【完結】悪役令嬢は絶対に婚約なんてしたくない! 〜主要人物ほぼ全員悪人帝国に転生してしまった〜

椿かもめ

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思い出した

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 数日ぶりに目を覚ましたベルシュカ・フランベルクはその美貌を青ざめさせた。

「な、なんてことなの! わ、わたくし……わたくしは!」

 全て思い出した。

 ベルシュカの前世は聖女であった。
 前世の名前は思い出せないが、小さな頃に両親を失い教会で育つ。
 親代わりのシスターたちからは誰かを助けることは巡りめぐって最終的に自分を助けてくれる。そう教えられた。

 その教えの通り孤児たちを救うための孤児院を経営し、貧しい人たちには無償で食べ物を配給したりと生涯にわたって善の限りを尽くしてきたのだ。

 そして次第に周囲の人々からは聖女様と崇められることとなった。
 もちろん前世の私自身は自分のことを聖女だなんて思っていなかった。
 むしろ自分はただのちっぽけな人間で、自分の手の届く範囲でしか人々を救うことができないことを心苦しく思ってすらいた。

「そんな聖女が今世では……悪女? わ、笑えない冗談ね…………」

 ベルシュカは顔を青ざめさせながら呟いた。
 指先は小刻みに震えている。
 大きく深呼吸をし、目覚めたばかりの思考をフル回転させる。

 前世の聖女と今世のベルシュカ。
 あまりにも違いすぎる。

 今は16年間生きてきたベルシュカ・フランベルクの記憶に加え、もう一人の聖女の記憶という2つの人生の記憶が頭の中に混在する。

 前世の聖女の記憶が自身を乗っ取ったというよりかは、過去の記憶として蘇ったという方が今の状態に近い。

 そう、いわゆる記憶喪失の人間が過去の記憶を思い出すというような感じだ。
 精神性が聖女だった頃の記憶に引きづられながらも、今のベルシュカに適応しようとしているという自分でも訳の分からない状態だった。

 ふと、一瞬考える。

 今のベルシュカは前世の記憶から考えれば傍若無人の暴君だ。
 それが許されているのは何故か。

 理由は父親である皇帝がベルシュカを溺愛しているためだ。

 ということは、もし仮に皇帝が亡くなったりすれば──。

 ベルシュカは確実にこの世から抹殺されるだろう。

 庇護するものがなくなれば、皇女といえどベルシュカなんてただの小娘。
 ベルシュカを厭う兄弟によってあっけなく暗殺。よくても平民落ち。

 なぶり殺される、もしくは花街で娼婦として生きていく将来を思い浮かべて、ベルシュカはガクガクと震えた。

 では、これまでの行いを反省し更生すれば。

 ベルシュカはすでに数多の悪を成しできており、清廉潔白とは無縁の存在。

 だからこそこれからの人生は人を傷つけず大切にし、これまでの悪行で傷つけてきた分善行で多くのものを救っていくべきなのではないかと。

 これで悪行が帳消しになるとは思えないが、倫理観という言葉を思い出したベルシュカにとっての最善ではないか。

 そんな前世の聖女的考えが脳裏をよぎり、今までの自身の考えとは正反対すぎて冷や汗が出る。

「私が善行? ……ふっ、笑わせないで……」

 そんなことを考えていると、トントン、と部屋の扉を叩く音がした。

「失礼致します、殿下。お目覚めでいらっしゃいますでしょうか?」

 それはベルシュカの忠実なる僕である召使いのアンナの声だった。
 ベルシュカの心臓は未だバクバクと激しく脈を打っていたがここで返事をしないのはおかしい。
 震える声を悟られないようにしながら「ええ」と声に出した。

「に、入室を許可するわ」
「失礼いたします」

 アンナはいつも通りの平静さで部屋へと入ってきた。
 ベルシュカは常日頃から自身の部屋に他人がいることを嫌う。
 それを心得ているアンナは眠っている主人が目覚めたときのためにいつでも対応できるよう、扉の外で待機していたのだろう。

「どうして私が目覚めたことがわかったの?」
「部屋の中で微かに衣擦れの音と殿下のお声が聞こえましたので」

 この部屋は高い防音性を誇っている。
 なおかつ扉は非常に分厚い。
 それでもなお内部の声や微かな衣擦れの音が聞こえるのはアンナの一種の特技だろう。
アンナとは長い付き合いであるベルシュカは知っていた。


「お目覚めのところ大変申し訳ございませんが、医者をお呼びしてもよろしいでしょうか」
「ええ、お願い」
「かしこまりました。すぐにお連れいたします」

 アンナは召使い用のメイド服でピンと背筋を伸ばしながら部屋を退出しようと扉へと向かう。
 だがその足は止まり、こちらへと振り返った。

「そういえば殿下。お眠りの間、何者かが暗殺者を差し向けてきましたのでいつも通り処理いたしました」

 人間味をまるで感じさせない機械かなにかのような口調でアンナは言ったため、ベルシュカの思考は一瞬停止する。

「……………………………。そ、そう」

 なんとか頷いたはいいものの、内心混乱していた。

 ベルシュカは当たり前のように常に命を狙われている。

 前世の記憶を思い出す前であれば、当たり前のことすぎて何も思わなかった。
 むしろ羽虫が鬱陶しいと苛立ちを覚えていただろう。
 だが今はもうこれまでの暴虐を尽くさんばかりの怖いもの知らずの令嬢ではない。

 思わず顔を強張らせてしまうベルシュカを置いてアンナは続けた。

「加えて殿下のご所望されていた宝石を別の人間に売っていた宝石商も同様に処理させていただきましたが、よろしかったでしょうか?」

 ベルシュカの顔色がまた一段と白くなった。



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