィカの脳内は今から向かう念願の書庫のことでいっぱいだった。

(……王城の書庫に入らせてもらえるなんて私って本当に幸運ね! 見たことのない物語がいっぱいあるんだろうな。楽しみだわ)

 上機嫌に口を緩めていれば、正面に掛けていたボジェクがわざわさ座席を移動してきて隣に腰かけてくる。
 目を丸くしていれば、ヘドヴィカの肩に手を回して体を密着させてきて。そのあと耳元で囁き始め。

「──嬉しそうだな」

 彼の吐息が耳介をくすぐり、反射的にぞくりと背中が震えてしまう。甘い電流が走り、勝手に肌が粟立つのを感じた。
 夜でもないのに本能でボジェクを求めてしまう己の体の変化が心底憎らしい。

「……っ、ちょっと! やめてくださいよっ」

 ヘドヴィカは唇を尖らせながら肩を突き返した。

「なんだ? 俺はただ肩を組んだだけだが?」

「わざと息を吹きかけるみたいにぼそぼそしゃべってきたじゃないですか!」

 言い返せば、彼は片方の口角を上げて嗤った。
 そのまま意味深な視線を向けたと思えば、一層距離を詰めてくる。
 鼻の先端がぶつかりそうなくらい顔同士が間近になり、ボジェクの真っ赤な瞳がヘドヴィカ自身を貫いた。
 彼は先ほどとは打って変わって真剣な面持ちで囁く。

「……わざとやってんだよ」

「ど、どうして……」

 彼の真面目な顔つきはいまだに慣れないものがあった。
 幼少期からヘドヴィカを揶揄うような顔つきや、怒った顔ばかり見てきたからだろう。
 ボジェクが少し真剣な表情を見せただけで、ヘドヴィカの心臓は早鐘を打ってしまうのだからどうしようもない。

 昔はその整った彼の顔つきを見るたびに嫌気が差してたまらなかったのに、今ではおかしいくらいに緊張を強いられるのだ。

 そんなヘドヴィカの気持ちが態度に出てしまっていたのだろう。
 顔を強張らせていた彼女を見てボジェクは勘違いをしたようで。

「……ごめん。怖がらせるつもりはなかった」

「……ちがっ──」

「お前の嫌がることはしねぇって誓ってるのに、どうしても触りたくなる。どうしようもねぇな、俺は」

 小声すぎたヘドヴィカの否定は遮られ、誤解したボジェクは肩を落としながら距離を取り始めた。
 
(そ、そういう意味じゃないのに!)

 王都に帰ってきた日は普通だった。
 別荘の時と同様にスキンシップも多く、まるで恋人のように身体を寄せ合って戯れたりしていた。
 だがアダムが屋敷にやってきた以降、ボジェクは時折過度な気遣いをしてくるようになったと思う。
 夜には毎晩のごとく、夫婦の営みに明け暮れている。
 ゆえに日中に限ってとってくるおかしな態度が、顕著に違和感を抱かせるのだ。

(日中だけなのだけれど、私が少しでも戸惑いを見せれば離れていってしまう。……そのときは何かを恐れてるみたいに見えるのよね)

 そんなことを考えているうちに目的の王城までついてしまった。
 エスコートはしてくれるのだが、先ほどの一件を引きずっているのかやはりどこか他人行儀に思えた。

 以前のボジェクなら、ヘドヴィカの些細な動揺など気にすることなく自分のしたいことをしてきたはず。
 我慢をする彼はまったく彼らしくないように見えた。

 王城の書庫は見たことのない書物が多い。
 例え王の姪っ子であっても、気軽に入れる場所ではないのだ。
 今回は『ケル』を取り込むことによる解毒の体験談を報告書にまとめて提出したことで、特別に褒賞として王城の書庫に入れてもらえることになったのだ。
 自らの体で人体実験を行ったようなものだったため、よい参考例になったのだという。

(“あの人”に感謝するのも癪だけれど……)

 釈然としない気持ちだったが、圧倒的な物量を誇る書庫を目にした途端、そんな感情は吹き飛んでしまった。
 ヘドヴィカは興奮混じりに書物に目を通し、見たことのない文献や物語に熱中した。
 夫婦ということでボジェクも書庫への入室が許可されていたのだが、彼を置き去りにして読書に耽っていたようで。

 気がつけば数刻が経っており、ボジェクに平謝りしながら書庫を出る。
 王城を出る頃には日も落ち始めていた。

「仕立て屋に行くのはまた後日だな」

「ほ、ほんとにすみません! 気がついたらもうこんな時間になっていて……退屈でしたよね。あなたの大切なお休みをこんなふうに浪費させてしまって申し訳ないです」

 肩を丸め、平身低頭な心持ちで謝っていれば。

「べつに気にするな。俺が好きでついてきたんだから」

「そんなっ」

「それに俺は……お前のそばにいられるだけでその……満足、だから」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

大嫌いな幼馴染の皇太子殿下と婚姻させられたので、白い結婚をお願いいたしました

柴野
恋愛
「これは白い結婚ということにいたしましょう」  結婚初夜、そうお願いしたジェシカに、夫となる人は眉を顰めて答えた。 「……ああ、お前の好きにしろ」  婚約者だった隣国の王弟に別れを切り出され嫁ぎ先を失った公爵令嬢ジェシカ・スタンナードは、幼馴染でありながら、たいへん仲の悪かった皇太子ヒューパートと王命で婚姻させられた。  ヒューパート皇太子には陰ながら想っていた令嬢がいたのに、彼女は第二王子の婚約者になってしまったので長年婚約者を作っていなかったという噂がある。それだというのに王命で大嫌いなジェシカを娶ることになったのだ。  いくら政略結婚とはいえ、ヒューパートに抱かれるのは嫌だ。子供ができないという理由があれば離縁できると考えたジェシカは白い結婚を望み、ヒューパートもそれを受け入れた。  そのはず、だったのだが……?  離縁を望みながらも徐々に絆されていく公爵令嬢と、実は彼女のことが大好きで仕方ないツンデレ皇太子によるじれじれラブストーリー。 ※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。

あなたへの愛を捨てた日

柴田はつみ
恋愛
公爵夫人エステルは、冷徹な夫レオニスを心から愛していた。彼の好みを調べ、帰宅を待ちわび、献身的に尽くす毎日。 しかし、ある夜会の回廊で、エステルは残酷な真実を知る。 レオニスが、未亡人クラリスの手を取り囁いていたのだ。 「君のような(自立した)女性が、私の隣にいるべきだった」 エステルは悟る。自分の愛は彼にとって「重荷」であり、自分という人間は彼にとって「不足」だったのだと。その瞬間、彼女の中で何かが音を立てて砕け散る。

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?

すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。 人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。 これでは領民が冬を越せない!! 善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。 『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』 と……。 そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。

「君は完璧だから、放っておいても大丈夫」と笑った夫。~王宮から私が去ったあと「愛していた」と泣きついても、もう手遅れです~

水上
恋愛
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫だ」 夫である王太子はそう笑い、泣き真似が得意な見習い令嬢ばかりを優先した。 王太子妃セシリアは、怒り狂うこともなく、静かに心を閉ざす。 「左様でございますか」 彼女は夫への期待というノイズを遮断し、離縁の準備を始めた。

処理中です...